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第9章「奈落」

異世界ダーク系の成り上がり物語です。

スマホで読みやすいよう一文を短くしています。

最後まで読んでもらえると嬉しいです。

奈落の中層を 二人で歩いていた。


気配は相変わらず多かった。


ただ、 さっきまでより 出てくるものが減っていた。


上層で大量に倒したせいか、 それとも深く潜るほど 魔物の密度が変わるのか、 分からなかった。


《索敵》を展開したまま 黙って歩いた。


リリィも黙っていた。


しばらく歩いて、


リリィが口を開いた。


「話してくれないか」


俺は歩きながら 聞いた。


「何を」


「セナのことを。 全部じゃなくていい。 お前が、見たものを」


俺は少し間を置いた。


話したくなかった。


もう一度頭の中で 再生したくなかった。


ただ、


リリィには 知る権利があった。


ずっと一緒にいた。


「記憶読取を使った」


「セナの?」


「そうだ」


「何が見えた」


俺は前を向いたまま 話した。


「夜の山の上から、 村を見下ろしている場面だった。 遠くに炎が見えた。 村が燃えていた」


「……セナが見ていたのか」


「そうだ。 何も感じていなかった。 ただ燃えているのを 確認していた」


リリィが黙った。


「思考が流れ込んできた。 うまくいくかもしれない、と。 絶望を強く与えれば スキルが開花するかもしれない、と。 死んでも、 また転生者を呼べばいい、と」


リリィの足が、 一瞬だけ止まった。


すぐに動いたが、 止まった。


「実験だったのか」


「そうだ」


「……カイを、 転生者として 開花させるための」


「そうだ」


しばらく、 二人とも黙った。


奈落の壁から染み出す 青白い光だけが 通路を照らしていた。


「アーシャという人が、 カイを拾った老婆が、 あの村の人たちが」


リリィが静かに言った。


「全員、実験の道具だったということか」


「そうだ」


リリィが帽子の鍔を 深く下げた。


顔が見えなくなった。


「セナは、 最初からそのつもりで 俺たちといたということか」


「そうだ」


「奴隷商人の家も」


「工作だった。 俺に義理を感じさせるために 仕組んだ」


「名前も」


「偽名だ。 セナには名前がない。 キューロットからは 77番と呼ばれている」


リリィが少し間を置いた。


「77番」


「ザインが死際に呼んだ名前だ。 あのとき感じた違和感の 答えが出た」


リリィが顔を上げた。


帽子の鍔の下から 俺を見た。


目が、 少し赤かった。


「一つだけ聞いていいか」


「何だ」


「セナは、 楽しかったと思うか。 私たちと一緒にいたことが」


俺は答えなかった。


任務だった。


そう言った声が、 頭の中で繰り返された。


楽しいとか楽しくないとか そういうことじゃない。


「分からない」


俺は言った。


「分からないのか、 それとも考えたくないのか」


「両方だ」


リリィが前を向いた。


しばらく歩いた。


「楽しかったのは 本当だったと思いたい」


リリィが言った。


小さな声だった。


俺は答えなかった。


答えたくなかった、 というより、


答えを持っていなかった。


楽しかったのかもしれない。


楽しくなかったのかもしれない。


セナにしか分からない。


ただ、


焚き火の前で 膝を抱えていたセナを、


宿の部屋で すぐに寝息を立てたセナを、


リリィの魔法を見て 帽子の鍔を上げたセナを、


俺は覚えていた。


覚えていることと、


真実が何だったかは、


別の話だった。


「リリィ」


「何だ」


「一つ教える」


「何を」


俺は歩きながら言った。


「詠唱破棄について」


リリィが少し顔を向けた。


「急にどうした」


「お前が知っておいた方がいいと思った」


「……聞く」


「詠唱は、 ただの補助だ。 魔法の本質は 魔力そのものに 意図を乗せること。 言葉は魔力に 形を与えるための鍵だが、 鍵がなくても 扉は開けられる」


「どうやって」


