第五十二話 人型魔獣マーキュリー 後編
「なにが……起きているんだ……?」
彗星もマーキュリーも空気さえも動きを止めている。この空間で体を動かせているのは俺だけだ。
「……ッ!」
両目に痺れるような痛みが走る。触れるとヌルリとした感触がした。頬まで伝っているソレは血だった。
不思議な感覚だ。
これが……マーキュリーが言っていた覚醒スキルか。
臨界虚空下転のさらに先。
時の流れすらも遅々としていき、やがて停止へと向かう。
その支配からは何人たりとも逃れることはできない。
「重力操作・終末転界」
魔獣としてではない。勇者として、人間としての覚醒スキルだ。
俺は真っ直ぐマーキュリーのもとへと歩いていく。
そして、渾身の力で心臓部に拳を放った。
魔力による防御もできないマーキュリーの体はひどく脆く、楽々と体を貫通した。
心臓を貫く感触が拳から背中へと伝わっていく。
ドロドロと、気持ち悪さだけが残る。
手を抜いても血が噴出することもなく、無表情のマーキュリーがそこに立っていた。
死んだことにすら、気づくことなく。
瞳に力を込めることをやめると、時が動き始めた。
彗星は消滅し、マーキュリーの貫通部から血が噴き出す。一瞬だけ青白磁の瞳が輝いたが、光を放つと瞳の色は通常の色に戻っていた。
「まさ……か……人間に……して……やられるとは……な」
死に際、マーキュリーが口元から血を垂らしながら力なく話す。
「違う。俺が、人間として生きることを決めたから、お前は負けたんだ。魔獣として生きていたら、死を恐れなかった。死にたくないと心の底から思えたから、スキルが覚醒したんだ」
「人に……愛想を尽かした……俺が……人に……敗れるとは……なんとも……皮肉な話……だ……」
マーキュリーは膝がカクンと折れて前のめりに倒れ込んだ。
倒れる瞬間、ポツリと呟いていった。
「濁りのない、綺麗な瞳よ……」
辺り一面を血の海にしてマーキュリーは地に伏した。
ドクドクと未だ生きているかのように血が流れ出ていく。
「勝った……のか」
思わず声を出さざるを得なかった。
ギリギリの中腕一本を犠牲にしての勝利。これ以上ないというほどの力を出した。
だが終わりじゃない。
サンが残っている。
それに……仲間たちが無事かどうかも気になる。
みんな散り散りになってプラネットシリーズと戦闘になっているはずだ。
生きている保証がない。
とりあえずこの部屋から出なければ。
出入り口は1つしかない。
俺は振り返り扉を開けた。
目の前は上りの階段になっていた。
ここは地下何階なのか。
登りきると、また目の前に階段、そして左右には廊下があり、部屋への入口が多数存在した。
そこで俺は感じた。
血の匂い。それから寒気を。




