第7章「対峙」
異世界ダーク系の成り上がり物語です。
スマホで読みやすいよう一文を短くしています。
最後まで読んでもらえると嬉しいです。
手紙が届いたのは、 朝の依頼板を確認していたときだった。
受付の女性が 俺を呼んだ。
「カイさん宛てに届いています。 差出人の名前はありませんが」
封筒を受け取った。
薄くて、 軽かった。
裏に封蝋があった。
見覚えのない紋章だった。
宿に持ち帰って開けた。
セナとリリィが 向かいに座っていた。
中に紙が一枚。
細かい文字が びっしりと並んでいた。
読んだ。
差出人はサーレンだった。
王国を追放された後も 情報収集を続けていたらしく、
冒頭にこう書いてあった。
「以前の借りを返す。 これが俺にできる最後のことだ」
内容は三つに分かれていた。
一つ目。
奈落の場所と そこへの道筋。
王都から東に三日歩いた先、 山脈の麓に 地下への入り口がある。
表向きは廃坑として 記録されているが、 実際は世界最大級のダンジョンへ 繋がっている。
入り口は三つあるが、 そのうち一つは すでにキューロットによって 封鎖されている可能性がある。
残り二つのうち、 北側の入り口の方が 警備が薄いという情報があると 書いてあった。
二つ目。
ヴォルクについて。
キューロットの党首。
三百年以上生きているという話がある。
ドラゴンの血を引いているのは おそらく事実で、 感情を持たない人間だと サーレンは書いていた。
ただ、感情がないのではなく、 人間の感情を すでに超えてしまっている、 というのが正確かもしれない、とも。
世界が終わることに 意味を見出している。
終わらせることが 目的ではなく、 終わらせることそのものを 楽しんでいる、 そういう存在だ、と。
三つ目。
イグニスについて。
転生者のエネルギーを ドラゴンに吸収させることで 完全覚醒させる。
ただ、サーレンが 古い文献で見つけた記述として、
転生者が自らの意志で エネルギーを渡すことを拒否した場合、 計画は成立しない可能性がある、 と書いてあった。
奪われるのではなく、 自ら渡すことが 条件になっているかもしれない、と。
さらに一行だけ、 付け足しがあった。
「お前が転生者として この世界に来た理由は、 俺には分からない。 ただ、お前自身が選択できるなら、 それを使え」
俺は紙を置いた。
セナとリリィが 俺を見ていた。
「読んでいいか」
リリィが聞いた。
「読め」
二人で回し読みした。
しばらく沈黙があった。
セナが先に言った。
「転生者が自分で渡すことを 拒否できるなら、 キューロットの計画は 成立しないってこと?」
「可能性の話だ。 確定じゃない」
「でも、希望はある」
「そうだ」
リリィが紙を畳んで テーブルに置いた。
「ヴォルクを倒せば 計画は終わる」
「そうだ」
「倒せるか」
「今は無理だ。 ただ、強くなれば届く」
「どのくらい強くなれば」
「分からない。 ただ、足りないのは分かる」
リリィが帽子の鍔を下げた。
「正直だな」
「嘘ついても意味がない」
「……そうだな」
セナが窓の外を見た。
「奈落への道中に 強い魔物がいるって書いてあったね」
「そうだ。 東の山脈方面に向かいながら 戦い続ける。 奈落への道を進みながら 強くなる」
「一石二鳥だね」
「そうだ」
俺は紙をもう一度広げた。
サーレンの字を見た。
几帳面な、 細かい字だった。
これが俺にできる最後のことだ、 と書いてあった。
スキルを三つ奪った男が、 これだけの情報を集めて 送ってきた。
なぜかは分からない。
ただ、 使える情報だった。
「出発はいつにする」
リリィが聞いた。
「今日の午後だ。 午前中に装備と食料を整える。 長くなるかもしれない」
