第13話 廃墟にて
パジェロのディーゼルエンジンが吐き出す重い駆動音だけが山道を揺らし、二人は昌平セクターから北西の山へと分け入っていた。都市の境界線であるスマート防衛フェンスを越えてから、それほど距離は走っていない。しかし、フロントガラスの向こうに広がる景色は、先ほどまでいた最先端のハイテク都市とは完全に断絶された、異様な「過去の遺物」だった。
パジェロのヘッドライトが、切り立った山肌の先に、うねる龍の骨のように長く連なる巨大な木造とコンクリートの構造物を浮かび上がらせた。
「おっと、林くん。見覚えがありませんか? ここはね、二〇二二年北京冬季オリンピックの際に、この延慶セクターの山を削って建設された、国立スライディングセンターの成れの果てですよ。ボブスレーやリュージュの公式競技が行われた場所です」
周は、ヘッドライトが照らす荒涼としたコンクリートの広場へとパジェロを滑り込ませた。
林は窓越しにその光景を見上げ、言葉を失った。
かつて国家の威信と繁栄を世界に誇示するために作られた、世界最高峰の木製屋根を持つ滑走コース。しかし、大会が終われば、これほど肥大化した施設を維持するコストは地方政府の財政を圧迫するだけのアキレス腱となった。急激なデジタル都市への移行と格差社会の固定化の中で、誰も顧みなくなった競技コースは放置され、この十数年の間に無残な廃墟へと変貌していた。
さらに不気味だったのは、その廃墟の土台を侵食している「じわじわとした環境破壊」の生々しい爪痕だった。
スマート都市の内部では、大気汚染も土壌汚染も「存在しないこと」にされ、クリーンな空気が演出されていた。しかし、その都市を維持するための莫大なレアアース精錬や、不法投棄された旧世代の電子廃棄物の処理場は、すべてこの地図に載らない山の中へと押し付けられていたのだ。
かつての美しいボブスレーコースのコンクリートの隙間からは、有害な重金属を含んだ鈍い赤茶色の地下水が染み出し、周囲の枯れ木を不自然に白濁させている。かつて観客席だったスタンドの崩落した斜面には、スマート都市から夜間に不法に運び込まれた、何万台もの旧型スマートフォンのバッテリーや基盤のクズが、土砂に混じって不気味な地層を形成していた。
クリーンで完璧なディストピアのすぐ裏側には、人間が目を背け続けた、文字通り「毒された大自然の叫び」が、静かに、しかし確実に堆積していた。
「人間がどれほど華やかな祭典を開いて、その後に完璧な電子の檻を作ってもね、排泄物を山に埋めて見えなくしただけで、消し去ったわけじゃない」
周はパジェロを古い選手村の宿舎だったコンクリートビルの影へと滑り込ませ、イグニッションキーを抜いた。ディーゼルエンジンの音が止まり、周囲は完全な、重苦しい静寂に包まれる。
「天命が尽きる、というのはね。外から強い敵が来るからじゃない。自分たちが生み出した歪みと毒が、自分の足元を腐らせたときに起きるんですよ。……さぁ、ここで少し、地上のシステムが自分自身の重みでどう傾いていくか、静かに見物させてもらいましょうか」
携帯電話の電波すら届かない、有害な重金属の臭いが漂うオリンピックの廃墟。林は、自分が守ってきた国家の「繁栄」の本当の代償を、暗闇の中でまざまざと突きつけられていた。