「頭の中で魔力を集中させて、 魔力に直接言葉を埋め込む。 声に出す必要はない。 魔力が言葉を覚えていれば、 それだけで発動する」


リリィが少し黙った。


「それが詠唱破棄か」


「そうだ。 俺も最初は 感覚が掴めなかった。 ただ何度もやっていたら 体が覚えた」


「……難しいな」


「難しい。 ただ、 お前なら出来ると思う」


「なぜ」


「魔法への理解が 俺より深いからだ。 言葉の意味を分かって使っている。 あとは声に出さないだけだ」


リリィが帽子の鍔を 少し上げた。


「……試してみる」


「急がなくていい。 ただ、覚えておけ」


「分かった」


また、 二人で黙って歩いた。


奈落の空気が さらに重くなっていた。


深く潜るほど、 底の気配が濃くなる。


「カイ」


リリィが言った。


「何だ」


「お前は今、 どういう気持ちで歩いているんだ」


俺は少し考えた。


怒りか。


悲しみか。


どちらでもなかった。


「空っぽだ」


俺は言った。


「空っぽ?」


「何かを感じようとすると、 セナの記憶が出てくる。 燃える村を見ていた目が出てくる。 だから何も感じないようにしている」


「それは、しんどくないか」


「しんどい意味が分からない。 今は底に行くだけだ」


リリィが少し間を置いた。


「セナが待っていると言った。 会ったとき、どうするつもりだ」


俺は答えを すぐには出さなかった。


どうするつもりか。


奪う。


倒す。


それだけだった。


感情はいらない。


感情で動いたら、 手が止まる。


手が止まったら、 死ぬ。


「倒す」


俺は言った。


「それだけか」


「それだけだ」


リリィが帽子の鍔を下げた。


「……そうか」


それ以上、 何も言わなかった。


俺も、 何も言わなかった。


奈落の底が、 近かった。


《索敵》に、 重い気配が引っかかった。


一つだけ。


ただ、


今まで感じたどの気配とも、


違った。


人の気配だった。


「リリィ」


「分かってる」


「準備しろ」


「とっくにしてる」


俺は短剣を握った。


前を向いた。


暗闇の奥に、


扉が見えた。


古い石造りの扉が、


奈落の底に、


ただそこにあった。


扉を開けた。


広かった。


天井が見えないほど高くて、 左右の壁が遠くて、 地面だけが かろうじて足元にあった。


中央に、 セナがいた。


いつもと同じ服だった。


青い外套。


王都で一緒に買いに行った、 あの服だった。


フードも被っていなかった。


セナが俺を見た。


「来たね」


いつもと同じ声だった。


俺は何も言わなかった。


「リリィも来たんだ」


セナがリリィを見た。


「……来た」


リリィが短く答えた。


声が、 少し震えていた。


「そっか」


セナが前を向いた。


表情が、 変わった。


笑ってもいない。


怒ってもいない。


任務の顔だった。


「始めようか」


セナが動いた。


速かった。


剣術Lv.6の動きだった。


最初から、 全力だった。


俺は《瞬歩》で横に跳んだ。


セナの短剣が 空を切った。


「リリィ、下がれ」


「でも」


「下がれ」


リリィが後退した。


セナが再び踏み込んだ。


今度は二連撃だった。


一撃目を躱して、 二撃目を短剣で受けた。


金属の音が 広間に響いた。


力が、強かった。


剣術Lv.6と 隠蔽Lv.5で 体のスペックを底上げしている。


単純な力では 押し負ける。


距離を取った。


《看破》を使った。


セナの次の動きを 読もうとした。


読めなかった。


《看破》が、 空振りした。


セナが帽子の鍔を下げるように 視線を落とした。


「精神操作Lv.2。 看破程度なら 打ち消せる」


くそ、と思った。


声には出さなかった。


《索敵》を全力展開した。


気配で追うしかなかった。


セナが動いた。


《索敵》が追った。


左から来る。


躱した。


右から来た。


受けた。


読みが、 一手遅かった。


短剣が 左肩を掠めた。


革の胸当てが 切れた。


皮膚まで届いた。


