第28話 旧世代エンジン
軍用トラックの床板が、不規則なアイドリングの振動とともにガタガタと悲鳴を上げていた。
保定セクターの地獄の静寂を通り過ぎてから数時間。夜明け前の濃い霧が這う荒野のなかで、燃料メーターの針はすでに完全に底を突き、赤い警告灯が暗闇を虚しく照らしていた。
「高さん、次の備蓄燃料の給油ポイントはまだなの?」
林はキャビンとの小さなスライド窓を開け、前方の闇を凝視している高に声をかけた。
「……いや、林。目的地なら目の前にある」
高の低く無骨な声に、林は息を呑んだ。
トラックが完全に停止した場所は、地図に載らない地方の古い配電所の裏手だった。だが、そこに置かれているはずの、派閥が帳簿外で維持していた軽油のドラム缶は、見るも無残な鉄くずの山と化していた。他国プログラムの招いた時間の歪みが、この地区の自動変電システムに『冷却異常なし』の正常ログを叫ばせたままで過熱ショートしたことで、アーク放電を引き起こし、備蓄タンクごと周囲を黒焦げに焼き尽くしていたのだ。
給油の段取りが完全に瓦解した。ここでトラックが立ち往生すれば、天網の自律ボットによる巡回に捉えられるのも時間の問題だった。閉ざされた荷台のなかに、生々しい焦燥感が一気に澱んでいく。
林は保定での無力感と重なる焦りに歯を食いしばった。
「林くん、落ち着いて。焦ってもタンクに燃料は湧いてこないわよ」
暗闇のなか、パームトップ端末を膝に置いた陸が、静かに、しかし毅然とした声で林の手を包み込んだ。彼女の佇まいには、どんな窮地であっても年下の二人を絶対に動揺させまいとする、揺るぎない包容力が満ちていた。
「まだ手はある。高さん、あの建物の裏に放置されている古い農業用のトラクター、あれは二〇一〇年代の機械式ディーゼルだね?」
「ああ、完全に前時代の遺物だ」高がキャビンから応じる。
「白さん、林くん、アヤちゃん、シュノーケルと携行缶を持ってきて。あのトラクターの底にある古い灯油タンクと、配電所の壊れた自家発電機に残っている重油の残液を、全部掻き集めるよ」
陸の機転による強行工作が始まった。
林はアヤの差し出す作業灯の鈍い光を頼りに、錆びついたトラクターの燃料コックを工具で力任せにこじ開けた。シュコ、シュコと手動ポンプの金属音を響かせ、ドロドロに濁った重油と、黄色く変色した低品質な精錬灯油を携行缶へと集めていく。有害な揮発油の臭いが鼻を突く。
「陸さん、こんな質の悪い油を混ぜて、本当にエンジンが動くんですか?」林は額の汗を拭いながら尋ねた。
「電気自動車が普及する前のエンジンなら壊れてしまうわ。でも、このトラックに積まれているのは、燃料の質に極めて寛容な旧世代のエンジンだよ」
陸は落ち着いた笑みを浮かべて、林の泥だらけの顔を自身のタオルで拭った。
「ハイテクを盲信したスマート都市(天網)は、こういう不純なゴミのエネルギーを計算から完全に排除している。だからこそ、私たちはこの濁った油で動く鉄の塊で、奴らの仕様の裏側を往けるの」
すべての残液を混ぜ合わせ、トラックの燃料タンクへと注ぎ込む。高が手動のイグニッションキーを回すと、ガガガ、ドゴォォォン! と摩擦音を立てて、四気筒のディーゼルエンジンが再び目覚めた。マフラーからは、不純物が燃焼する生々しく黒い白煙が猛烈に吐き出され、車体全体がガタガタと激しく揺れ始める。
駆動し続ける旧世代エンジンの底力。トラックは排気煙を夜霧のなかに撒き散らしながら、漆黒の荒野へと再び向かっていくのだった。
今のエンジンは環境規制に対応するために開発リソースのほとんどが占められていて、昔の車のほうが乗ってて面白かったりします。
排ガス規制は必要ですが、燃費競争はやり過ぎの時期もありました。
車は単なる移動手段としか思っていない方々もいますが、操る楽しみは感じて欲しいと思いますし、そのような車を作ってくれるメーカーさんを応援したいと思います。
登場させる車は、最初はラリー仕様にしようかとも思ったのですが、豪雨災害の中を走らせるつもりだったので、浸水の危険を避けられる車高の高いトラックベースにしました。
その中でも、代表的なトヨタさんのランクルにするか、日産のサファリもあるし、散々迷いました。パジェロが海外生産ですが国内販売を復活するというニュースを見てパジェロにしました。国内で専用工場もあったのに閉鎖してしまって悲しい限りです。




