145話:「鬼ごっこ」
“見つかってしまった”それが最初に頭の中に浮かんだことだった。
女性冒険者の毒牙から絶世の美少女ちゃんを救出し、散歩という名のデートのようなものに浸っているところに
急に現実世界へと引き戻されてしまった気分だ。
と言っても元々別の世界にいた俺からすればこの世界が現実世界なのかと問われれば甚だ疑問を浮かべざる終えなくもないがとにかくいい気分でいたところに水を差されたのは確かなわけで―――。
「もう見つかってしまったのか……」
「ヤマト様、私達を置いて先に行かないでくださいよ!」
「そうですぞ主、また変身して探すところでしたよ」
「二人の言う通りですヤマトさま」
「ですのん、ですのん」
「……」
それぞれが口々に抗議の声を出す中、マチルダは自分の立場を弁えているのか
非難の視線を向けはするものの不満の声を口に出す事はなかった。
と言っても何の断りもなく勝手にバックレたのは俺なので全ての非は俺にあるのだが
普段のこいつらの態度からすれば俺でなくともバックレるのは当然だと思ってしまうので
俺が悪いと思いつつも何故か謝罪する気には全くなれなかった。
考えても見て欲しい、四六時中俺に付き纏い隙があれば俺を誘惑しようとする痴女が5人もいるわけだ。
人間一人では生きてはいけないとかよく言うが、一人になりたいときだってあるのだ。
挙句の果てに用を足す時や身体を清めるときまで付いてこられてはたまったものじゃない。
行為自体はストーカー行為甚だしいにもかかわらずそれがさも当然のように振舞うこいつらに嫌気がさしても
仕方がない事なのだ。
それが辛うじて許されているのは彼女たちが見目麗しい美人や美少女だからであってこれがあまり見た目がおよろしくない女性が同じことをすれば完全にアウトなのは明白だ。
だからこそ俺は自分に非があったとしても謝る気がひとかけらも起きなかったが
俺の言い分をこいつらに説いたところで暖簾に腕押しなのはわかっているため俺は実力行使に出ることにした。
「逃げるぞアリスちゃん!」
「えっ、やっヤマト殿っ!?」
俺はアリスちゃんの下半身の太腿部分と上半身の下乳周りの胴部分に手を差し入れるとそのまま抱きかかえた状態でリナたちから逃走を計った。 そう平たく言えばアリスちゃんをお姫様抱っこして逃げたのだ。
逃げた瞬間に突然のことでリナたちは一瞬呆然としていたが俺が逃げたことを悟ると追跡するべく追いかけて来た。
リナが女の子が出すには相応しくない低い声で「お姫様抱っこおおおおおおお」と叫んでいたが
今はあいつらにかまけている暇はないため走ることに専念する。
「あっあの……ヤマト殿?」
「アリスちゃんには悪いけど、あいつらを撒くまでこのままじっとしていてくれ」
「それは構わないのじゃが……その、また手が」
「うん?」
彼女が顔を赤らめていたので何事かと思い俺は彼女の上半身を支えている手を注視した。
するとまたしても彼女の年不相応な膨らみを鷲掴んでいたのだ。
だが言い訳させてもらうのであれば彼女の身体は出ているところは出ており引っ込んでいるところはちゃんと引っ込んでいるという女性にとっては理想的な体型をしているのだが、その分荷物として運搬する場合において掴みどころが極端に少ないのだ。
そこに唯一と言っていいほどの突出部分があり彼女を落とさずに素早く移動し上半身を安定して固定させるには
その膨らみを掴むのが最もバランスが取りやすいのだ。
それ故に掴み処の少ない彼女の身体をお姫様抱っこの状態で安定させて高速移動するにはどうあっても彼女の胸を掴む必要があるのだ。
「す、すまない妹よ!」
「妾は貴殿の妹などではないわっ!!」
先ほどの女性冒険者とのやり取りで偽りの兄妹を演じたのでその延長線上で言ってみたが
どうやら彼女の不評を買っただけだったようだ。
だがそれでも彼女の胸を掴む行為はやめるわけにはいかなかった。
一度彼女の胸から手を離せば、たちまち上半身のバランスは崩れ、頭が地面に叩きつけられることは想像に難くはなかったからだ。
だからアリスちゃんには悪いがもう少し我慢してもらうしかない。
彼女もそれをどことなしに理解しているためそれ以上言及はしてこなかった。
「曲がるぞ!」
「う、うむっ」
しばらく大通りを直進したのち何本かに分岐する路地の一つに逃げ込む。
今更ながらではあるのだが俺がリナたちから逃げる必要性は全くと言っていいほど無い。
だが彼女たちの普段の行いが俺に逃走するという選択肢を与えてしまっているだけなのだ。
本来であればあれ程の美女たちから逃げるという行為になることはないのだが
俺の中にある本能が強く言っているのだ“逃げろ、さもなくば食われるぞ”と―――。
「待てえええええ、なんでっ、なんで逃げるんですかああああ!!」
