第33話 デバイスの墓場
長江を突破した軍用トラックは、悲鳴を上げていた。無理な激走の負荷と不純物の混ざった代替燃料のせいで、旧世代エンジンは激しいノッキングを起こし、シリンダーの奥からは金属が焼き付く寸前の不気味な打音(タペット音)が響いていた。
高はトラックの速度を落とし、天網の地図に載らない山あいの深い道へと車体を滑り込ませた。たどり着いたのは、鬱蒼とした木々の奥に隠された、広大な「旧世代電子廃棄物処理場」だった。
そこは、スマート都市がクリーンな日常を演出するために隠蔽し続けた、排泄物の山だった。錆びついた重機、何万台もの旧型スマートフォンのバッテリー、引き剥がされた基盤のクズが不気味な地層を形成し、周囲の大地からは有害な重金属の臭いが漂っている。
だが、この不法投棄場の奥深くにある、コンクリートで偽装された古い整備ドックこそが、長老派閥の組織が帳簿外で維持している華南地域最後の「中継拠点」だった。
「よくここまで持たせたな。高、すぐに車を入れろ」
ドックの暗がりから現れたのは、油汚れのついた作業服を着た組織の現地保守員たちだった。
トラックがピットに入ると、心臓部であるディーゼルエンジンのオーバーホールが始まった。高は手慣れた手付きで重い鉄製のボンネットを跳ね上げ、保守員たちと共に、まだ熱気と焦げ付いた油の臭いを放つ金属の塊へと工具を突き立てた。
クレーンで吊り上げられた鉄製のシリンダーヘッドが外されると、ドックのなかにカチャカチャと無骨な金属音が反響した。電気自動車(EV)のクリーンな基盤とは対照的な、油まみれの層。不純な燃料によって真っ黒な煤がこびりついた四本のピストンが剥き出しにされる。保守員たちは金属ブラシと洗浄剤でそれらを磨き上げ、詰まりかけていた機械式インジェクターのノズルを一本ずつ高圧洗浄でクレンジングしていった。磨耗したピストンリングが交換され、トルクレンチの締め付け音がドックに規則正しく響く。
「林くん、アヤちゃん。少しは体を休めなさい。本当に、大変だったけど、よく長江を渡れたよね」
陸が、ドックの隅にあるケトルで淹れた、温かい茶の入った紙コップを二人に手渡した。その所作には過酷な逃避行のなかでも年下の二人を思いやる温かい包容力で満ちていた。
林は温かいコップを両手で握り締め、緊迫の連続で強張っていた芯の疲労が、ようやくほどけていくのを感じた。隣では、アヤが静かに茶を口に運び、耳の奥に残る大橋の唸りの残響をゆっくりと凪がせていた。
だが、陸はすぐに自分のパームトップ端末を開き、ドックに保管されていた古い通信用リチウム蓄電池の残液から予備の燃料を精錬するためのデータチェックを開始した。
「周先輩のくれたデータとジェイソンのコードを融着させたけれど、天網の中枢システムが起こしている『自律的な防衛パターンの変異』は、ここから南へ進むほど予測不能な速度で悪化している」
陸は端末の画面を林に向け、冷徹に現実を突きつけた。
「次に向かう貴州セクターの境界は、これまでのファームウェアでは多分無理だと思うの…… 私はコードのアップデートをまだやって行くけど、林くん、君のその特殊能力をレベルアップして、あの狂ったメインフレームの最下層の『変調周期』に完全に対抗させるように特訓をして欲しい。」
ドックの奥で、組み直されたエンジンのクランクシャフトが滑らかに回転を始める。
トラックがエンジンの底力を取り戻していくその横で、林は自らの能力の限界を高めるためにどんなことができるのか、目の前のアタッシュケース型のデバイスへと指先を伸ばしながら考え始めた。




