第26話 ホットスワップ
軍用トラックのバックミラーの向こうで、白がすでに動いていた。彼女はトラックの影に身を潜めながら、ワイヤレス・インジェクションツールを保定のローカルサブノードに向けて向けていた。
「ノードの外壁センサーに割り込み成功。カメラの静止画ループの維持時間は最大で四分。……行って!」
白の合図とともに、林とアヤ、そしてアタッシュケース型デバイスを抱えた陸の三人は、無音のままコンクリートの遮蔽物の影を縫って関門の物理ポートへと肉薄した。頭上では、無色(消灯)の自動巡回ドローンが不気味なホバリングを続けている。一歩間違えれば、高圧のテーザー銃と無人治安維持車両(UGV)の機銃が容赦なく生身の肉体を粉砕する。
アヤが素早い手付きで関門のパッチパネルをこじ開けると、そこには、中継局よりも太い、昌平と保定を繋ぐ光幹線網の物理ソケットが鎮座していた。アヤは手際よく内部の電圧とインピーダンスを固定し、クランプを直結する。
「陸さん、パッチを適用したエミュレーター、起動します!」
林はケースを開け放ち、光マルチピンコネクタをソケットへ突き刺した。オシロスコープの緑色の画面が立ち上がる。ジェイソンのデバッグデータを取り込んだ陸のリアルタイムパッチにより、画面には保定セクターの中枢AIが暗号検証の負荷で膨大な処理に終われていることを示す、極微小なフリーズの等高線が浮かび上がっていた。
現行の信号線を切り離し、このモジュールの偽造パルスへとシステムを稼働させたまま繋ぎ換える(ホットスワップ)。その猶予は、ランダムに変調し続ける、わずか一ミリ秒の空白時間しかなかった。
林の右指が、アナログダイヤルを握った。しかし、陸の最新パッチがあっても、保定の時間の狂いはあまりに不規則で、視覚だけでタイミングを射抜くのは不可能だった。焦燥の汗が林を濡らす。
その瞬間、アヤが、林のすぐ背後から彼の左手の甲へと、そっと指先を重ねた。
アヤの漆黒の瞳は、関門を塞ぐ電子ゲートのインジケーターを見据えていた。彼女の耳は、ゲートの駆動油圧ポンプと、チェックポイントの大型排熱ファンが、中央からの給電周波数の狂いによってミリ秒単位で発している唸りを完全に捉えていた。
トントン、とアヤの指先が、林の皮膚を正確に叩き始める。
ジェイソンのデータと、アヤの知覚。二つの異なる「世界の時計」が、身体接触のサインとなって林の脳内へとダイレクトに融着した。陸がその横で、電圧の変動を必死にホールドしている。
「……いま」
アヤの指先が、違うストロークで林の皮膚を強く押し込んだ。
その感触と同時に、林は肉体の条件反射だけでダイヤルを滑らかに回し、一ミリの狂いもなくその位置で固定し、繋ぎ込みを行った。
ピピッ。
インジケーターが、鮮やかな「緑色(完全同期)」を灯して静止した。
天網の中枢に対して『保定関門、完全正常。異常なし』という偽造パルスが完璧なループで放流され、システムは自らが騙されていることに気づかないまま、戦時閉鎖モードを自動解除したのだ。
カチャリ、と重厚な電子ゲートの物理ロックが強制解錠され、周囲を威圧していたドローンたちが、論理的なハングアップを起こして床へと力なく着陸していった。
「ゲートが開いた! 高さん、突っ込んで!」
林はポートからファイバーを素早く引き抜き、現状復帰を終わらせてケースを閉じた。白が無線ツールの接続を終了させ、すべてを元の不気味な静寂へと戻す。四人がトラックの荷台とキャビンへと滑り込むと同時に、高のクラッチが繋がった。
軍用トラックは排気煙を吐き出しながら、解錠された保定関門のゲートを突破した。完璧な手際で最初の巨大な網の目を切り崩し、証拠も残さず保定セクターの内部へと潜り込んでいくトラックの暗闇のなかで、林は激しい鼓動を抑えながら、次の目的地へと向かう確かな手応えを噛み締めていた。