「《エリートヒール》」


無詠唱で抑えた。


セナが止まらなかった。


連続で踏み込んできた。


三撃、四撃、五撃。


受けきれなかった。


二撃目が 脇腹を捉えた。


「《エリートヒール》」


痛みを抑えながら 動いた。


動きながら考えた。


看破が効かない。


精神操作で 読みを狂わせている。


索敵だけで 追い続けるのは 限界がある。


《空間把握》を使った。


広間全体の 位置関係を 頭に入れた。


セナの動きの 軌道が、


立体的に分かった。


精神操作は 思考への干渉だ。


《空間把握》は 空間の認識だ。


干渉できない。


次の踏み込みが来た。


今度は読めた。


真正面から来る。


躱さなかった。


受けた。


鍔迫り合いになった。


顔が近かった。


セナの目が、 目の前にあった。


俺はその目を見た。


何も感じていない目だった。


燃える村を見ていた目と、


同じだった。


右目が動いた。


黒魔法Lv.3。


代償が来た。


「《エリートヒール》」


セナが気づいた。


距離を取った。


「強奪か」


「そうだ」


「だから目を合わせようとしていたのか」


「そうだ」


セナが少し間を置いた。


「残念だけど、 黒魔法を奪われても まだ火の魔眼がある」


セナの右目が、 赤く光った。


火の魔眼だった。


炎が来た。


詠唱がなかった。


魔眼だから 詠唱がいらない。


《結界》を展開した。


炎が結界に当たって 砕けた。


ただ、 熱量が凄まじかった。


結界がひびを入れながら 何とか耐えた。


「《エリートヒール》」


セナが連射した。


炎が次々と来た。


結界が限界に近づいた。


俺は《瞬歩》で 一気に距離を詰めた。


魔眼の射線を 外すように動いた。


セナが向きを変えた。


また炎が来た。


躱した。


「リリィ」


「何だ」


「時間を稼ぐから 詠唱しろ」


「……分かった」


リリィが詠唱を始めた。


俺はセナの注意を 自分に引きつけた。


《瞬歩》と《俊足》を 組み合わせて動いた。


速さで翻弄した。


セナの炎が 俺を追った。


追いながら、 セナが短剣を構えた。


遠距離と近距離を 切り替えながら 攻めてきた。


厄介だった。


どちらかに対応すると もう一方が来る。


脚を浅く切られた。


「《エリートヒール》」


肩を打たれた。


「《エリートヒール》」


削られていた。


ただ、


セナも消耗していた。


黒魔法を奪った分、 セナのスキルは減っている。


火の魔眼の連射は 魔力を食う。


もう少しだった。


そのとき、


セナが動きを止めた。


火の魔眼が 強く光った。


今までより 大きい炎が 形を作り始めた。


まずい。


「リリィ、まだか」


「あと少し」


「急げ」


炎が解き放たれた。


今までとは比べ物にならない 大きさだった。


俺は《結界》を 全力で展開した。


《炎耐性》も使った。


直撃した。


吹き飛んだ。


床を転がった。


壁に背中から 当たった。


「《ジェネラルヒール》」


視界が戻った。


体が動いた。


セナが歩いてきた。


急がなかった。


終わったと思っているのか。


俺は立ち上がった。


セナが止まった。


「まだ動けるの」


「動ける」


「しぶとい」


「そうだ」


俺はセナの目を見た。


火の魔眼が また光り始めた。


今だ。


《瞬歩》で 一気に間合いを詰めた。


セナが炎を放った。


《結界》で弾いた。


弾きながら 踏み込み続けた。


顔が、


また近かった。


セナの右目が、


目の前にあった。


右目が動いた。


火の魔眼。


今まで感じたことのない 代償が来た。


魔眼の代償は、 スキルとは格が違った。


脳の奥まで 焼かれるような痛みで、


視界が、


消えた。


「《ジェネラルヒール》《ジェネラルヒール》」


視界が、 ぎりぎり戻った。


セナが何かに気づいた顔をした。


「……火の魔眼まで奪ったの」


俺は答えなかった。


「終わりだ」


俺は言った。


