第3話:母が拾ってきたのは、モフモフの「うさぎ」でした
あの、親たちの気が早すぎる勘違いバトルから、さらに一年以上の月日が流れた。
人間の赤ん坊の成長というのは本当に早いもので、ハイハイしかできなかった私も、今ではしっかりと二本の足で大地を踏みしめ、よちよちと歩き回れるようになっている。
言葉も少しずつ出せるようになり、「パパ」「ママ」と言ってやると、あの規格外の親二人はそれだけで世界の終わりかと思うほど涙を流して喜ぶ。本当にチョロいものである。
そんなある日の夕方、よちよちとリビングを歩いていた私の前に、とんでもないお土産が持ち込まれた。
「ただいまー! レオン、天使ちゃん、ちょっと見てちょうだい! 凄く可愛い子を拾っちゃったわ!」
夕食の買い物(魔獣狩り)から戻ってきた母リリスが、満面の笑みで抱えていたのは、大きな獲物――ではなく、一人の小さな女の子だった。
歳の頃は五、六歳といったところだろうか。
頭の上には、見たこともないほど白くて長い、立派な「うさぎの耳」が生えている。お尻の方を盗み見ると、これまた丸くてモフモフした短い尻尾がついていた。どうやらこの世界に存在する、「獣人」と呼ばれる種族の子供らしい。
「リリス、お前またそんな怪しいものを……って、おい、獣人の子供じゃないか! どこで拾ってきたんだ?」
床に寝そべっていた父レオンが、さすがに驚いて跳ね起きた。
「裏の森の入り口で、お腹を空かせて倒れていたのよ。ねえ、我が家のお手伝いさんとして、ここで一緒に暮らしてもいいでしょう?」
リリスに抱えられたうさぎの少女は、完全に怯えきっていた。
無理もない。抱きしめているのは角の生えた元サキュバスで、目の前にいるのは衣服の上からでも筋肉の塊だと分かる元勇者だ。世界最恐の夫婦に挟まれているのだから、生きた心地がしていないに違いない。
(うわぁ、本物の獣人だわ……。耳が本当にモフモフしてる……)
私はよちよちと歩み寄り、その少女の足元で足を止めた。
普通の二歳児なら、珍しい獣人の耳を触りたがったり、怖がって泣き出したりする場面だ。
だが、前世がアラサー陶芸家である私の視線は、彼女の「手」に釘付けになっていた。
(……待って。あの子の手、ただの子供の手じゃないわ)
少女の小さくて白い手のひら、その指の付け根や節々には、五、六歳児にはおよそ似つかわしくない、固く厚い「タコ」がいくつもできていた。さらに、爪の隙間には細かな色の濃い泥が、洗っても落ちないほど深く入り込んでいる。
前世で、何十年も土をこね、ろくろを回し続けてきた私には、その手の意味が痛いほどよく分かった。
(あの手のタコの付き方……間違いない。あの子、毎日毎日、もの凄い量の「粘土」を、それもかなり硬い土を全力でこね続けていた手よ。ただの泥遊びや農作業の手じゃない、完全に「職人」のそれだわ……!)
うさぎの獣人族にそんな文化があるのかは知らないが、彼女のその手が、私に強烈な親近感を抱かせた。前世の私と同じ、土に生涯を捧げようとしている同志の匂いがしたのだ。
私は少女の緊張をほぐすように、そっと彼女の衣服の裾を小さな手で引っ張った。
「ウサギ、姉さん。安心、して」
(うさぎのお姉ちゃん、怖くないよ)
私がそう言って微笑むと、うさぎの少女はビクッと身体を震わせた後、信じられないほど純粋で綺麗な瞳で私を見つめ返してきた。私の言葉が通じたのか、その長い耳がぴょこんと少しだけ持ち上がる。
そんな私たちのやり取りを、レオンとリリスは先ほどまでの軽い調子を一変させ、真剣な眼差しで見つめていた。
「……なぁリリス。あの触れ方、うちの天使ちゃんは、この子の素性を分かってて近づいたんじゃないか?」
「ええ……。このうさぎの獣人の子、ただの迷子じゃないわね。あの手の汚れ方……このあたりでは採れない、ドワーフの領地にある『窯業用の特殊な粘土』だわ。おそらく、何か職人系の奴隷にでもされていたか、あるいは――」
いつもは親バカでだらしない二人だが、やはり修羅場を潜り抜けてきた元勇者と敵幹部だ。少女の細かな不自然さから、一瞬で彼女の背景にある不穏な事情を察知したようだった。
「なるほどな。事情はともかく、うちの娘がその手を握って歓迎してるんだ。追い出す理由はないな」
レオンがふっと表情を和らげ、少女の頭を大きな手で優しく撫でた。
「おい、ちびすけ。腹が減ってるんだろ? 飯にするから、そこに座れ」
「あ……、あぅ……、あ、ありがとう、ございます……」
少女はまだ震えながらも、蚊の鳴くような声でようやく言葉を絞り出した。リリスも嬉しそうに彼女を抱き上げ、食卓へと運んでいく。
今の自分に、どれほどの魔力や特別な才能があるのかは、やっぱりまだよく分からない。
けれど、新しく我が家にやってきたこのうさぎの少女は、私のこれからの「モノづくりライフ」において、絶対に重要な相棒になる。その確信だけは、彼女の汚れた手が雄弁に物語っていた。
(お姉ちゃん、まずはご飯をいっぱい食べてね。落ち着いたら、私にその手の土のこと、いろいろ教えてちょうだい)
スープを美味しそうに啜り始めたうさぎのお姉ちゃんに心の中で語りかけながら、私はこれからの新しい同居生活と、職人としての新たな展開に、静かに胸を躍らせるのだった。