「どのくらいかかると思う」
「奈落に着くまでに どれくらい強い魔物と戦えるかによる。 一週間か、二週間か、 それ以上か」
「宿はどうする」
「野営になる。 街道沿いに小さな町があるはずだ。 そこで補給しながら進む」
リリィが頷いた。
「分かった。 準備する」
立ち上がって部屋を出た。
セナも立ち上がりかけて、 少し止まった。
「カイ」
「何だ」
「さっきのサーレンの最後の一行、 お前が選択できるなら使え、って」
「見たか」
「見た」
セナが俺を見た。
いつも通りの顔だった。
不安そうな、 自然な顔だった。
「どういう意味だと思う」
「俺にも分からない。 ただ、エネルギーを渡すことを 自分で選べるなら、 拒否することもできる、 ということだろう」
「ヴォルクの計画を 自分で止められるってこと?」
「そうかもしれない。 確定じゃないが」
セナが少し間を置いた。
「……そっか」
それだけ言って、 部屋を出た。
俺は一人残った。
窓の外を見た。
王都の朝の光が 石畳に落ちていた。
イグニス。
世界を終わらせる計画。
その計画のために、 村が焼かれた。
アーシャが死んだ。
怒りではない。
感情じゃない。
ただ、 事実として、
俺はそれを止める。
王国の腐敗に 利用された人々がいる。
何も知らずに 操られてきた人間がいる。
ギルドの受付の女性。
ギルドマスター。
王都で普通に生きている 何千人もの人間。
そいつらは、 敵じゃない。
守る、という言葉が 自分の中から出てきたとき、
少しだけ、 違和感があった。
今まで守るために戦ったことは なかった。
奪うために戦ってきた。
生き延びるために戦ってきた。
それが今、 変わった。
感情じゃない。 誓いでもない。
ただの、事実確認だった。
紙を折って、 服の中にしまった。
立ち上がった。
午前中に 市場で食料を買い込んだ。
乾燥肉、硬パン、 水を濾すための布、 傷薬。
リリィが地図を一枚買った。
東の山脈から奈落方面の 古い地図だった。
「これが正確かどうか分からない」
リリィが言った。
「分からなくていい。 大まかな方向が分かれば十分だ」
「そうか」
「地図より《索敵》の方が 当てになる」
リリィが帽子の鍔を少し上げた。
「……それもそうだな」
セナが短剣の刃を確認していた。
刃こぼれを直していた。
黙って、 丁寧に。
午後の鐘が鳴る前に 東門を出た。
街道が続いていた。
まっすぐ、 どこまでも続く道。
「また旅だね」
セナが言った。
「そうだな」
「最初に王都に来たとき、 こんなことになるとは思わなかった」
「俺もそうだ」
「カイって、王都に来たとき 何を考えてたの」
俺は少し考えた。
「生き延びること」
「それだけ?」
「それだけだった」
「今は?」
俺は前を向いたまま 少し間を置いた。
「止めること、だ」
「イグニスを?」
「そうだ」
セナが前を向いた。
「そっか」
それだけ言った。
リリィが地図を広げながら歩いていた。
「最初の町まで半日くらいか。 そこで一泊して、 翌朝から山脈方面に向かう」
「そうだ」
「強い魔物が出るのは 山脈に近づいてからか」
「サーレンの手紙にはそう書いてあった。 ただ道中でも Bランク相当が出るかもしれない」
「準備はできてる」
リリィが地図を畳んだ。
帽子の鍔を少し上げて、 遠くの山脈を見た。
「行くか」
「行こう」
三人で街道を歩いた。
王都の影が 遠くなっていった。
右目が、 わずかに痛んだ。
まだ足りない、と思った。
ただ、 足りないなら 奪えばいい。
それだけだった。
最初の町に着いたのは 夕方だった。
街道沿いの小さな町で、 宿が一軒と、 市場が一つと、 ギルドの出張所があるだけだった。
ギルドの出張所に寄った。
