第4章「癒着の街」
異世界ダーク系の成り上がり物語です。
スマホで読みやすいよう一文を短くしています。
最後まで読んでもらえると嬉しいです。
深層から戻って三日、 カイたちはギルドで依頼を受け続けた。
Dランクになったことで 選べる依頼の幅が広がった。
報酬も上がった。
宿を少しいいところに変えた。
それだけで、 飯がうまくなった。
「落ち着いた」
セナが食堂で言った。
「何が」
「なんとなく。 王都に来たばかりの頃より ここが家みたいになってきた」
リリィが焼き菓子を 小さく割りながら言った。
「家、か」
「違う?」
「……悪くない言い方だな」
帽子の鍔を下げた。
俺は何も言わなかった。
家、という言葉が しっくりこなかった。
家はもう、ない。
灰になった。
ただ、
悪くないとは思った。
問題が起きたのは その翌日だった。
ギルドで依頼を探していると、 受付の女性が また手招きをした。
前回と同じ、 カウンターの端。
「少しいいですか」
声を潜めていた。
「先日の件ですが」
「暗殺者の男の件ですか」
「それも含めて。 少し、大きな話になってきました」
女性が周囲を確認してから続けた。
「ギルドの上層部の中に、 暗殺者組合と繋がっている人間がいます。 前から噂はありましたが、 最近になって 具体的な名前が出始めました」
「誰ですか」
「ギルドマスターの補佐を務める エイクという男です。 依頼の情報を組合に流して、 冒険者を特定の依頼に誘導していた という話が出ています」
俺は少し考えた。
「なぜ俺に」
女性が少し間を置いた。
「あなたたちは ネームドを二体討伐しています。 ギルドの中で それができる実力を持った Dランクはほとんどいない」
「それだけですか」
「……ビリーが動いていた相手が あなただと知っています。 あの男が死んで、 エイクが焦り始めています。 次の手を打つ前に、 誰かに知っておいてほしかった」
俺はその言葉を 頭の中で整理した。
ギルドと暗殺者組合が繋がっている。
ビリーの依頼主はエイクか、 あるいはエイクを通じた 別の誰かか。
「エイクの上に 誰かいますか」
女性が顔を曇らせた。
「……王国の人間が 絡んでいるという話があります。 ただ、そこから先は 私には分かりません」
俺は頷いた。
「ありがとうございます」
「気をつけてください。 エイクはあなたたちのことを 知っています」
カウンターを離れた。
セナとリリィが 依頼板の前で待っていた。
視線で合図して、 外に出た。
路地に入って、 《索敵》で周囲を確認した。
人の気配はない。
「ギルドの上層部と 暗殺者組合が繋がっていた。 その上に王国の人間がいる可能性がある」
リリィが帽子の鍔を下げた。
「どこまで本当の話だ」
「分からない。 ただ、ビリーを動かした依頼主が ギルド内にいるなら ここにいる限り安全じゃない」
「どうする」
俺は少し考えた。
逃げるという選択肢は 最初からなかった。
逃げたところで、 追ってくる。
それならこちらから 潰した方が早い。
「エイクという男の 動きを調べる。 ただし今すぐは動かない。 情報が少なすぎる」
「どこから集める」
「ギルドの外から。 冒険者の酒場や、 市場で話を聞く。 目立たないように」
セナが言った。
「私、得意かも」
「何が」
「人から話を聞くの。 《シーフ》のスキルに 聞き込みが向いてる気がする」
リリィが少し見た。
「それは索敵の一部か」
「分からないけど、 なんか話しかけやすいっていうか、 相手が喋ってくれる感じがする」
悪くない、と思った。
《シーフ》の複合スキルに そういう作用があるかもしれない。
「やってみろ。 ただし一人では動くな」
「分かった」
三日かけて、 少しずつ情報を集めた。
酒場で冒険者から聞いた話。
エイクは三年前から ギルドマスターの補佐についている。
もともとは地方の小さなギルドの 職員だったが、 異例の速さで出世した。
金回りがいい。
どこから来るのか分からない収入がある。
市場の商人から聞いた話。
暗殺者組合は 表向きは存在しない組織だが、 王都の裏では 誰もが知っている。
