第40話 愚か者の末路
「そこまでだ、馬主任。見苦しい真似は終わりにしてもらおうか」
中央管制室の大型スピーカーから、黒煙を切り裂くようにして、冷徹で低音の効いた声が響き渡った。長老派閥の構成員である顧次席監理官の声だった。
床の濁流にへたり込んだまま、なおも『正常』の端末画面にしがみつく馬主任が、血走った目でスピーカーを見上げた。「顧……! これは敵のデマ工作なんだ! この侵入者どもを早く制約(鎮圧)してくれ! システムは正常だと、画面は緑を灯しているんだ!」
「正常、だと?」
顧次席監理官の鼻で笑うような声が、冷酷に響いた。
「お前がダッシュボードの緑色を盲信して現状維持にしがみついている間に、足元では線状降水帯の浸水が非常用電源を焼き切り、サーバー室は電気火災で全壊しかけている。中枢AIは他国プログラムのハッキング対応に全プロセッサを奪われ、文字通り自らの仕様の重みで圧殺されつつあるのだ」
その言葉と同時に、馬主任の手元の端末がプツンと鈍い音を立てて暗転した。
『警告。総責任者パスワードの強制剥奪。全セキュリティ管理権限の委譲を執行します』
無機質な音声ガイダンスが、馬主任の官僚としての命である、権限が完全に剥奪された事実を冷酷に告げた。顧次席監理官たちの派閥が、現体制を水面下で確実にトドメを刺すためのカードを動かし、管理権限を掌握したのだ。
「馬主任。お前は画面の嘘のなかで、そのまま静かに息を止めなさい」
スピーカーの向こうの顧次席監理官は、馬主任を完全にゴミのように切り捨てると、すぐに林や周たちへと向けて語りかけた。
「……林くん、周くん。水没によるこの施設の全壊まで、もはや猶予はない。現体制の愚か者たちの権限はすべて私が凍結した。メインフレームの最下層、すべての基準時計を統括するマスタークロックの物理コアへ繋がる『最終管理ハッチ』を開放する。……行って、あの完璧な檻を完全に引き剥がしてくれたまえ」
カチャリ、と管制室の最奥にある重厚な鋼鉄製の電子ハッチのロックが無音で強制解錠された。
「さすがですね。水面下のルーティングが完璧だ」
周先輩がシニカルに笑いながらハッチを押し開けた。その向こうには、浸水した冷却水が滝のように激しく流れ落ちる、暗黒の垂直階段が地下の深淵へと伸びていた。
「林くん、アヤちゃん、陸さん、行くわよ!」
白がアタッシュケース型のデバイスを抱え、濁流が渦巻く階段へと先陣を切って飛び込んだ。
林は、背後で「嘘だ……私の正常が、画面が……!」と黒煙に巻かれながら未だに虚構を叫び、迫り来る水のなかに取り残されていく馬主任の不気味な悲鳴を背に受けながら、世界をこの檻から引き剥がすために、最下層へと一気に駆け下りていくのだった。




