第10話:カオスな日常と、はじめての前進
パパの勘違いステップ特訓が加わったことで、私の毎日はカオスを通り越して地獄の沙汰と化していた。
「ほら、トントン、スッだ! 軸がブレてるぞ!」
「そんな男臭い動きはどうでもいいから、お腹の奥の魔力を一気に絞り出しなさい!」
裏庭では、パパが熱血指導を飛ばし、そのすぐ横からママが魔力の限界突破を煽ってくる。
パパのフットワークを真似してよちよちとステップを試み、おっとっと、と身体が流れた瞬間に、ママの指示通りに魔力を一気に解放する。
(もう何がなんだか分からないわよ! ステップの真似事をしながら漏らせってこと!? どんな高等技術よそれーーーっ!?)
もちろん、私の肉体はただの2歳児。
そんな無茶な同時並行ができるはずもなく、数歩よろめいたところで頭がギチギチと痛み出し、お腹の奥が完全に空っぽになる。
そして、いつもの感覚。
(あ、もう無理――)
「お嬢様、ナイスステップ! ああっ、でもお顔が真っ白に!」
「レオン、やっぱり今日も漏らして白目むいてるって!!」
「あらあら、でも昨日より三秒長く耐えたわね」
パパの絶叫とママの呑気な分析を遠くに聞きながら、私はいつものように「失禁・即・気絶」のコンボを決めながら意識を失うのだった。
◇
「……ふぅ」
目が覚めると、すっかりお馴染みになった自分のベッドの上だった。
身体はすでにシアの手によって完璧にリセットされており、新しいおむつのゴワゴワした感触だけが残っている。
(もう三日連続よ……。大人としてのプライドはとうの昔に消し飛んでいるけれど、さすがに毎日このセットは体力が削れるわね……)
のそりと起き上がり、ベッドの縁に腰をかける。
夕暮れの光が差し込む部屋の中で、私は何気なく、おへその下あたりに意識を集中させてみた。
(……あれ?)
その瞬間、身体の内側から溢れてきた感覚に、私は目を見開いた。
いつもなら空っぽの雑巾を絞るようだったお腹の奥に、ほんのりと、だけど確実に、温かい魔力の残滓が「液体」のように溜まっているのが分かったのだ。
今までは一回出し切ったら完全に枯渇していたのに、今は気絶から目覚めた直後だというのに、もう次の魔力が底の方に湧き上がってきている。
私は驚いてベッドから飛び降り、自分の両足で床に立ってみた。
そのまま、昼間にパパにしがみつきながら動かした足の感覚を思い出し、そっと一歩を踏み出す。
(あ……グラつかない)
いつもなら厚手のおむつの重みと幼児特有のバランスの悪さで、一歩ごとに左右へおっとっと、と身体が傾いていた。なのに今は、スッと真っ直ぐに、トコトコとスムーズに前へ進めている。
「お嬢様……?」
部屋の隅でお着替えの準備をしていたシアが、手に持ったおむつを落としそうなほど目を見開いて私を見ていた。
「シア。わたし、あるけた」
「あ……歩けた、って、お嬢様、今ものすごく綺麗に……! いつもみたいによろよろしないで、真っ直ぐトコトコと歩かれました!」
シアが感激のあまり涙目を浮かべて駆け寄ってくる。
大人の戦士には程遠いけれど、2歳児の歩行スキルとしては確実に大進歩を遂げていたらしい。
お漏らしと気絶のペナルティは最悪だし、両親の特訓は相変わらず色んな意味でハードすぎるけれど。
ママの言う通り魔力の器は少しずつ大きくなり、パパのしごきのおかげで足腰のバランスは確実に安定し始めていた。私の身体は、一歩ずつ確実に進化を遂げている。
「シア。あした、また、どろあそび」
「はい! お嬢様! どこまでもお付き合いします!」
シアの頼もしい笑顔に見守られながら、私は小さな拳を握りしめる。
これなら、近いうちにあの泥の人形を、もっと頑丈に、もっと私の思い通りに動かせる日が来るはずだ。2歳児の泥遊びリベンジに向けて、私の闘志はますます燃え上がるのだった。