依頼の仲介を ギルドの一部職員が やっているという噂は 以前からあった。
別の冒険者から聞いた話。
半年前、 あるCランクの冒険者が 突然失踪した。
エイクと揉めた直後だったという。
「繋がってる」
夜、宿で三人が集まった。
「エイクが組合への依頼の窓口になっていて邪魔な人間を消している。 その上に王国の誰かがいる」
リリィが言った。
「証拠はあるか」
「ない。 話だけだ」
「証拠なしで動いたら こちらが犯罪者になる」
「分かってる。 だから証拠を取りに行く」
リリィが帽子の鍔を上げた。
「どうやって」
「エイクが組合と 連絡を取っている場所を押さえる。 《隠密》と《索敵》があれば 尾行できる」
「一人でやるつもりか」
「お前たちがいると かえって目立つ」
リリィがため息をついた。
「……また一人で抱えようとしてる」
「効率の話だ」
「前も同じことを言った。 覚えてるか」
俺は黙った。
「何か動きがあったら すぐ二人に言うこと。 約束しただろ」
少し間があった。
「分かった。 動く前に言う」
「それでいい」
セナが小さく言った。
「ね、もう一個聞いてもいい?」
「何だ」
「エイクを潰したとしてその上の王国の人間まで やるつもり?」
俺は答えなかった。
答える言葉がまだなかった。
ただ、
邪魔をするなら誰であっても関係ない。
そう思っていた。
セナが俺の顔を見た。
何かを読み取るような目だった。
「……分かった」
それだけ言って、 自分のベッドに入った。
リリィが最後に言った。
「明日から動くか」
「そうだ」
「分かった。 おやすみ」
「おやすみ」
部屋が暗くなった。
セナの寝息が聞こえた。
リリィの呼吸が落ち着いた。
俺は天井を見た。
王国。
ギルド。
暗殺者組合。
全部が繋がっている。
一個一個潰していくしかない。
それだけだった。
翌日から、 エイクの動きを追った。
昼はギルドで普通に依頼を受けて、 夜に動いた。
《隠密》と《暗殺術》を組み合わせた。
ただ気配を消すだけでなく、 存在ごと背景に溶け込む感覚。
ビリーから奪ったそれは、 使い込むほど 自分のものになっていった。
初日。
エイクはギルドを出た後、 大通りを歩いて 自宅に戻った。
それだけだった。
二日目。
同じだった。
三日目の夜、 エイクが寄り道をした。
大通りから外れて、 裏通りに入った。
俺は距離を保って追った。
《索敵》でエイクの気配を追い続けた。
路地を曲がって、 また曲がって、
古い酒場の裏口に入った。
俺は建物の外で止まった。
《索敵》を展開した。
中に、三人いた。
エイクと、 あと二人。
声は聞こえなかった。
壁が厚かった。
《隠密》を使ったまま、 建物の壁際に近づいた。
換気用の小窓があった。
わずかに開いていた。
声が漏れてきた。
「……例の件はどうなった」
エイクの声ではなかった。
もっと低い、 落ち着いた声だった。
「ビリーが死にました。 ミノタウロスに」
エイクの声だった。
「依頼は失敗か」
「対象が予想外に強かった。 ただ、証拠は残っていません」
「次の手は」
「もう少し待ちます。 今動けば かえって目立つ」
「いつまでも待てるわけじゃない。 王都を掻き回されては困る」
「分かっています。 ただ対象はDランクです。 正面からぶつかれば こちらの損害も出る」
沈黙があった。
「ギルドマスターは」
「まだ何も知りません。 このまま動かさなくていい」
「王国への報告は」
「問題なく進んでいます」
王国への報告。
やはり上に繋がっていた。
「分かった。 ただし次の満月までに片をつけろ。 それ以上待てない」
「了解しました」
声が途切れた。
椅子が動く音がした。
解散するようだった。
俺は壁から離れた。
《隠密》を保ったまま、 路地を戻った。
宿に戻ると、 リリィとセナが起きていた。
「遅かった」
リリィが言った。
「繋がりを確認した。 エイクの上に 王国の人間がいる。 直接やり取りしていた」
「顔は見えたか」
「暗くて分からなかった。 ただ、声だけ覚えた」
セナが膝を抱えて聞いた。
「次の満月までに、って言ってたんだよね。 それって私たちのことだよね」
「そうだ」