この辺りの魔物情報を 確認するためだった。
受付に立っていたのは 年配の男だった。
俺たちを見て 少し目を細めた。
「Aランクか。 珍しいな、こんな辺境に」
「通り抜けるだけです。 この先の山脈方面の 魔物情報を教えてもらえますか」
男が奥から 古い冊子を持ってきた。
「山脈に近づくほど ランクが上がる。 Bランクの魔物は この辺りから出始める。 Aランク相当が出るのは 山脈の中腹から先だな」
「どんな種類が多いですか」
「岩石系と、 大型の獣型が多い。 あとは古い遺跡があって、 そこからアンデッドが出ることがある」
リリィが地図を広げた。
「遺跡の場所は どのあたりですか」
男が地図に指を置いた。
「ここだ。 昔の王城跡らしい。 中には入るなよ。 Sランク相当の魔物がいるという 噂がある」
俺はリリィと視線を交わした。
Sランク相当。
今の俺たちには 早すぎる。
「分かりました。 ありがとうございます」
宿に入った。
夕食を食べながら 明日の作戦を話した。
「まず山脈の手前で Bランク相当の魔物を探す。 遺跡には近づかない。 Aランク相当が安定して 倒せるようになったら 次の段階に進む」
「どのくらいかかると思う」
セナが聞いた。
「分からない。 ただ急ぎすぎると死ぬ」
「慎重だね、カイにしては」
「死んだら終わりだ」
リリィが焼き菓子を 一口食べながら言った。
「私のスキルを上げることも 考えていいか」
「当然だ。 お前の火力が上がれば 戦える範囲が広がる」
「第五位階を使えるようになりたい」
「《タイダルウェーブ》か」
「そうだ。 ただ詠唱が長い。 練習が必要だ」
「戦闘の合間に練習しろ。 俺とセナが時間を稼ぐ」
リリィが帽子の鍔を少し上げた。
「分かった」
翌朝、 町を出た。
街道から外れて、 山脈方面に進んだ。
草が深くなって、 道が細くなって、 空気が変わった。
《索敵》を展開した。
気配が増えていた。
最初に出たのは 岩石ゴーレムだった。
中層で出た深層ゴーレムより 一回り大きかった。
鑑定した。
【山岳ゴーレム Bランク相当】 【スキル:岩石操作Lv.4、硬化Lv.5、突進Lv.3】
岩石操作Lv.4。
今の俺はLv.2だ。
欲しかった。
「リリィ、関節部分を狙え。 セナは側面から牽制。 俺が正面に出る」
「分かった」
「うん」
山岳ゴーレムが動いた。
地面を揺らしながら こちらに向かってきた。
俺は《身体強化》を使って 横に動いた。
巨大な拳が 俺がいた場所の地面を砕いた。
石が飛んだ。
「《ウォーターランス》」
リリィの水の槍が ゴーレムの膝の継ぎ目に刺さった。
石が砕けて、 動きが一瞬鈍った。
その隙に 俺は踏み込んだ。
目を合わせた。
右目が燃えた。
岩石操作Lv.4。
代償が来た。
「《エリートヒール》」
無詠唱で抑えた。
岩石操作の知識が 頭の中に流れ込んできた。
Lv.2とは密度が違った。
地面の石を操る精度が、 距離が、 全然違う。
「《岩石操作》」
地面から石の塊を引き上げて、 ゴーレムの背中に叩きつけた。
ゴーレムが前につんのめった。
セナが側面から短剣を入れた。
リリィがもう一発 《ウォーターランス》を放った。
今度は首の継ぎ目に当たった。
ゴーレムが崩れた。
岩の塊になって、 地面に散らばった。
「岩石操作を使ったね」
セナが言った。
「Lv.4に上がった。 使い方が変わった」
「どう変わったの」
「範囲が広がった。 地面だけじゃなく、 壁の石も動かせる」
「それは強い」
リリィが崩れたゴーレムを見た。
「次はどうする」
「もう少し奥に進む。 Bランクに慣れてから Aランクに上がる」
午後になって、 大型の獣型魔物と遭遇した。
狼に似ていたが、 体が二回り大きくて、 毛が黒く、 目が赤かった。