火の魔眼を使った。


無詠唱で放った。


「《クリムゾンツインドラゴン》」


二本の巨大な炎の竜巻が 生まれた。


広間を満たすほどの 炎が螺旋を描いた。


セナが躱そうとした。


間に合わなかった。


竜巻がセナを 飲み込んだ。


俺は黒魔法を使った。


「《ヴォイドイレイズ》」


闇が広がった。


炎の中に 闇が混ざった。


セナの姿が、


闇に溶けていった。


青い外套が、


消えた。


全部が、


消えた。


静かになった。


広間に、


俺とリリィだけが 残った。


俺は、


その場に立っていた。


セナがいた場所を 見た。


何もなかった。


「カイ」


リリィが来た。


「……終わったか」


「終わった」


リリィが 俺の横に立った。


二人で、


しばらく、


黙っていた。


広間に風が吹いた。


どこから来た風か、 分からなかった。


セナの名前が、 頭の中に浮かんだ。


偽名だった。


本名はなかった。


それでも、


俺はその名前しか 知らなかった。


「セナ」


声に出した。


返事は、


なかった。


静かだった。


広間に、 俺とリリィだけがいた。


炎の残り香が 漂っていた。


セナがいた場所を もう一度だけ見た。


何もなかった。


跡すら残っていなかった。


「行くぞ」


俺は言った。


「出口に向かう」


「ヴォルクは」


「逃げる。 エネルギーを渡さなければ イグニスは成立しない」


自分でも 信じていない言葉だった。


ヴォルクが諦めるとは 思えなかった。


ただ今の俺に 戦える気力は 残っていなかった。


リリィも何も言わなかった。


二人で歩き始めた。


《索敵》を展開した。


気配があった。


出口の方向から。


一つだけ。


重かった。


圧があった。


奈落の底から這い上がってくるような、 底のない重さだった。


「リリィ」


「分かってる」


足音が聞こえた。


規則的で、 遅くて、 一歩一歩が地面を揺らした。


姿が見えた。


老人だった。


白髪で、 背が高くて、 目だけが妙に若かった。


着ているものは質素だった。


武器を持っていなかった。


それなのに、


その存在が 広間全体の空気を変えた。


息が、 少しだけ苦しくなった。


「ヴォルクか」


「そうだ」


低くて落ち着いた声だった。


感情がなかった。


怒りでも、喜びでも、 興味でもなかった。


ただそこにある声だった。


「77番は死んだのか」


「そうだ」


「そうか」


それだけだった。


悲しまなかった。


怒らなかった。


77番が一つ消えた。


それだけの話だ、 という顔だった。


「お前が転生者か」


「そうだ」


「エネルギーを渡す気はあるか」


「ない」


「そうか」


ヴォルクが一歩踏み出した。


「では死ね」


感情のない声だった。


命令でも脅しでもなかった。


ただの事実確認だった。


俺は短剣を抜いた。


「リリィ、下がれ」


「嫌だ」


「お前では」


「嫌だと言った」


リリィが杖を構えた。


帽子の鍔を上げて ヴォルクを見た。


「私にも戦う理由がある」


俺は何も言わなかった。


ヴォルクが動いた。


速かった。


剣を持っていないのに、 手が剣の軌道を描いた。


素手だった。


《瞬歩》で横に跳んだ。


ヴォルクの手が空を切った。


風圧が来た。


岩が、 少し削れた。


素手で、 この風圧か。


《空間把握》を使った。


広間全体の位置関係を 頭に入れた。


ヴォルクの動きの軌道を 立体的に読もうとした。


読めなかった。


時間加速Lv.3だ。


動きに時間の歪みがあって、 軌道の予測が ずれる。


《看破》を使った。


わずかに、 先が読めた。


右から来る。


《瞬歩》で左に跳んだ。


ヴォルクの手がまた空を切った。


「《サンダーボルト》」


リリィが放った。


電撃がヴォルクに直撃した。


ヴォルクが少しだけ止まった。


「……魔法使いか」


「そうだ」


リリィが連射した。


《サンダーショック》と 《サンダーボルト》を 交互に放った。