「あと何日?」
「十日」
リリィが帽子の鍔を下げた。
「証拠は取れたか」
「声だけだ。 それだけでは動けない」
「どうする」
「エイクを直接押さえる。 本人に吐かせるしかない」
リリィが少し間を置いた。
「ギルドの職員を 力で押さえるのか」
「他に方法がない」
「……穏やかじゃないな」
「穏やかにやってる時間がない」
リリィはため息をついて、 それから頷いた。
「分かった。 どうやる」
「エイクが一人になる場所を作る。 夜、裏通りに引き出す。 そこで押さえる」
「どうやって引き出す」
「囮を使う」
セナが顔を上げた。
「私がやる」
「危険だ」
「《シーフ》があるから 逃げるのは得意。 それに私が一番 自然に近づける」
俺はセナを見た。
スキル欄を確認した。
【シーフ 隠密Lv.2】
問題はなさそうだった。
「《索敵》で常に追う。 何かあれば即座に動く」
「うん」
「リリィは遠距離で待機。 エイクが逃げようとしたら 《ウォーターランス》で封じる」
「分かった」
三人で役割が決まった。
「明後日の夜にやる。 明日は休め」
「カイが休めって言うのは珍しい」
セナが少し笑った。
「効率の話だ。 疲れた状態で動くのは無駄だ」
「素直じゃないなあ」
リリィが帽子の鍔を上げて 俺を見た。
「一個だけ確認していいか」
「何だ」
「エイクを押さえた後、 王国の人間まで 追うつもりがあるか」
俺は少し間を置いた。
「ある」
「王国相手だぞ」
「関係ない」
「……そうか」
リリィは何も言わなかった。
反対もしなかった。
ただ帽子の鍔を戻して、 横になった。
セナが小さな声で言った。
「ねえカイ」
「何だ」
「怖くないの」
俺は天井を見た。
怖い、という感覚が 今の自分にあるかどうか、 正直よく分からなかった。
「分からない」
正直に答えた。
「分からないって、どういうこと」
「怖いかどうか考える前に やるべきことを考えてる」
セナが少しの間、 黙っていた。
「……そっか」
それだけ言って、 目を閉じた。
部屋が静かになった。
明後日の夜。
セナが先に動いた。
ギルドの前でエイクを待って、 声をかけた。
俺は《隠密》の中から 《索敵》でそれを追った。
「あの、すみません」
セナの声が聞こえた。
「依頼のことで 少し聞きたいことがあって。 ギルドマスターの補佐の方ですよね」
エイクが立ち止まった。
「ああ、そうだが」
「実は、少し込み入った話で。 ここだと人目があるので 少し場所を変えてもいいですか」
《索敵》でエイクの気配を確認した。
警戒はしていなかった。
子供相手だと思っているのか。
二人が路地に入った。
俺は《隠密》を保ったまま 距離を詰めた。
リリィが建物の陰で 杖を構えているのが 《索敵》で分かった。
路地の奥で、 セナが振り返った。
「ここでいいかな」
エイクが頷いた。
「それで、依頼の件とは」
セナが表情を変えた。
「ビリーに依頼を出したのは あなたですよね」
エイクの気配が、 急に変わった。
固まった。
「なんの話だ」
「三日前の夜、 裏の酒場で話してましたよね。 次の満月までに片をつけろって」
エイクが後退しようとした。
俺は《隠密》を解いて 前に出た。
エイクの前に立った。
「逃げるな」
低く言った。
エイクが俺を見た。
顔が、青くなった。
「お前は……」
「知ってるだろ。 俺のことを」
エイクが叫ぼうとした。
声が出る前に、 《身体強化》で踏み込んで、 壁に押しつけた。
「静かにしろ。 話を聞くだけだ」
エイクの体が 震えていた。
「何が目的だ」
「お前の上にいる人間を教えろ。 名前と、場所」
「そんなことを話したら 俺が殺される」
「話さなくても 同じ結果になるぞ」
俺はエイクの目を見た。
鑑定眼を使った。
【エイク スキル:話術Lv.2、鑑定Lv.1】
大したスキルはなかった。
戦闘力はほぼない。
エイクが、 ゆっくりと息を吐いた。
覚悟を決めたような、 そういう顔だった。
「……サーレンという男だ。 王国の第三財務官を名乗っているが、 実際は別の仕事をしている」
「どこにいる」
「王都の北、 貴族街の外れに屋敷がある。 表向きは商人だ」