群れで動いていた。
六匹。
鑑定した。
【黒狼 Bランク相当】 【スキル:俊足Lv.3、群体連携Lv.2、毒牙Lv.2】
俊足Lv.3。
群体連携Lv.2。
俊足は欲しい。 群体連携は使い道がない。
「散らすな。 まとめて対処する。 リリィは詠唱を始めろ。 セナと俺で時間を稼ぐ」
「どのくらい時間がいる」
「《水流》なら今すぐ使えるだろ」
「《ウォーターランス》を 連射する方がいい。 六匹だ」
「分かった。好きにしろ」
黒狼の群れが動いた。
速かった。
Bランクの獣型は ゴーレムより圧倒的に速い。
六匹がばらけながら 俺たちを囲もうとした。
「《索敵》で位置を把握する。 後ろに回るな」
「分かった」
セナが短剣を構えた。
踏み込んだ瞬間、 体が一瞬消えるような感覚で 別の場所に出た。
先頭の黒狼の横に 一瞬で移動した。
「っ」
速さに自分でも 驚いた。
黒狼が反応する前に 短剣を入れた。
一匹が倒れた。
「今の何」
セナが叫んだ。
「後で話す」
リリィが 《ウォーターランス》を連射した。
二匹が吹き飛んだ。
残り三匹が 俺に集中した。
《俊足》を奪えるか、 頭の中で考えながら動いた。
三匹が同時に跳んだ。
《身体強化》を全力で使って 横に転がった。
牙が肩を掠めた。
毒牙だ、と気づいた。
《毒耐性Lv.3》が反応した。
毒が体に入ってきたが、 すぐに処理された。
熱がすうっと消えた。
一匹の目が合った。
右目が燃えた。
俊足Lv.3。
代償が来た。
「《エリートヒール》」
体が、また変わった。
俊足の知識が入ってきた。
足の動かし方、 重心の置き方、 踏み込みのタイミング。
試した。
一歩踏み込んだ瞬間、 さっきより速く動けた。
残り二匹を《俊足》で仕留めた。
静かになった。
「今日だけで スキルが二つ上がったね」
セナが言った。
「まぁな。 数は変わっていない」
「でも強くなってるでしょ」
「そうだ」
リリィが息を整えながら言った。
「私も試したいことがある」
「何だ」
「《タイダルウェーブ》の詠唱を 試してみたい。 発動まではしない。 詠唱だけ通してみる」
「今か」
「今じゃなくていい。 今夜、野営しながら」
「分かった」
夜、 焚き火を囲んで 野営の準備をした。
リリィが杖を構えて 静かに詠唱を始めた。
長い詠唱だった。
「集え水よ、 大地より湧き出でよ、 意志を持て、 怒涛となれ、 全てを押し流す波となり、 形を成せ——」
途中で止めた。
「まだ詠唱が安定しない。 途中で魔力が乱れる」
「どのあたりで」
「後半だ。 前半は問題ない。 後半の制御が難しい」
「慣れだ。 毎晩練習しろ」
「分かってる」
セナが焚き火に 枝をくべながら言った。
「リリィって、 本当に魔法が好きなんだね」
「好きというより、 これしかないから」
「どういうこと?」
「剣術の才能はない。 体力もない。 魔法だけが 唯一俺の武器だ」
「じゅうぶん強いじゃん」
「まだ足りない」
俺は空を見た。
星が出ていた。
足りない、という言葉が リリィの口から出るのを聞いて、
俺も同じだな、と思った。
まだ足りない。
ヴォルクには届かない。
届くまで、奪い続ける。
「明日も続けるぞ」
「当たり前だ」
リリィが帽子の鍔を下げて 目を閉じた。
セナが焚き火を見ながら 静かに言った。
「ねえカイ、 奈落に行ったら どうなるんだろう」
「分からない」
「怖くないの」
「さあ」
「また分からないって言った」
「本当に分からない」
セナが少し笑った。
「カイって、 分からないことには 正直だよね」
「嘘ついても意味がない」
「そうだね」
焚き火が揺れた。
夜風が吹いた。
山の空気は冷たかった。
俺は目を閉じた。
明日も戦う。
