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第44話 浸水からの脱出

 「浸水が非常用電源に達するぞ! 三分以内にすべての痕跡(ログ)を消去してここを引く!」

 周(ジョウ)先輩の切迫した怒鳴り声が、暗黒の地下室に反響した。線状降水帯による濁流は、すでに林(リン)たちの腰の高さまで達し、天井の配管からは爆発的な電気火災の黒煙が激しく吹き出していた。カルストの大断層を削る土砂崩れの物理的な衝撃音が、建物全体をミシミシと不気味に震わせている。


 だが、技術者たちの指先は一ミリの狂いもなく動いていた。

 白(バイ)と陸(ルー)は、メインフレームのマザーボードに突き刺さっていた光マルチピンコネクタを素早く引き抜くと、筐体の金属遮蔽パネルを元通りに手早く締め直した。白がワイヤレス・インジェクションツールの接続を終了させ、地下ハッチのアラーム給電を「完全正常」のまま固定する。

 中央のシステムが回復し、全土の検閲網が再起動した時、ログに残されているのは『線状降水帯と内部火災による、偶発的なローカル設備の全壊』という物理的な災害の事実だけだ。自分たちがここに侵入し、マスタークロックを手動同期(アジャスト)したという論理的な証拠(ログ)は、どこにも残らない。完璧な現状復帰(クリーンアップ)。


「林くん、アヤちゃん、走んなさい!」

 周先輩がバールを肩に担ぎ、滝のように水が流れ落ちる階段を先陣を切って駆け上がった。林はアタッシュケース型のデバイスを胸に抱え、アヤの手を強く引きながら、迫り来る濁流を蹴立てて深淵から脱出した。

 ハッチを手動で叩き閉め、豪雨が吹き荒れる外の泥泥たる世界へと飛び出した瞬間、ズズズン、と鼓膜を震わせる重低音とともに、カルストの山肌が大きく崩落した。土砂の濁流がデータセンターを完全に押し潰し、白い熱い霧を上げていた巨大な冷却塔の群れが、不気味な金属摩擦音を立てて沈んでいく。


「こっちだ、早く乗れ!」

 豪雨の霧のなかから、旧世代エンジンの咆哮とともに、泥まみれの軍用トラックが滑り込んできた。高(ガオ)がドアを開け放ち、全員が鉄板で覆われたキャビンと荷台へと間一髪で滑り込んだ。

 バタン、と重いアオリが閉められ、高のクラッチが激しく繋がった。

 トラックは黒い排気煙を大雨のなかに撒き散らしながら、崩壊していく『西の心臓』の要塞を背にして、天網の死角である旧道へと猛烈な速度で脱出した。


 完璧な手際で最後の檻を切り崩し、証拠も残さずに濁流の要塞を後にしたトラックの荷台の暗闇のなかで、林は激しい鼓動を抑えながら、隣に座るアヤの生身の呼吸を強く抱きしめていた。世界の手綱を引き剥がし、すべてを元の不気味な静寂へと戻した確かな安堵の手応え。軍用トラックは、夜明け前の深い闇を切り裂きながら、それぞれの役割を果たし終えた技術者たちを乗せて、静かに、しかし確実に新たな未来の針路へと向かって走り続けるのだった。



この話は、舞台は違いますがよくある陳腐な脱出劇になってしまいました。構成を何度かやり直したのですが、やっぱり危機的状況から脱出するのは難しいですよね。普通なら全滅エンドですが、カタルシスを感じてもらうために虚構はやむを得ないということをしみじみ感じました。

ファーストガンダムの最終回の脱出劇はよくできていると思っています。今回も影響されました。舞台は違いますが、似たようなテイストを感じられる方もいらっしゃるかもしれません。

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