「組合との繋ぎは全部そこを通しているか」
「ああ」
俺はエイクを離した。
エイクが壁にへたり込んだ。
「俺は、もう終わりだな」
「ギルドを辞めて 王都を出ろ。 二度と戻ってくるな」
エイクが俺を見た。
「殺さないのか」
「必要ない」
俺は路地を出た。
セナとリリィが後からついてきた。
大通りに出て、 三人で歩いた。
「サーレン」
リリィが繰り返した。
「王国の財務官か。 面倒だな」
「そうだ」
「どうする」
俺は少し考えた。
エイクは逃げる。
サーレンは今夜のうちに エイクが逃げたと知るか、 あるいは明日の朝に知る。
動くならその前だ。
「今夜、北の屋敷に行く」
リリィが足を止めた。
「今夜?」
「向こうが気づく前に動く。 時間がない」
リリィがため息をついた。
「休む時間はないな」
「ない」
「……分かった」
セナが前を向いたまま言った。
「行こう」
三人で夜の王都を歩いた。
北へ向かった。
貴族街の外れは静かだった。
大通りの喧騒が遠くなって石畳の色が変わって建物が急に大きくなった。
「でかい」
セナが呟いた。
「声を出すな」
「ごめん」
《索敵》を展開した。
《隠密》で三人の気配を消した。
エイクから聞いた場所は この通りの突き当たりだった。
屋敷が見えた。
二階建て。 石造り。 門に警備が二人。
窓に明かりがあった。
まだ起きている。
「警備が二人。 中にあと何人いるか分からない。 俺一人で先に入る」
「また一人か」
リリィが言った。
「《隠密》は一人の方が 気配が少ない。 何かあればすぐ合図する」
「絶対だぞ」
「絶対だ」
セナが俺の袖を少し引いた。
「気をつけて」
俺は頷いた。
裏に回った。
《隠密》と《暗殺術》を 最大限に使った。
気配を消して、 音を消して、 影に溶け込んだ。
裏口に警備が一人。
眠そうにしていた。
背後に回って、 首の後ろを打った。
《身体強化》の力加減で、 死なない程度に。
倒れた。
裏口の鍵を確認した。
《暗殺術》の知識の中に 侵入技術が含まれていた。
鍵の構造を指先で確認しながら 慎重に動かした。
カチリと音がした。
開いた。
中に入った。
《索敵》で確認した。
二階に一人。 一階の奥の部屋に一人。
奥から紙をめくる音がした。
扉を開けた。
男がいた。
四十代くらい。
細身で、眼鏡をかけていた。
机に書類が広がっていた。
男が顔を上げた。
一瞬だけ固まった。
それから、 静かに羽ペンを置いた。
「……侵入者か。 見事な《隠密》だ」
落ち着いた声だった。
鑑定眼を使った。
【サーレン】 【スキル:鑑定Lv.3、話術Lv.4、魔力操作Lv.3、結界Lv.2、記憶読取Lv.2】
記憶読取。
初めて見るスキルだった。
接触した相手の記憶を読む。
使い方によっては 情報収集として最強に近い。
欲しい、と思った。
「座れ」
「客人に言う言葉じゃないな」
「座れ」
サーレンは椅子に深く座り直した。
「ギルドのエイクから聞いたか。 思ったより早かった」
「全部話せ。 王国の中で何が起きている」
サーレンが少し笑った。
「直接的だな。 子供とは思えない」
「子供だから早く終わらせたい」
サーレンが俺を見た。
値踏みするような、 でも恐怖のない目だった。
「どこまで知っている」
「ギルドと組合が繋がっていること。 お前がその上にいること。 それだけだ」
サーレンがため息をついた。
「王国の第三財務官として 表向きは予算管理をしている。 裏では不都合な人間を 消す手配をしている。 それがここ三年の仕事だ」
「誰の指示だ」
「王だ」
俺は黙った。
「王がギルドの腐敗を 意図的に作り出している。 冒険者を王国の直接支配下に置くため。 ギルドが腐れば 冒険者は王国に頼るしかなくなる」
「なぜ俺を狙った」
「Dランクの子供が ネームドを二体討伐した。 単独で。 そういう人間は 放っておくと面倒になる。キューロットに報告もしないとな。」
話を聞きながら、 俺はサーレンとの距離を 少しずつ詰めていた。
机の前まで来た。
サーレンが気づいたが、 逃げる素振りはなかった。
目が合った。
右目の奥で、 何かが動いた。
サーレンの顔から すっと力が抜けた。