奪い続ける。
それだけだった。
二日目の朝、 また動いた。
山脈が近くなるにつれて 空気が変わっていた。
湿っていて、 重くて、 石の匂いがした。
《索敵》に引っかかる気配が 昨日より多かった。
最初に出たのは アンデッドだった。
山道の脇から 這い出てきた。
人型で、 骨と腐った肉が混ざったような体。
二体いた。
鑑定した。
【腐骸騎士 Aランク相当】 【スキル:死霊憑依Lv.3、腐食Lv.2、剣術Lv.4】
死霊憑依。
見たことがないスキルだった。
欲しい。
「リリィ、光魔法を使え。 アンデッドには効く。 セナは下がれ」
「分かった」
「うん」
腐骸騎士が動いた。
動きが重かった。
Aランクにしては速くない。
ただ体から黒い霧が漂っていて、 近づきすぎると 皮膚が溶けそうだった。
腐食のスキルだろう。
「《サンダーショック》」
リリィの電撃が 一体の腐骸騎士に直撃した。
アンデッドの体が バチバチと音を立てて 動きを止めた。
その隙に俺は もう一体に踏み込んだ。
霧が体に当たった。
じりじりとした熱が来た。
《毒耐性》が処理した。
大半は弾かれたが 少し皮膚が熱かった。
「《エリートヒール》」
無詠唱で抑えた。
腐骸騎士の目を 真っ直ぐ見た。
右目が動いた。
以前ほどの激痛ではなかった。
慣れてきたのか、 それとも強奪そのものに 体が馴染んできたのか、 自分では分からなかった。
ただ、 確実に楽になっていた。
頭の中に言葉が落ちた。
死霊憑依Lv.3。
短剣を当てた。
腐骸騎士が崩れた。
リリィが もう一体を 《サンダーショック》で 仕留めていた。
「また新しい魔法使ったね」
セナが言った。
「使えたから使った」
「死霊系って、 聖職者のスキルじゃないの?」
「さあ。 使えるから気にしていない」
セナが少し首を傾けた。
「カイって、 どんどん使えるものが増えていくよね。 なんで?」
「俺にも分からない。 体が覚えるんだと思う」
「天才?」
「さあ」
リリィが腐骸騎士の残骸を見ながら 淡々と言った。
「どういう理屈かは分からないが、 使えるなら問題ない。 続けるぞ」
「そうだ」
昼を過ぎた頃、 山脈の中腹に差し掛かった。
岩場が増えて、 木が減って、 風が冷たくなった。
《索敵》に 重い気配が引っかかった。
「でかい」
セナが言った。
「どのくらい」
「一体。 すごく重い」
姿が見えた。
山の斜面に 巨大な竜のような魔物がいた。
二足歩行で、 鱗に覆われていて、 翼は持っていなかった。
鑑定した。
【グランドワイバーン Aランク相当】 【スキル:鱗防御Lv.4、強打Lv.4、毒霧Lv.3、看破Lv.2】
毒霧が厄介だった。
毒耐性はLv.3あるが、 霧状の毒の濃度次第では 処理しきれない可能性がある。
鱗防御Lv.4も欲しかった。
「リリィ、 毒霧が来たら 《ウォーターランス》で 霧ごと押し流せるか」
「やってみる」
「セナは俺の後ろについてこい。 鱗が厚い。 短剣は通らないと思え」
「どうやって倒すの」
「目か、 口の中か、 鱗の薄い場所を狙う。 《岩石操作》で足元を崩す」
「分かった」
グランドワイバーンが こちらに気づいた。
低く唸った。
口から黄色い霧が漏れ出した。
毒霧の予備動作か。
俺は《岩石操作》を使った。
ワイバーンの足元の岩を 一気に引き抜いた。
バランスが崩れて ワイバーンが前につんのめった。
「今だ、リリィ」
「《ウォーターランス》」
水の槍が ワイバーンの顔を直撃した。
毒霧が出る前に 口元を打った。
ワイバーンが仰け反った。
俺は《瞬歩》で一気に距離を詰めた。
首の付け根、 鱗の継ぎ目に 短剣を差し込んだ。
ワイバーンが吠えた。
巨大な尾が横に薙いだ。
《俊足》で後ろに跳んだ。