ヴォルクが手を上げた。


炎が生まれた。


詠唱がなかった。


炎魔法Lv.7は 詠唱破棄がある。


炎がリリィに向かった。


俺は《瞬歩》で リリィの前に出た。


《結界》を展開した。


炎が結界に当たった。


砕けた。


ただ、 結界がひびだらけになった。


「《エリートヒール》」


ヴォルクが俺を見た。


「結界か。 珍しいスキルを持っている」


「他にも色々ある」


「そうか」


また動いた。


今度は速かった。


時間加速を全力で使っている。


見えなかった。


《索敵》が追った。


後ろだ。


振り向いた。


間に合わなかった。


背中に衝撃が来た。


吹き飛んだ。


床を転がった。


「《ジェネラルヒール》」


立ち上がった。


体が悲鳴を上げていた。


ヴォルクが俺を見ていた。


「転生者のエネルギーは確かに感じる。 ただ、お前自身は 思ったより弱い」


「そうかもしれない」


「なぜ諦めない」


俺は答えなかった。


なぜ諦めないのか、 自分でも分からなかった。


セナが消えた。


アーシャが死んだ理由が分かった。


全部が実験だった。


それでも足が動いていた。


「《ヴォイドイレイズ》」


無詠唱で放った。


闇の波が ヴォルクの龍鱗防御を 侵食しようとした。


ヴォルクが手を動かした。


炎が闇を打ち消した。


「黒魔法まで持っているのか」


「まだある」


《剣術》と《身体強化》を 全力で使った。


踏み込んだ。


ヴォルクが受けた。


素手で俺の短剣を受けた。


弾かれた。


短剣が飛んだ。


素手で短剣を弾いた。


龍鱗防御で 皮膚が硬化している。


短剣を拾った。


また踏み込んだ。


今度は躱さずに受けた。


鍔迫り合いになった。


力で押し込んだ。


ヴォルクが少しだけ 後退した。


「《岩石操作》」


足元の岩を 引き抜いた。


ヴォルクの足場が 崩れた。


体勢が乱れた。


踏み込んだ。


今度は深く入れた。


短剣がヴォルクの 肩口を捉えた。


龍鱗防御で 弾かれた。


ただ、 わずかに鱗が 削れた。


届いている。


《風魔法》で風の刃を飛ばした。


ヴォルクが炎で打ち消した。


《影操作》で影を絡めた。


ヴォルクが時間加速で振り切った。


《死霊憑依》を使った。


体の密度が上がった。


力が増した。


また踏み込んだ。


今度はヴォルクが 少し本気を出した。


時間加速を最大にして 動いた。


見えなかった。


ただ《索敵》が追った。


上から来る。


《瞬歩》で下に潜った。


ヴォルクの手が 頭上を通り過ぎた。


下から短剣を入れた。


今度は鱗の継ぎ目を 狙った。


入った。


浅かったが、 入った。


ヴォルクが 少しだけ動きを止めた。


「……面白い」


初めて、 少しだけ声に 色が混じった。


また動いた。


連続で来た。


三撃、四撃、五撃。


《看破》と《索敵》を 両方使いながら 対応した。


一撃受けた。


脇腹に当たった。


「《エリートヒール》」


また一撃受けた。


肩口が削れた。


「《エリートヒール》」


削られていた。


対応が、 一手ずつ遅れていた。


時間加速がある限り、 正面からでは いつか追いつかなくなる。


ヴォルクの動きが わずかに鈍った。


その隙に 《空間把握》を全力で使った。


広間全体の 空気の流れを読んだ。


時間加速の軌道が、


わずかに、


見えた。


来る。


正面から。


躱さなかった。


受けた。


左腕で受けた。


骨が鳴った。


ただ、 その衝撃を利用して


体を回転させた。


ヴォルクの背後に入った。


鱗の薄い背中の 継ぎ目を狙った。


短剣を全力で押し込んだ。


今度は深く入った。


ヴォルクが 低く唸った。


「《エリートヒール》」


左腕の痛みを抑えた。


ヴォルクが振り向いた。


炎が来た。


《結界》で受けた。


結界が砕けた。


熱が顔に当たった。


《炎耐性》が処理した。


「《ジェネラルヒール》」


また踏み込んだ。