何かが起きたと分かった顔だったが、 原因は分からない様子だった。
「……何をした」
「何もしていない」
「嘘をつくな。 何かされた感覚がある」
「座っていただけだ」
サーレンは俺を見た。
しばらく黙っていた。
原因が分からない、 という顔だった。
それ以上追及しなかった。
もう一度、 距離を詰めた。
また右目が動いた。
サーレンがまた 力が抜けたような顔になった。
「また何かした」
「していない」
「……お前は何者だ」
「ただの冒険者だ」
サーレンが長い間、 俺を見ていた。
答えを探しているような目だったが、 見つからないようだった。
「王への報告は止めろ。 お前がここで何をしていたか、 外に伝わる準備はできている。 動けば終わりだ」
実際には証拠はなかった。
ただ、 言葉の乗せ方が さっきまでと少し違った気がした。
うまく説明できなかったが、 そういう感覚があった。
サーレンが長い沈黙の後、 小さく頷いた。
「……分かった」
「もう一つ聞く。 キューロットという組織を知っているか」
サーレンの目が、 わずかに動いた。
動揺を隠そうとした動きだった。
「……知らない」
「そうか」
嘘だと思った。
ただ、 今これ以上追及しても 話さないだろう。
俺は部屋を出た。
廊下を戻って、 裏口から外に出た。
リリィとセナが 塀の外で待っていた。
「生きてた」
セナが言った。
「生きてた」
「何かあったか」
「王が黒幕だ。 ギルドの腐敗は 王が意図して作り出していた」
リリィが帽子の鍔を上げた。
「王が、か」
「ああ。 冒険者を支配下に置くために ギルドを内側から腐らせていた」
「……面倒なことになったな」
「そうだ」
「他に何か」
リリィが聞いた。
「キューロットという名前を聞いた。 サーレンに問いただしたが 知らないと言った。 ただ、嘘だった」
「キューロット?」
「俺も初めて聞く名前だ。 ただ、サーレンが動揺した。 それだけで十分だ」
三人で少し黙った。
リリィが先に言った。
「王国と、 名前も分からない組織と、 両方を相手にするのか」
「そうなるかもしれない」
「……なかなかしんどいな」
「そうだ」
セナが前を向いたまま言った。
「王国と戦うことになるね」
「そうなる」
「分かった。 一緒に行く」
リリィも頷いた。
「当たり前だ」
三人で夜の王都を歩いた。
キューロット。
その名前が、 頭の中に残り続けた。
翌朝、 ギルドに行った。
受付の女性が 俺を見て少し驚いた顔をした。
「エイクが、 今朝早く辞表を出して 姿を消したそうです」
「そうですか」
「何か、知っていますか」
「知りません」
女性が俺を見た。
何かを言いかけて、 やめた。
「……そうですか。 ギルドマスターが 直接見ることになりそうです」
「ギルドマスターは どういう人ですか」
「真面目な人です。 エイクのことも 知っていたとは思えない。 騙されていただけだと思います」
俺は頷いた。
「分かりました」
ギルドを出て、 セナとリリィに話した。
「エイクは逃げた。 ギルドマスターは 関与していないらしい」
「サーレンは動くか」
リリィが聞いた。
「しばらくは動かないと思う。 ただ、しばらくだけだ」
「その間に何をする」
「暗殺協会を先に潰す。 サーレンが動き始める前に 後ろを片付けておきたい」
リリィが帽子の鍔を下げた。
「順番を整理するか。 今の敵は王国と暗殺協会とキューロット。 その中で一番手が届くのは 暗殺協会だ」
「そうだ。 王国は今すぐ動けない。 キューロットは情報が少なすぎる。 暗殺協会なら 今の俺たちで何とかなる」
セナが言った。
「暗殺協会の本拠地は どこにあるか分かってるの?」
「まだだ。 これから調べる」
「どうやって」
「サーレンの書類の中に 組合との連絡先があった。 昨夜、少し見た」
リリィが俺を見た。
「暗い部屋の中で 書類を読んでいたのか」
「《夜目》がある」
「……なるほど」
連絡先の住所は 王都の南、 港に近い倉庫街だった。
「今日中に場所を確認する。 動くのはその後だ」
「三人で動くか」
「そうだ。 今回は一人じゃ無理だ」
