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第31話 周からの連絡

 黄河スマート大橋の狂乱を抜けてから数刻。高(ガオ)の運転する軍用トラックは、夜明けの冷たい光が差し込み始めた華中地域の未舗装路を、旧世代エンジンの不骨な唸り声を上げながら南西へと進んでいた。


 ピピッ、と陸(ルー)のパームトップ端末が、これまでとは明らかに異なる、暗号化の階層が何重にも重ねられた特殊な高周波パケットの受信音を響かせた。

 画面で点滅を始めたのは、ジェイソンのアメリカ側コードではなく、情報管理局の古い保全回線が用いる、非公式の暗号プロトコルだった。


「……周(ジョウ)先輩だ」

 林が呟くより早く、陸の指先が手際よくパケットの復号(デコード)処理を走らせた。

 愛車のパジェロで別行動をとり、天網(ティエンワン)の検閲の目を逃れながら、派閥の連絡員(リエゾン)と合流していた周先輩。彼から秘匿衛星回線を経由して届いたのは、実務的で緊迫したメッセージテキストだった。


『そっちのトラックは無事に黄河の泥水を越えられましたかね。……こちらは顧(グー)次席監理官の息がかかった連絡員との接触に成功し、最高の手土産(昌平での成功ログ)を渡して、調整を終わらせてきましたよ』

 文字の並びの向こうから、周先輩が薄笑いしているようだった。そして画面が滑らかにスクロールし、パケットの最下層から、国家の最高機密である貴州省のデータセンター『西の心臓』の、詳細な物理構造図と深部カーネルへのアクセス段取りがなだれ込んできた。


『あっちの馬(マー)主任は、相変わらず画面上のオールグリーンの数字に縋り付いて、現実の窒息から目を背け続けている。……だからこそ、顧次席監理官たちの手引きで、僕たちがメインフレームの最下層のマスタークロックへ接触するための「内部保守用ハッチ」の自動ロックを、強制解錠させる裏のルートを確保した。君たちが中枢に辿り着くために、できる限りのことはした。』

 だが、メッセージには、これからの過酷な制約が冷徹に付け加えられていた。


『ただし、他国プログラムによる時間の歪みの過熱は、各州の中枢AIの脳髄をさらに暴走させている。僕たちが用意したバックドアが機能するのは、時間の遅延がランダムに変調する位相の、ほんのわずかな隙間だけだ。昌平や保定での手際なんて、あっちの防衛アルゴリズムのカウンターの前には児戯に等しい。……陸さん、今すぐツールを再アップデートしてください。ジェイソンのデバッグデータと、僕が送った貴州の暗号検証マトリクスを融着(マージ)させるんだ。君の技術者としての腕の見せ所ですよ』


 陸は無言のまま、周先輩から送られてきた深部カーネルの構造データを、ジェイソンの逆算パッチの上へとマージし始めた。

 キーボードを叩く彼女の横顔には、これまでにない実務的な緊張感が漲っていた。

 世界を窒息させようとしている怪物の生みの親の助言と、檻の黎明期を知る技術者が渡した内部の手引き。二つのパズルが、この荷台の暗闇の中で、ついに『西の心臓』の息の根を止めるための「最終的な鍵の形」へと組み上がり始めていた。林は、アヤの静かな視線を感じながら、これから向かう数千キロメートル先の深南部へ向けて、自らの感覚をさらに研ぎ澄ませていくのだった。

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