剣術だけで戦った。


スキルを組み合わせながら、


時間加速を読みながら、


少しずつ、


削り続けた。


ヴォルクの動きが、 ほんのわずかだが、 重くなっていた。


傷が蓄積している。


「……久しぶりだな」


ヴォルクが言った。


「何がだ」


「傷を負うのが」


俺は答えなかった。


「何年ぶりか 覚えていない。 百年は経つか」


「どうでもいい」


「そうだな。 ただ、ここまでだ」


ヴォルクが 時間加速を 最大まで上げた。


完全に見えなくなった。


《索敵》も追えなかった。


衝撃が来た。


腹に。


胸に。


頭に。


立っていられなくなった。


膝が折れた。


「《ジェネラルヒール》」


ぎりぎり意識が保てた。


ヴォルクが 俺の前に立っていた。


手を上げた。


終わりか、と思った。


感情はなかった。


ただ、


アーシャのことだけが、


頭に浮かんだ。


「ちゃんと食え」


その声が、


最後に聞こえた。


そのとき、


広間が、


揺れた。


水の気配がした。


「——《ウォーターメイデン》」


詠唱がなかった。


巨大な水の女神が 広間に現れた。


《タイダルウェーブ》より さらに大きい。


水でできた巨人が 広間を満たした。


ヴォルクが 水に飲み込まれた。


拘束された。


動けなくなった。


リリィが 杖を両手で握ったまま 立っていた。


息が荒かった。


体が震えていた。


「カイ」


声が、 震えていた。


「行け」


俺は立ち上がった。


左腕が痛かった。


全身が痛かった。


魔力がほぼなかった。


それでも、


足は動いた。


ヴォルクが 水の中で動こうとしていた。


《ウォーターメイデン》の拘束を 少しずつ解こうとしていた。


時間がなかった。


俺は短剣を握り直した。


剣術Lv.7を 全部使った。


今まで溜めてきた全部を この一撃に乗せた。


走った。


《瞬歩》で 一気に距離を詰めた。


ヴォルクの胸に向けて、


短剣を、


空気が、


変わった。


ヴォルクの体から、


何かが溢れ出した。


黒い霧だった。


水の拘束が、 内側から 破れた。


リリィが吹き飛んだ。


ヴォルクの体が 膨張し始めた。


背が伸びた。


天井に届いた。


鱗が全身を覆い始めた。


「……面白い子供だ」


ヴォルクの声が変わった。


低くて、 重くて、 人間の声ではなくなっていた。


「三百年ぶりだ。 本気を出す必要があるとは」


体がさらに膨張した。


翼が生えた。


広間の天井を 突き破った。


奈落の上が、


開けた。


夜空が見えた。


星が出ていた。


その下に、


ドラゴンがいた。


俺は、


その場に立ったまま、


それを見上げていた。


リリィが 俺の横に来た。


体を引きずりながら。


二人で、


見上げた。


第九章、了。




外伝「それだけで、十分だった」


畑の真ん中に、 子供が倒れていた。


最初、 見間違いかと思った。


この村に 見知らぬ子供が いるはずがなかった。


近づいた。


子供だった。


十歳くらいの、 男の子。


煤けてもいなくて、 怪我もなくて、 ただ眠るように 倒れていた。


息はあった。


抱えて、 家に連れて帰った。


重かった。


腰が痛かった。


七十を過ぎた体には、 こたえた。


それでも、 置いていく気に なれなかった。


翌朝、 子供が目を覚ました。


目が、 妙に落ち着いていた。


子供の目じゃなかった。


「ここはどこですか」


最初に言った言葉が それだった。


泣かなかった。


怖がらなかった。


変な子だと思った。


村の決まりで、 新しく来た者は 鑑定石に触れなければならなかった。


広場に連れて行った。


村人が集まっていた。


子供が石に触れた。


石は、 光らなかった。


誰かが笑った。


スキルなしか、と 誰かが言った。


家畜以下だな、と 誰かが言った。


子供は俯かなかった。


ただ、 石を見ていた。


その横顔が、 妙に静かだった。


家に帰った。


子供が俺を見た。