セナが少し目を丸くした。
「カイが最初から 三人でって言うの珍しい」
「規模が違う。 組合の本拠地に 何人いるか分からない」
「そっか」
午後、 三人で倉庫街に向かった。
《隠密》で気配を消して、 《索敵》で周囲を確認しながら歩いた。
港の潮の匂いと、 荷物を運ぶ人足の声が混ざった場所だった。
目的の倉庫はすぐ分かった。
他の倉庫と違って、 人の出入りが少なかった。
目立たないように 人を置いていない。
ただ、 《索敵》には引っかかった。
中に複数の気配があった。
「何人いる」
セナが小声で聞いた。
「六人。 全員、気配が重い。 戦闘慣れしている」
「六人か」
リリィが帽子の鍔を下げた。
「正面から当たるのは無理だな」
「そうだ。 全員を一度に相手にしない。 分散させる」
「どうやって」
俺は倉庫の構造を確認した。
入り口が正面に一つ。 裏に換気口が二つ。
「俺が正面から入って 一人ずつ引き出す。 二人は外で待機。 出てきた奴を各個撃破する」
「囮か」
「そうだ」
「毎回自分が囮になるな」
「俺が一番囮に向いている」
リリィがため息をついた。
「分かった。 ただし数が多すぎると思ったら すぐ合図を出せ」
「出す」
「絶対だぞ」
「絶対だ」
セナが短剣を確認した。
「私、正面の左側で待つ」
「右側に回れ。 逃げ道を塞ぐように」
「分かった」
三人で位置についた。
《隠密》を最大限に使って、 正面の扉に近づいた。
扉を少しだけ開けた。
中を確認した。
広い空間に、 木箱が積まれていた。
男が二人、 手前で話していた。
奥にさらに四人の気配があった。
俺は扉を開けて、 中に入った。
《隠密》を解いた。
手前の二人が振り返った。
「誰だ」
「ビリーの件で話がある」
二人の顔が変わった。
片方が剣を抜いた。
もう片方が奥に向かって 叫ぼうとした。
叫ぶ前に踏み込んだ。
《身体強化》を全力で使って、 一人の顎を打った。
倒れた。
もう一人が剣を振った。
躱して、 首の後ろを打った。
倒れた。
奥の四人が動いた気配がした。
俺は扉に向かって走って、 外に出た。
「出てくるぞ」
セナとリリィに言った。
扉が勢いよく開いた。
四人が出てきた。
リリィの《ウォーターランス》が 先頭の一人を吹き飛ばした。
セナが隠密を使って 二人目の背後に回って 短剣を当てた。
俺が三人目と四人目に 同時に踏み込んだ。
《身体強化》を使って 三人目を壁に叩きつけた。
四人目が剣を抜いた。
鑑定した。
【暗殺者 Cランク相当】 【スキル:剣術Lv.3、隠密Lv.2、毒耐性Lv.2】
剣術Lv.3。
ビリーの剣術Lv.2より上だった。
剣が来た。
受け流して、 懐に入った。
目が合った。
右目が燃えた。
剣術Lv.3。
代償が来た。
「《ヒール》」
無詠唱で抑えて、 短剣を腹に当てた。
倒れた。
六人、全員制圧した。
「終わったか」
リリィが息を整えながら言った。
「終わった」
「思ったより早かった」
「連携が良くなってる」
セナが短剣を拭きながら言った。
「ね、この人たちどうするの」
「縛って、 ギルドマスターに 突き出す。 エイクとの繋がりの証拠として 使える」
「ギルドマスターは信用できるの」
「受付の人が 真面目な人だと言っていた。 それを信じる」
リリィが倉庫の中を見回した。
「書類はあるか」
「探す」
三人で倉庫の中を調べた。
木箱の奥に、 鍵のかかった小箱があった。
《暗殺術》の知識で開けた。
中に書類の束があった。
リリィが中を確認した。
「依頼の記録だ。 誰が誰に何を依頼したか。 エイクの名前もある。 サーレンの名前も、ある」
「それは使える」
「王国への証拠にもなるな」
書類を持って、 縛った六人を外に出した。
ギルドに向かった。
ギルドマスターは 白髪混じりの、 体格のいい男だった。
以前、ネームドの報告で 一度会った男だった。
書類を見せた。
六人を引き渡した。
ギルドマスターは 書類を読みながら 顔が段々と険しくなっていった。
「……エイクが、か」
「はい」
「サーレンまで絡んでいるとは」
「王国の人間です。 上まで繋がっています」
ギルドマスターが 俺を見た。
