第15話 邂逅(かいこう)
パジェロを囲んだ無数の気配の真ん中で、周先輩はドアロックを手動で解錠し、ゆっくりと両手を挙げながら車外へと降りた。林もまた、激しい鼓動を抑えながら助手席の重いドアを開け、濡れたコンクリートの床へと足を踏み出した。
彼らが案内されたのは、ホテル地下の奥深く、電波遮断シールドに囲まれた窓のない一室だった。
天井からは、天網の無線タグを持たない前時代のポータブル太陽光パネルと、小型リチウムイオン蓄電池に直結された、無骨な作業用LED照明が薄白く部屋を照らし出していた。
「待っていたよ、周さん」
暗闇の奥から、硬く引き締まった女性の声が響いた。
照明の鈍い光の下に現れたのは、防水ジャケットを羽織った髪の短い女性だった。白。かつては第七分局の情報局に籍を置くネットワーク技術者だったが、現体制の実績偽装と数値至上主義による強硬な管理方針に反発した結果、規律違反の濡れ衣を着せられて退職させられ、周たちの組織に頼り登録を抹消(行方不明扱い)し、今は非登録者たちのネットワークに潜伏していた。
白の背後には、システムに登録されずに育った非登録者たちが静かに佇んでいた。
「事態は、僕たちの想定を超えて完全に硬直し始めている」
「連絡をもらった、あのハイウェイで動けなくなっていた車の中には、脱水と熱中症で苦しんでいる人々がいた。……しかし、天網の自律ボットは、それらの車両をただの故障車として自動処理し、何事もないかのように日常の風景を合成して隠蔽し続けている。僕は中継ノードの保守端末でそのログを直接現認したが、もう、見ているだけで吐き気がする。画面の数字を維持するために、システムが平然と死を消去しているんだ」
林は、自らの両拳を血が滲むほど強く握りしめた。
画面が正常を表示し続ける裏側で、見ず知らずの他人が生きたまま干からび、システムはその死すらノイズとして消去して平穏を装っている。林の胸の奥底で、激しい嫌悪と義憤が爆発していた。
「現行のネットワーク経由では、防衛プログラムに阻まれて僕の権限ではアクセスすらできない。単に有線を遮断しただけでも、天網の分散OSは即座に異常を検知し、全土に防衛警報を鳴らす。……だが、絶望的な状況に見えて、実は僕たちに有利な『隙』が一つだけ生まれた」
周が訊ねる。「それはどういうことだい?」
「他国プログラムが仕掛けた時間の歪みのおかげで、天網の中枢システムはいま、全土のルーターやノードの暗号署名の正当性を再チェックするための『暗号検証処理』の負荷に忙殺されている。システムが正しい時間の矛盾を力ずくで計算で辻褄合わせしようとしているせいで、普段ならミリ秒単位で物理接続を監視している天網のセキュア・カーネルが、その処理の重みで、一秒間に数回、完全に動きを止める論理的な硬直を起こしているんだそうだ」
「他国プログラムが天網の脳髄のネジを緩めてくれたおかげで、僕たちがシステムに偽のパルスを気づかれずに流し込める『検証の空白時間』が物理的に発生している。だが、僕の技術じゃ本部から提案されたそのオペレーションは無理だとわかった。難しすぎる・・・」
「周さん、もしできることなら頼む、僕に力を貸してくれ。」




