146話:「アリシアのその後」
「何を考えておられるのですか!!」
“バンッ”という手で机を叩く音が部屋中に響き渡る。
いきなりの大きな音に肩をビクッと震わせたのは第15代目ドライゴン帝国皇帝、アリシア・ティル・ドライゴンであった。
先刻、城の者に何の断りもなく供も連れず単身で城下町に繰り出してしまったためによる叱責を受けている最中だ。
机を叩いたのはアリシアの側近宮廷筆頭文官長マリース・ヴァン・クロイツェルで
今もその顔に憤慨と安堵の表情が入り混じったような顔を張り付けていた。
マリースがそのような表情を浮かべるのも無理はなかった。
まだ十五という若さながら一国の皇帝であるアリシアは臣下であるマリース達にとって
この国で守るべき最重要人物であるからだ。
自分の犯した過ちを悔いているのかマリースが机を叩いてもアリシアは押し黙ったままだ。
普段であれば皇帝であるアリシアに対して振舞う態度ではなく下手をすれば不敬罪で極刑に処せられてもおかしくはないが彼女がこのような態度を取る原因を作ったのは他でもないアリシア本人であり、尚且つマリースが本心で自分の身を案じてくれていた事が彼女の態度からひしひしと伝わってくるため大人しく彼女の言葉を受け入れていた。
「陛下はこのドライゴン帝国の皇帝でございます。
そのようなお方が供も連れずにお一人で城下町へ行くなど危険極まりない行為です。
幸い今回は暗部の者がいち早く駆け付け大事には至りませんでしたが、もう少し自分の身を大切になさってくださいませ! 陛下の身体はもう陛下だけのものではないのですよ?」
「すまなかった……マリース」
彼女の語気の強さから本気でそう言ってくれているのが伝わってくると同時に
自分がどれだけ軽率な行為を取っていたのかという危険性とその行為に対する後悔がアリシアの中に生じる。
アリシアはもう一度マリースに謝罪の言葉を口にするとともに頭を下げた。
それを見た瞬間マリースは片膝を付き平伏する。
「お顔をお上げください陛下! あなた様は皇帝なのです。
例え愚かな行為をしたとはいえ臣下である私如きに頭を下げてはなりませぬ。
それで、陛下はどちらに行っておられたのですか?」
「う、うむ。 実はな勇者に会ったぞ!」
「えっ、勇者ですか?」
「そうじゃご神託の勇者コバシヤマトにの」
その後アリシアはマリースに事の経緯を話したが女性冒険者に襲われたことを聞かされたとたん顔を青褪め
そのあとすぐに怒りの表情でアリシアに乱暴を働こうとした者に極刑をと過激なことを言っていたが
勇者によってその二人が制裁を加えられたことを聞いて多少溜飲が下がったのか平静を取り戻した。
「そうですか……勇者殿には感謝しなければなりませんね」
ここでマリースは頭を巡らせた。
自らが仕える主がいなくなるという事態に見舞われたものの実際に怪我一つなく無事に帰ってきたことは事実でありその功労者と言える勇者をこのまま何の褒賞もなく、捨て置くというのは帝国の人間として礼節を欠く行為ではないのかと。
元を辿れば、勇者をこの城に呼ぶことができないと言った自分にもアリシアが一人で城を出ていった原因を作ったとも言えなくはない。
そもそも勇者が国の召集に応じる義務はないが、それは勇者本人の自主性が重んじられており、平たく言えば“任意”なのだ。
つまり国の呼びかけに対し、応じるも無視するも勇者次第の所が強く出るためにマリースが勇者を召集することを渋った理由だった。
(やはりここは陛下を救っていただいた恩情を無下にすることはできないか……)
勇者が一体どのような人物か現時点でマリースには分かり兼ねたが、実際勇者を目にしたアリシアの証言から
存外に悪い人物ではないという印象を受けた。
アリシアが無事に城に戻ってきたということもマリースに好印象を与えた。
まだいろいろと考えることはあるが大まかなことは決まったためマリースはアリシアにある提案をすることにした。
「陛下、今回の一件で勇者殿には大きな借りができてしまいました。
帝国の人間として、何よりも陛下の危機を救ってくださった恩人として勇者殿を城に招待するのはいかがでしょうか?」
「おお! それは良い、実に良い考えじゃ!!
うーじゃが、勇者を城に呼ぶことは出来ぬとマリースは申しておらなんだか?」
「それは何の理由もなしにという事では呼べないという事でございます。
此度は陛下の危機を救ってくれた恩人として感謝の宴に招待するという名目であれば問題ないかと。
ただしですがこれは飽くまで勇者殿本人が了承していただければという条件でのお話になりますが……」
「うーむ、ヤマト殿ならばきっと妾達の招待を受けてくれるじゃろ。
そ、それに……またヤマト殿に会えるし……」
「陛下、最後の方が聞き取れませんでしたが何か申しましたでしょうか?」
「い、いや何も言うておらん。 何も言うておらんぞ!」
「そうですか。 では勇者殿を宴に招待するという事で早速準備を進めて参ります」
「うむ、ヤマト殿があっと驚くほどの宴を用意するのじゃ!!」
「はっ、陛下の仰せのままに」
こうして、皇帝であるアリシアの危機を救った大和をもてなす宴が開かれることになったのだが
のちに開かれる宴で女たちの意地とプライドを掛けた戦いが繰り広げられることを今の二人は知らなかった。