風圧が来た。
ぎりぎり当たらなかった。
ワイバーンがまだ動いていた。
首の付け根からは 血が流れていたが、 急所を外したようだった。
鱗が厚すぎた。
「もう一回」
リリィが詠唱を始めた。
「《ウォーターランス》」
今度は首の傷口に向けて放った。
水の槍が 傷口を抉った。
ワイバーンが 大きく揺れた。
その瞬間、 目が合った。
右目が動いた。
今日の三回目だった。
痛みはあった。
ただ、 朝と比べて さらに軽くなっていた。
慣れというより、 体が強奪という行為に 最初から向いていたのかもしれない、 とぼんやり思った。
頭の中に言葉が落ちた。
鱗防御Lv.4。
ワイバーンがまだ動こうとした。
俺は再び《瞬歩》で近づいて 傷口に短剣を深く差し込んだ。
《身体強化》を全力で使った。
ワイバーンが倒れた。
地響きがした。
静かになった。
セナが息を吐いた。
「でかかった」
「そうだな」
「カイ、怪我ない?」
「ない」
「毒霧当たってたよね」
「耐性がある」
「あ、そっか」
リリィが魔力を整えながら言った。
「今の、鱗みたいなものが 体の周りに出てたな」
俺は少し間を置いた。
「そうだったか」
「一瞬だけ。 攻撃を受けたとき」
「気のせいじゃないか」
「そうかもしれない」
リリィはそれ以上聞かなかった。
ただ、 帽子の鍔を少し下げて 考え込むような間があった。
夕方、 野営の準備をしながら リリィが詠唱の練習をしていた。
昨夜より声が安定していた。
後半の難しい部分も 一度詰まったが 持ち直した。
「惜しい」
セナが言った。
「うるさい」
「でも昨日より全然いい」
リリィが帽子の鍔を下げた。
「……そうか」
俺は今日奪ったスキルを 頭の中で確認した。
死霊憑依Lv.3。
鱗防御Lv.4。
鑑定を自分に向けた。
スキルの数を数えた。
三十三個。
まだ足りない。
ただ、 着実に増えていた。
セナが焚き火の前で 膝を抱えて座っていた。
空を見ていた。
「ねえ、カイ」
「何だ」
「強くなるって、 どこまで強くなれば 十分なんだろう」
「ヴォルクを倒せれば十分だ」
「ヴォルクを倒した後は」
「その後のことは その後で考える」
「またそれ」
「今考えても分からない」
セナが少し笑った。
「そうだね」
リリィが詠唱の練習を止めて 焚き火の前に座った。
「明日も動くか」
「そうだ」
「どのくらいで Aランクに慣れると思う」
「分からない。 ただ、今日より明日の方が 強くなっていれば十分だ」
「それで十分か」
「それ以上のことは 今日はできない」
リリィが帽子の鍔を少し上げた。
「そうだな」
焚き火が揺れた。
風が吹いた。
山の夜は深かった。
俺は目を閉じた。
今日、右目の痛みが 朝から夕方にかけて 少しずつ軽くなっていた。
最初にゴブリンから奪ったとき、 倒れるほど痛かった。
今は痛みが来ても すぐに収まる。
慣れているのか、 体が変わっているのか、
どちらかは分からなかった。
ただ、 奪うたびに 自分が何かになっていく感覚は 消えなかった。
それが何なのかは、 まだ分からなかった。
三日目の朝、 遺跡が見えた。
崩れかけた石の建物が 山の斜面に埋まるように 並んでいた。
ギルドの男が言っていた 旧王城跡だろう。
近づくなと言われていた。
ただ《索敵》に引っかかる気配は 遺跡の外にもあった。
遺跡から染み出すように 魔物が出てきているようだった。
「遺跡には入らない。 ただ外に出てきたものとは戦う」
「分かった」
「うん」
最初に出たのは 炎を纏った蜥蜴型の魔物だった。
体長は俺の倍ほど。
鱗が赤く、 体の表面が ゆらゆらと揺れていた。
鑑定した。
【炎蜥蜴 Aランク相当】 【スキル:炎操作Lv.4、炎耐性Lv.5、硬化鱗Lv.3】
