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元勇者と敵幹部が駆け落ちした隠れ家で、生まれる実家を完全に間違えた赤ん坊の受難  作者: ペクチン21字


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2/11

第2話:元職人の赤ん坊、最初のリハビリは「泥遊び」?

転生してから、体感で数ヶ月が経った。

相変わらず我が家のリビング――と言っても、木の温もりが無駄に溢れる素朴なログハウス風の屋内だが――では、なんとも緊張感のない光景が日常茶飯事として繰り広げられている。

髪をボサボサにした元勇者の父レオンがだらしなく床に寝転び、頭に角を生やした元魔王軍四天王の母リリスが、微笑みながら彼の口に果物を運んでいるのだ。相変わらず実家の治安というか、イチャつきの濃度が限界突破している。

そんな親馬鹿夫婦を冷ややかな目で眺めつつも、私は私で、ある重大なミッションに挑んでいた。

寝返りをマスターし、ズリバイを覚え、最近ようやく「ハイハイ」で自力移動ができるようになったのだ。

(ついに……ついに、この寝たきり地獄から一歩前進したわ!)

私に向かって、前世のアラサー陶芸家としての職人魂が、早くも限界を訴えていた。

私はとにかく、何かを「捏ねたい」のだ。

前世の私は、朝から晩まで土と向き合い、粘土の塊をこねては形を作る毎日を送っていた。それなのに、今の私はただ寝て、お乳を飲んで、天井を見上げるだけ。この「何も生み出せない時間」は、職人の脳にとって何よりの拷問だった。高級な粘土じゃなくていい。そこら辺にある、ただの庭の土でいいから、この手で感触を確かめたかった。

「あら、天使ちゃん、どこに行くのぉ?」

背後からリリスの甘い声が聞こえる。振り返ると、今日も同じ女性の私ですら目のやり場に困る格好の母親が、腰を屈めて私を見ていた。その完璧なプロポーションに脳内でそっとツッコミを入れつつ、私は「あ、うー!」と、幼児特有の無邪気さを装って外を指差した。

そのまま、開け放たれた扉から、ハイハイで裏庭の地面へと脱出する。

ひんやりとした大地の感触が、小さな手のひらに伝わってきた。

(これよ……この感触……!)

前世で触ってきた、不純物を取り除いた滑らかな磁器粘土とは程遠い、小石や砂が混じった雑な土だ。だが、今の私には砂漠のオアシスも同然だった。

私はおもむろに、小さな両手で土を掴もうとした。

しかし、ここで冷酷な現実が突きつけられる。

脳内には、前世で何万回と繰り返した「土を丸めるイメージ」が完璧に残っているのに、この赤ん坊の肉体には、土を固めるための握力も、指先の器用さも、何一つ備わっていなかったのだ。

(くっ……! 全然、思い通りに指が動かない……!)

掴んだはずの土は指の隙間からサラサラとこぼれ落ち、ただの手のひらが泥で汚れただけの状態になる。前世の感覚が鮮明であればあるほど、自分の「器」の未熟さに焦りが募る。

これではダメだ。まずは指先に力を込めるリハビリから始めないと。

私は必死に、泥の塊に小さな指を突き立て、ギュッと力を込めようとした。

脳内にあるのは、粘土の中の空気を均一に抜く「荒練り」のイメージ。指先の神経を一点に集中させ、土の密度を均一にしようと、全精力を注ぎ込む。

普通の赤ん坊なら、すぐに飽きて泣き出すか、泥を放り投げたり口に入れてしまうところだろう。

だが、私の中身はアラサーの職人だ。思い通りにならない肉体に苛立ちつつも、一言も発さず、ただひたすらに、何十分も無心で泥の塊をこね、指先を動かし続けた。

その、異常なまでの「集中力」が原因だった。

「……おいリリス、ちょっとあれを見てくれ」

いつの間にか外に出てきていたレオンが、声を潜めて私のほうを指差していた。

臨戦態勢などではない。ただ単に、娘の様子がおかしくて困惑している父親の顔だ。

「あら……どうしたの? ――って、えっ? ああやってずっと、泥をいじっているの?」

「ああ。もう三十分はあのままだ。一言も泣かないし、泥を放り投げもない。ただじっと、もの凄い集中力で泥の硬さを確かめるみたいに指を動かしてる……」

レオンが私の元へ歩み寄り、私の手元をのぞき込む。そこには、赤ん坊の弱い力ながらも、何度も何度もこねられたことで、不格好ながらに少しだけ滑らかになった泥の塊があった。

「普通の赤ん坊って、こんなに一つのことに集中できるものなのか? この執念にも近い根気……ただ者じゃないぞ。将来は俺の跡を継いで、ミリ単位の狂いもない精密な剣技を操る、歴史上最高の剣聖になるんじゃ……!」

「何を言ってるのレオン、この緻密な手先の動かし方は、絶対に高度な魔術の呪印を結ぶための才能よ! 将来は私みたいに、この指先一つで世界中の男たちを翻弄する、妖艶な大魔導士になるわ!」

始まった。またこの規格外夫婦の、気が早すぎる不毛な妄想バトルが始まってしまった。

まだハイハイしかできない娘に向かって、最高の剣聖だの妖艶な大魔導士だの、何を言っているのだろうか。

「いや、俺が基本から仕込めば、どんな重い剣でも思い通りに制御できるようになる!」

「あら、私の魔法なら、指先一つで世界を揺るがせるわよ? どっちがこの子の繊細な指先を活かせるかしらね?」

二人は私の泥だらけの手を囲みながら、早くも「将来どんな英才教育を施すか」で盛り上がり始めている。

(いや、どっちも完全に的外れだから! 私はただ、思い通りに動かないこの手をリハビリしたかっただけなのに……!)

今の自分にチートな魔力や才能なんてあるかどうかも分からないけれど、前世の職人魂がもたらす「異常な集中力」のせいで、親たちの期待値だけが勝手に跳ね上がっていく。

せっかく始めた地道な泥遊びの時間すら、このヤバい実家では勘違いだらけの将来設計に発展しそうだった。私の平穏な職人ライフへの道は、まだ始まったばかりだというのに、想像以上に前途多難のようである。

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