第18話 不適合者の才能
それは、昌平セクターが現在の『天網』工程によって登録率百パーセントのスマート都市へと急速に塗り替えられていく、十数年前の記憶だった。
幼少期の林は、国家が推奨するクリーンな学歴スコアのレールから脱落した「不適合者」だった。
小学校の教室で、教師や同級生が話す言葉が、彼の脳にはただの「意味を持たない雑音」としてしか届かなかった。対人コミュニケーションのルールが理解できず、集団行動の定型業務には集中できない。実名制の児童評価スコアは常に下限で、周囲の大人たちからは「社会性のネジが欠落した障害児」として冷酷に扱われていた。
だが、そんな林が異様な素養を持っていた。
それは、画面の向こう側に展開される、三次元の幾何学的な空間パズルだった。
当時、過激な都市開発のストレスを麻痺させるために子どもたちへ配給されていた、ブロックの位相をミリ秒単位のタイミングで融着させていく国家製ゲーム。林がその画面の前に座った瞬間、彼の脳髄は不気味なほどの異常駆動を始めたのだ。
林の目には、画面に明滅する光のドットの羅列が、ただのグラフィックではなく、「空間の歪みと構造の等高線」として直感的に結像していた。
普通のプレイヤーが数分かけて試行錯誤する高難度の位相融着パズルを、林は正確に、それこそ名医がピンセットで血管を繋ぎ換えるかのような手際で、見た瞬間に直感的に解き明かして見せた。画面が与えてくれるその偽りの達成感と安心感の檻のなかで、彼の空間認知能力だけが、脳の特定のシナプス領域で異形なまでに肥大化し、眠り続けていたのだ。
「……面白い認知の形ですねぇ」
ある日、スコア下限児の監査のために福祉施設を訪れていた情報管理局の周が、ゲーム画面を凝視したまま一歩も動かない林の背後ろに立ち、冷めた目でその異様極まる打鍵の手際を見つめていた。
通信屋としての実務の範囲を超えて、周は彼の才能を看破していた。
この少年は、エリート官僚のようなコミュニティもつくれないし、優秀なプログラマーのように美しいコードは一行も書けない。社会の規律にも適応できない。しかし、液晶画面の光の中に展開される「論理的なデータの継ぎ目(位相のズレ)」を直感的に見抜き、それを感覚だけでアジャストさせる能力においてのみ、地上のどの人間も凌駕する、歪な適応能力を持っているのだと。
周はこの少年のスコアデータを組織の帳簿外へと隠蔽し、数年後、実名制の網の目の最底辺である「三等監視員」の席へと、誰の目にも留まらないようにして引っ張った。
――そして現在。
電波遮断室の古い毛布の上で目覚め、画面の光という依存の毒を完全に排出しきった林の脳のなかで、かつてゲームの檻のなかだけで浪費させられていたあの「異形な空間認知領域」が、数年間の休眠を経て、活躍の場を求めてその輪郭を現そうとしていた。