炎耐性Lv.5。
今の俺はLv.2だ。
大幅に上書きできる。
「リリィ、水魔法は効くか」
「水で炎を消せるが、 炎耐性があれば ダメージは通りにくい。 《サンダーボルト》の方がいい」
「頼む」
炎蜥蜴が口を開いた。
炎の塊が飛んできた。
《瞬歩》で横に跳んだ。
炎が岩を焦がした。
熱気が顔に当たった。
「《サンダーボルト》」
リリィの電撃が 炎蜥蜴の体を貫いた。
炎蜥蜴が大きくよろめいた。
俺は踏み込んだ。
《岩石操作》で 足元の岩を崩して 体勢を乱した。
その瞬間、 目が合った。
右目が動いた。
炎耐性Lv.5。
痛みが来た。
最初にゴブリンから奪ったときは 倒れそうなほど痛かった。
今は、 波が来て引いていく程度だった。
慣れたのか、 それとも体が変わったのか、 自分では分からなかった。
「《エリートヒール》」
炎蜥蜴が再び炎を吐こうとした。
リリィがもう一発 《サンダーボルト》を放った。
今度は直撃した。
炎蜥蜴が崩れ落ちた。
「カイ、炎が当たりそうになったよね」
セナが言った。
「かすった程度だ」
「平気なの」
「耐性がある」
「あ、そっか」
リリィが魔力を整えながら言った。
「また何か増えたか」
「炎耐性が大幅に上がった」
「具体的にどのくらい」
「さあ。 ただ炎が当たっても さっきほど熱くなかった」
「……そういう感覚で分かるのか」
「体が勝手に分かる」
リリィが帽子の鍔を下げた。
それ以上聞かなかった。
午後になって、 また別の魔物と遭遇した。
人型で、 黒い霧を纏っていた。
動きが速かった。
鑑定した。
【影の刺客 Aランク相当】 【スキル:影潜行Lv.4、暗殺術Lv.4、剣術Lv.5】
暗殺術Lv.4。
今の俺はLv.3だ。
上書きできる。
「これは速い。 影に潜れるスキルを持っている。 リリィ、光魔法で地面を照らせ。 影を消す。 セナ、無理に前に出るな」
「分かった」
「うん」
影の刺客が動いた。
《影潜行》を使って 地面の影に溶け込んだ。
《索敵》に気配が薄くなった。
「《サンダーショック》」
電撃が地面を走った。
影が一瞬消えた。
影の刺客の姿が浮かび上がった。
俺は《瞬歩》で踏み込んだ。
影の刺客が反応した。
速かった。
ただ《看破》で 次の動きが読めた。
右に来る。
左に躱した。
刃が空を切った。
その瞬間、 セナが動いた。
俺は横目でそれを見た。
セナの動きが、 おかしかった。
速すぎた。
影の刺客の背後に回って、 短剣を当てた。
正確に、 無駄なく。
俺はLv.7の剣術を持っている。
Lv.7で動くときの感覚を 体で知っている。
セナの動きは、 それと変わらなかった。
最初にセナのスキルを 鑑定で確認したとき、 【シーフ 隠密Lv.2】しかなかった。
剣術のスキルはなかった。
ただの村の生き残りに、 あの動きはできない。
影の刺客がよろめいた。
俺は素早く目を合わせた。
右目が動いた。
暗殺術Lv.4。
代償が来た。
「《エリートヒール》」
影の刺客が崩れた。
静かになった。
「セナ」
俺は言った。
「何?」
「今の動き、いつ覚えた」
セナが少し間を置いた。
「なんとなく体が動いた感じ。 シーフのスキルって、 色々応用が利くみたいで」
「剣術のスキルは 鑑定で確認したとき なかったはずだが」
「そうだけど、 なんか分かる気がして。 カイの動きをずっと見てたから 自然に覚えたのかも」
自然な答えだった。
嘘をついている顔ではなかった。
ただ、 引っかかりが消えなかった。
カイの動きを見て覚えた。
それで説明できるほど、 あの動きは甘くなかった。
見て覚えられるものと、 体に染み込んでいるものは、 明らかに違う。
最初に出会ったとき、 セナは奴隷商人の家に 囚われていた。