「置いてもらえますか」


私は少し考えた。


役に立つかどうか、 考えた。


スキルなしで、 何ができるか、 考えた。


考えるより先に、 口が動いた。


「働けるなら、いてもいい」


子供が頷いた。


それだけだった。


名前を聞いた。


カイ、と言った。


カイ。


私はその夜、 豆のスープを作った。


薄かった。 塩が足りなかった。 正直うまくなかった。


カイが一口飲んだ。


何も言わなかった。


ただ、 黙って飲み続けた。


「まずいか」


俺が聞いた。


「……熱いです」


カイが言った。


私は少し笑った。


まずいとは言わなかった。


熱い、と言った。


正直な子だと思った。


それから二年、 カイはよく働いた。


文句を言わなかった。


泣かなかった。


誰かに何かを言われても、 ただ黙って やり過ごした。


強い子だと思った。


強すぎて、 少し心配だった。


私には子供がいなかった。


夫は随分前に死んだ。


一人で畑を耕して、 一人で飯を食って、 一人で眠った。


それが当たり前だった。


寂しいとも思わなかった。


七十年も生きれば、 一人でいることに 慣れる。


ただ、


カイが来てから、


飯を作るとき、


量が増えた。


無意識だった。


気づいたら 二人分作っていた。


鍋が空になるのが、 前より早くなった。


ある夜、 カイが窓の外を見ていた。


「アーシャさん」


「何だい」


「ここにいていいですか」


私は少し驚いた。


今更な質問だった。


もう二年もいるのに。


「いてもいいよ」


「ありがとうございます」


「礼はいらない。 ちゃんと食え」


カイが少し笑った。


初めて見た笑い方だった。


私はその夜、 また豆のスープを作った。


今度は少し塩を多めにした。


カイが一口飲んだ。


「今日はしょっぱいです」


「うるさい」


二人で笑った。


この子が いつかここを出ていく日が 来るだろうと、


私は知っていた。


スキルなしで この村にいても、 この子には 狭すぎると、


なんとなく分かっていた。


この子の目は、 最初から、 遠くを見ていた。


村の外を、


もっと広いどこかを、


見ていた。


七十年生きてきた私には、


それが分かった。


だから、


何も言わなかった。


行けとも、


残れとも、


言わなかった。


ただ、


今日この瞬間、


私の作った薄いスープを 熱いと言って飲んでいる、


それだけで、


十分だった。


アーシャは その翌日、


普通に朝を迎えて、


普通に畑に出て、


普通に夕飯の準備をした。


カイに声をかけた。


「ちゃんと食え」


カイが頷いた。


それが、


最後の夜だとは、


知らなかった。


ただ、


それだけで、


十分だった。




カイ 


【強奪 身体強化Lv.5 投擲 鑑定の魔眼 白魔法Lv.4 赤魔法Lv.3 詠唱破棄 青魔法Lv.4 隠密Lv.3 索敵Lv.3 夜目 毒耐性Lv.3 麻痺耐性Lv.2 隠蔽Lv.2 鑑定阻害Lv.4 暗殺術Lv.4 斧術Lv.5 体力強化Lv.3 突進Lv.5 記憶読取Lv.2 話術Lv.4 魔力操作Lv.3 剣術Lv.7 死霊操作Lv.4 ネクロマンサーLv.3 魔力吸収Lv.3 岩石操作Lv.4 影操作Lv.4 風魔法Lv.3 気配遮断Lv.4 情報操作Lv.3 転移Lv.2 魔力強化Lv.5 結界Lv.3 瞬歩Lv.3 看破Lv.3 炎耐性Lv.5 俊足Lv.3 死霊憑依Lv.3 鱗防御Lv.4 闇魔法Lv.4 再生Lv.3 空間把握Lv.3 黒魔法Lv.3 火の魔眼】


リリィ


【青魔法Lv.6 水感知 光魔法Lv.3 詠唱破棄】



読んでくれてありがとうございます。


執筆の裏話や書き方ノウハウは

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https://note.com/kimigasiromi


次話もよろしくお願いします。

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