リナの良く通る声が大通りに木霊する中なりふり構わず裏路地へと入っていく。
喧騒がその場を支配する中であってもその騒ぎは行き交う人たちの注目の的になっているようで
騒ぎの中心であるリナたちに注目が集まっていた。
この都市に来たばかりで周辺の土地勘はないものの入り組んだ路地をまるであみだくじのように進んで行く。
それが幸いしたのか、うまくリナたちを撒くことに成功したのであった。
(全く、この歳になってまさか本気の鬼ごっこをやるとはな……)
この世界に来てから肉体能力が向上しているのもあって息一つ乱れてはいないものの
流石にこれだけの距離を全速力で走るのは精神的に堪えるものがあった。
しばらく路地を進みリナたちが追ってきていないことを確認すると逃走を一旦止める。
逃走に成功したことを悟ったのかまだ俺の腕の中にいる少女が遠慮がちに口を開いた。
「やっヤマト殿……もうそろそろ降ろしてもらいたいのじゃが……」
「あっああ、そ、そうだな……」
俺は未だにアリスちゃんをお姫様抱っこしていたのに気付き、申し訳ない気持ちでゆっくりと降ろした。
今冷静になって考えると彼女は俺の身勝手な我がままに付き合わされる形となってしまったため今になって罪悪感が俺を襲ってくる。
「なんかごめんね、変なことに巻き込んじゃって」
右手で頭に後ろをさすりながら、困った顔を浮かべる俺に対し、突然彼女が鈴を転がしたようにころころと笑う。
「あはははははは、全くじゃ貴殿は一体何を考えているのじゃ。
でもなかなか楽しい余興じゃった。 苦しゅうない、苦しゅうないぞ」
そう言ってまた声を上げて笑う彼女は年相応の快活な少女を思わせる。
その姿を見ていると本当に妹のような気がして思わず右手を彼女の頭に乗せ撫でていた。
突然頭を撫でられたことに目を見開き驚いた様子のアリスちゃんだったが
どうやら嫌ではないようで黙って俺の行為を受け入れていた。
ひとしきり彼女を撫でまわすと、彼女の頭から手を離す。
離した時にありすちゃんの「あっ」という声が聞こえたがそこは聞かなかったことにして問いかけた。
「アリスちゃんここ何処だかわかるかい?」
「すまぬ、妾にもわからぬ」
「そうか、じゃあとりあえず何処か大通りに出るまで歩いてみ―――」
俺がそう言おうとした瞬間突如として背後に殺気を感じたため俺は咄嗟に彼女を抱きかかえると同時に
前方に飛び上がって回避する。
そこにいたのは黒い装束に身を包んだ忍者のような格好をした人物だった。
手には六十センチほどの刃長の俗に言う『小太刀』という刀を構えておりこちらの様子を窺うように俺を睨みつけている。
「その御方を離すんだ」
「お前一体何者だ?」
「答える義務はない、それよりもその御方から今すぐに離れるんだ!!」
声の高さと体型からいって女性であるのは間違いないが、俺に対して向けられている殺気と
怒気はアリスちゃんを心配してのことなのだろう。
だが素性のわからない者に彼女を任せても良いのだろうかと逡巡していると、アリスちゃんが忍者に対して命令する。
「刀を引くのじゃ、この者は怪しい者ではない! 下がれ下がるのじゃ!!」
「はっ」
そう命令された忍者は小太刀を腰に差している鞘に納めると片膝を付き平伏した。
俺が訝しげな態度で忍者を見ていると、アリスちゃんが謝罪の言葉を口にする。
「すまぬヤマト殿、この者は我が家に仕える者でな妾の身を案じて追いかけて来たようじゃ」
「そうか、アリスちゃんが言うなら俺は問題はないんだけど……」
「アリシ―――」
「むー」
「いっいえアリス様、もうそろそろ城、お屋敷の方にお戻りくださいませ。
皆あなたのことを心配しております故」
忍者が何か余計なことを言おうとする度にアリスちゃんが睨んでいたのが少々気になったが
人にはそれぞれ知られたくないことの一つや二つあるので俺も聞かなかったことにしておいた。
「じゃあここからアリスちゃんのことは任せても大丈夫だね」
「無論だ」
「アリスちゃん家まで送ってあげられなくて申し訳ないけどここでさよならだ」
「うむ、ヤマト殿。 危機から救ってくれたこと感謝するぞい。
それと今日はとても楽しかったのじゃ、ではまたの……」
そう言うと名残惜しそうな顔をしながらも忍者が促すように名前を呼ぶと
こちらに手を振りそのまま路地へと歩いて行った。
(おかしなことに首を突っ込んでしまったがあんな可愛い子と出会えたので良しとするか)
その後リナたちがその場に追いつきアリスちゃんの追及をしてきたが
俺は何のことだととぼけて追及を免れた。
最も彼女たちの興味は自分にもお姫様抱っこをしてくれという要求があったためだが
俺はその要求を頭にチョップを食らわせることで黙殺した。
これが勇者である俺とこの国の皇帝アリシアとの最初の出会いであったのだった―――。