ぼろい服を着て、 ふらついていた。
あの頃からずっと一緒にいる。
それなのに、 あの動きはどこから来た。
「そうか」
俺はそれだけ言った。
リリィが二人を 一度だけ見た。
何かを考えるような顔をして、 すぐ前を向いた。
「続けるぞ」
「そうだ」
夕方、 戦闘が一段落した。
三人で岩陰に座って 休んでいた。
俺は習慣で 自分のスキルを確認した。
スキル欄を見た。
目が止まった。
【鑑定の魔眼】
また、名前が変わっていた。
鑑定眼から、 鑑定の魔眼へ。
いつ変わったのか分からなかった。
今日の戦闘の中か、 昨日か、 それ以前か。
鑑定の魔眼。
試してみた。
遠くの岩を見た。
今まで見えなかった 細かい情報が見えた。
岩の中の魔力の流れ。
成分の構造。
「どうした」
リリィが言った。
「鑑定眼がまた変わった」
「また?」
「鑑定の魔眼になった。 魔力の流れが見える」
リリィが少し目を丸くした。
「それは戦闘で使えるな。 敵の魔法の準備が 事前に分かるということか」
「そうなると思う。 まだ慣れていないが」
「次の戦闘で試せ」
「そうする」
セナが俺を見た。
「すごいね、またスキルが変わって」
「そうだな」
「カイって、 どこまで強くなるんだろう」
「分からない」
「また分からないって言った」
「本当に分からないんだ」
セナが少し笑った。
いつも通りの笑い方だった。
俺はその顔を見た。
最初に出会ったとき、 宿の部屋でセナが横になって すぐ寝息を立てていたことを 思い出した。
疲れていたんだろうと思った。
それから何度も一緒に戦って、 飯を食って、 笑って。
その全部が、 今も同じように見えた。
何かが引っかかっていた。
ただ、 答えを出す前に やることがある。
奈落に入る。
ヴォルクを倒す。
世界を守る。
その順番だった。
「明日、奈落の入り口が 見えてくるはずだ。 ただ入るのはまだ早い。 入り口付近でもう少し戦う」
「分かった」
「うん」
リリィが立ち上がって 詠唱の練習を始めた。
昨日より長く続いた。
後半も崩れなかった。
「……通った」
リリィが静かに言った。
「《タイダルウェーブ》の詠唱が 最後まで通った」
「発動はするな」
「分かってる。 ただ、通せた」
セナが拍手をした。
「やったじゃん」
リリィが帽子の鍔を下げた。
でも、 口元が動いていた。
俺は空を見た。
星が出ていた。
鑑定の魔眼。
強奪。
セナの動き。
全部が頭の中にあった。
繋がっているような、 繋がっていないような。
今は答えを出さない。
奈落に入る前に、 もう少し強くなる。
それだけだった。
第七章、了。
カイ
【強奪 身体強化Lv.5 投擲 鑑定の魔眼 白魔法Lv.4 赤魔法Lv.3 詠唱破棄 青魔法Lv.4 隠密Lv.3 索敵Lv.3 夜目 毒耐性Lv.3 麻痺耐性Lv.2 隠蔽Lv.2 鑑定阻害Lv.4 暗殺術Lv.4 斧術Lv.5 体力強化Lv.3 突進Lv.5 記憶読取Lv.2 話術Lv.4 魔力操作Lv.3 剣術Lv.7 死霊操作Lv.2 ネクロマンサーLv.3 魔力吸収Lv.2 岩石操作Lv.4 影操作Lv.2 風魔法Lv.2 気配遮断Lv.4 情報操作Lv.3 転移Lv.2 魔力強化Lv.3 結界Lv.2 瞬歩Lv.2 看破Lv.3 炎耐性Lv.5 俊足Lv.3 死霊憑依Lv.3 鱗防御Lv.4】
リリィ
【青魔法Lv.4 水感知 光魔法Lv.2】
《タイダルウェーブ》詠唱を通せるようになった。 発動はまだ。
セナ 表向き
【シーフ 隠密Lv.2】
セナ 本当のスキル
【 剣術Lv.6 】
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