第四十六話 人型魔獣ヴィーナス 前編
……妙なところへ飛ばされたな。
いたるところに鉄柱が建っていてどれほど広いのか全容が把握できない。
私は髪をかき上げて腰にさしてあるレイピアに手をかけた。
「ようこそ、魔王城へ」
かしこまりながらもどこか嫌味を含んだ男の声がどこからか聞こえてきた。姿は見えないが、敵であることは認識できる。
「誰だ?」
「私はサン様の2番目の子供、ヴィーナスです。まあ覚えなくても結構ですよ。すぐに必要なくなりますから」
ふざけたことをぬかす。
サンという名前を聞いたことはないが、様をつけていることから魔王なのだろう。
「ただで城の中には入れないとは思っていたが……分断作戦か」
「ええ。サン様の命令によりあなたたちを確実に殺します」
鉄柱があり、なおかつ壁や床も鉄でできているからか、やけに声が響く。
ここまで耳障りな声というのも珍しいものだ。
「最近私は活躍できていないのでな。悪いがお前を生贄にさせてもらうぞ」
「まるで悪役のような台詞ですね。まあ私たちからすればあなたたちは敵であり捕食対象ですから。間違ってはいないかもしれませんね」
「ほざけ!」
私は走りだし声の主を探す。
どの鉄柱の裏に隠れている……?
「雷神、主に捧ぐ」
突然、雷鳴が轟きだした。こんな室内で雷……?
今のは……スキル発動の声……近い……。
「死ね」
短い一言で絶望を叩きつけられた。
後ろに振り向くと、人の形をした雷が鉄柱から半身をだしている。
輪郭しかないが、眼球だけははっきりと黄土色に作られていた。
「氷獄紋・氷壊剣!」
レイピアに氷をまとわせて巨大な氷の剣を生成する。
ヴィーナスはそんなものは関係ないと言わんばかりに雷の拳を繰り出した。
魔力で作られた雷の拳は人の拳のサイズをはるかに超えた大きさだった。
氷壊剣で受けるものの、電撃が体中を痺れさせる。
「ガ…アァァァァァァァァァァァァァ!」
たまらずレイピアを放し飛びのく。電撃からは逃れたものの、まだ体が自由に利かない。
雷の拳は逃げた私を追尾して伸びてくる。
「氷獄紋・氷城壁!」
床に手をつけて氷の障壁を作り出す。幾重にも壁のようにそびえ立つ障壁だったが、一撃のもとガラスのように割られてしまった。
「ネプチューンの完全下位互換のようなスキルで私に勝てるはずもないでしょう」
巨大な雷の拳は4つに割れてさらに追いかけてくる。
稲妻をまとい周囲はバリッバリッと音を立てる。
圧倒的な力の差。
抗うことができない自然の摂理。
拳が眼前まで迫る。
死ぬ――――――――
が、ピタリと鼻先に触れるか触れないかの距離で拳が動きを止めた。
「あなたは……勇者ではない……?」
いつの間にか雷を消して、黄色のマントを羽織り金色に輝く髪をオールバックにしたヴィーナスが姿を現した。私の手の甲を眼球でとらえている。
「だったら……どうした」
「それならあなたは優秀な家畜になりそうです。見た目も美しいですし、華がある。男たちもこぞって繁殖行為に及ぶでしょう。どうですか? 我々の家畜になるというのなら命の保証をしましょう」
ヴィーナスは下卑た笑いなど浮かべず、ただたんたんと当然のことのように話す。
言葉がでない。
どこまでも腐った連中だ。情状酌量の余地もない。
たとえこの身が尽きても、魔獣の軍門に降ることなどありえない。
私は、勇者なのだから。
「……ヴィーナスとやら……」
手に冷気を集めて剣となす。
「あまり人間を舐めるなよ」
ヴィーナスは軽く息を吐きだすと、やれやれといったように首を横に振った。
「ではあなたの臓物、サン様に献上しましょう」
またもヴィーナスは雷と化す。
冷気が振動するほどの魔力を感じながら、私はヴィーナスと対峙した。