「お前たち、 どこまで調べていた」
「必要な分だけです」
「Dランクの子供が よくここまで動けたものだ」
「やるべきことをやっただけです」
ギルドマスターが しばらく黙っていた。
それから深く息を吐いた。
「ギルドとして、 王国に対して 正式に抗議する。 この書類は証拠として使う」
「ギルドマスターが動けば 王国も簡単には手を出せない」
「そういうことだ。 ただし、 向こうも黙ってはいないだろう。 気をつけろ」
「分かりました」
ギルドを出た。
夕方の光が 石畳に伸びていた。
「一個片付いた」
セナが言った。
「まだ残っている」
「キューロットと、 王国と」
「そうだ」
リリィが空を見た。
「王国が動き始めたら どうする」
「動いてから考える」
「……余裕があるな」
「余裕じゃない。 考えても分からないことは 考えても無駄だ」
リリィが帽子の鍔を少し上げた。
「それはそれで正しいな」
三人で宿に向かった。
その夜、 依頼の報酬と ネームドの残った報奨金を 合わせて確認した。
金貨が少し貯まっていた。
「装備を整えよう」
俺は言った。
「え、カイが言うの珍しい」
セナが目を丸くした。
「王国が動き始めたら 今の装備では足りない」
「何を買うの」
「革鎧の上位版と、 俺には新しい短剣。 リリィには魔法触媒になる杖。 セナには軽い動きやすい鎧」
リリィが少し黙った。
「私の杖まで考えてたのか」
「遠距離が要になる。 杖が良くなれば 《ウォーターランス》の威力が上がる」
「……ありがとう」
ぼそりと言った。
帽子の鍔が下がった。
セナが笑った。
「リリィが素直に言った」
「うるさい」
「めずらしい」
「うるさい」
俺は立ち上がった。
「明日、市場に行く。 今日は休め」
部屋が暗くなった。
リリィの寝息が早かった。
疲れていたのか。
セナがベッドで 膝を抱えていた。
「眠れないのか」
「少しだけ考えてた」
「何を」
「キューロット、って何なんだろうって。 世界の理を知ってるって どういうことなんだろう」
俺は天井を見た。
「分からない。 ただ、俺たちを狙っている。 それだけで十分だ」
「戦う理由には十分、ってこと?」
「そうだ」
セナが少し黙った。
「カイって、怖いものないの」
「さっきも聞いたな、それ」
「また聞きたくなった」
俺は少し考えた。
「失うものがないから 怖いものがない、 のかもしれない」
「……そっか」
セナが横になった。
「おやすみ」
「おやすみ」
部屋が静かになった。
失うものがない。
そう言ったが、
今は少し違うかもしれない、 とぼんやり思った。
思っただけで、 それ以上考えなかった。
深夜、 セナは宿を出た。
路地を三つ曲がった。
「77番。報告してくれ」
「暗殺協会の王都支部、 制圧されました。 対象が動きました」
「誘導したか」
「不要でした」
「ギルドマスターが動いたな」
「はい。 王国への公式抗議が出ます」
「想定通りだ。 イグニスへの影響は」
「順調に進んでいます」
「ご苦労」
セナは宿に戻った。
廊下を歩いた。
部屋の扉の前で、 一度だけ止まった。
さっきカイが言った言葉が 頭の中に残っていた。
失うものがないから 怖いものがない。
セナはそれを聞いて何も感じなかった。
感じる必要がなかった。
扉を開けた。
カイは眠っていた。
リリィも眠っていた。
セナはベッドに入った。
目を閉じた。
奈落まで、 まだ少しある。
第四章、了。
カイ
【強奪 身体強化Lv.4 投擲 鑑定眼 白魔法Lv.1 赤魔法Lv.2 詠唱破棄 青魔法Lv.2 隠密Lv.2 索敵Lv.2 夜目 毒耐性Lv.3 麻痺耐性Lv.2 隠蔽Lv.2 鑑定阻害Lv.1 暗殺術Lv.3 斧術Lv.5 体力強化Lv.3 突進Lv.5 記憶読取Lv.2 話術Lv.4 魔力操作Lv.3 剣術Lv.3】
合計23スキル
リリィ
【青魔法Lv.3 水感知】
セナ
【シーフ 隠密Lv.2】
読んでくれてありがとうございます。
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次話もよろしくお願いします。




