第七話 半血の罠
吸血鬼狩りが吸血鬼を追うには、本来、地道な調査が必須だった。
何日、何週間という時間をかけて、ひたすらに情報を集め、標的を絞り、吸血鬼だという証拠が得られるまで尾行する。
可能なら隙が生まれる瞬間や、癖まで把握する。
だが、そこまでしても吸血鬼を狩るという仕事は非常に危険を伴うものだった。
吸血鬼は人間より遥かに身体能力が高い。
油断せずに尾行していても、一瞬で見失うことは珍しくない。
それどころか、気が付いた時には背後を取られ、襲われることだってある。
だが、吸血鬼の匂いを判別出来るというレイは、夜の街に出て、ほんの数時間で吸血鬼を見付けた。
「あなたに恨みはありませんが——」
人気のない裏路地で、両脚を銀の銃弾で撃ち抜かれ、立ち上がれなくなった吸血鬼の男にレイは声を掛ける。
「俺の寝床のためです」
いつも通り覇気のない声でそう言うと、男は真っ赤な瞳を憎悪に染めてレイを睨み上げた。
「この半血ごときが! 卑しい血だけでは足らず、人間の靴までも舐めているというのか!」
「別に、靴は舐めていません」
銃声が響く。
後ろから頭を撃ち抜かれた男の体は弾かれたように前に倒れ、地面に当たる前に灰になった。
「無駄話をするな」
神崎は銃をホルスターに収めながら言った。
討伐証明として、灰の一部をガラス瓶に採取する。
その姿を、レイはじっと見下ろしていた。
「何だ」
「俺も靴を舐めましょうか?」
「冗談でもよせ、気色悪い。二度と口にするな」
通信端末で位置情報を送る。
程なく他のハンターがこの場所を訪れ、この灰を処理してくれる手筈になっていた。
「今夜の仕事はこれで終わりだ」
「そうですか」
吹き抜けた生温い風が灰を散らす。
レイはそれを見下ろし、人の気配が濃い方向へと視線を向けた。
「このまま他の吸血鬼を狙いはしないんですか?」
「さすがに不自然だろう。変に目立つ必要はない。帰るぞ」
*
家に帰った頃、時計の針はまだ日を跨いでいなかった。
ここ数週間、神崎はずっと黄昏刻に現れるという吸血鬼の噂を追っていた。
こんな時間に家にいること自体、珍しい話だった。
「ここしばらく、ずっとあなたは俺を追っていましたね」
湯の入ったケトルを傾ける手が、僅かに揺れた。
まるで思考を読まれたような気がして、嫌悪感を隠さずに神崎は眉根を寄せた。
「だから何だ」
「人間一人に捕らえられるはずもないのに、無駄なことをしているなと思って見ていました」
「お前、正面から喧嘩を売るタイプか?」
「いいえ」
湯を入れたカップから珈琲の香りが立ち上がる。
それを片手にリビングへと戻ると、部屋の隅に置いたダンボール箱が目に入った。
「そういえば、お前の部屋用のカーテンが届いている。朝になる前に、さっさと掛けてこい」
レイはいつもよりほんの少しだけ早く顔を上げて反応を見せた。
すぐにソファから立ち上がり、ダンボールを開け中身を取り出す。
出てきたのは一級遮光の、真っ黒な分厚いカーテンだった。
「ありがとうございます」
相変わらず感情の欠片も籠らない声で、レイは礼を告げて部屋に入っていく。
カーテンを掛け直しているのだろう、閉ざされた扉の向こうから物音が聞こえてくる。
自分以外の誰かが立てる生活音を聞くのは、いつぶりのことだっただろう。
珈琲を口に含みながら、神崎は壁に貼られている写真へと目を向けた。
かつて自分が相棒と呼んだ男が、写真の中で笑っていた。
目を閉じれば、まだその声が聞こえるようだった。
『神崎さん』
いつでも明るい笑みを見せ、自分をそう呼んだ男。
最期の夜も、溢れる血を吐き出し、掠れた声で笑ってみせた姿が瞼の裏に焼き付いていた。
テーブルの上には銀の銃が置かれている。
神崎は指先でそれを撫でた。冷たい金属の温度だけがそこにあった。
*
次の狩りは三日後。その次は更に四日後。
その後は二日を空けて。
神崎は吸血鬼の頭を撃ち抜いた。
全員、レイが見つけ出した吸血鬼だった。
その誰もが何食わぬ顔で人の社会に溶け込み、人間のふりをして生き、レイを同族だと誤認して油断し、そして最後には決まってレイを半血と罵った。
「随分と人気なんだな、半血という存在は」
「いえ、忌み嫌われています」
「……お前は少し皮肉ってものを覚えろ」
神崎は服で手を拭った。
吸血鬼は死んで灰になると血さえ残さない。先程までは赤く濡れていた神崎の手も、今は汚れ一つなく乾いていた。
だが毎回、感覚だけは残っている気がした。
「あなた、怪我をしましたね」
灰を見下ろしていたレイの視線が上がり、神崎へと向けられていた。
神崎は自分の体を見下ろすものの、目立つ傷は見当たらない。
「傷なんか無いぞ」
「していますよ。匂いがします」
灰を踏み付けて、レイが近付く。
いつもより少しだけ近い距離で鼻を寄せ、そして顔を上げた。
「ここ」
そう言って指を差したのは右の肩だった。目を向ければ確かに黒いシャツが裂けた跡がある。
シャツの色に隠れて、血の色は目立たない。
だが、一度傷があると自覚した途端、その場所が熱を持って痛みはじめる。
無意識に小さな舌打ちが漏れた。
「さっき吸血鬼の爪を引っ掛けたな。避けたと思ったんだが」
そう呟いてみても、レイの声は返らない。
顔を上げると、レイの視線は真っ直ぐに神崎の傷へと注がれていた。
理由など、考えずともすぐに分かった。
『餌』として見られる不快さに、眉根を寄せる。
「血の匂いを嗅ぐと欲しくなるもんなのか?」
「…………」
そう問えばレイの視線が一度外れ、抗えないまますぐに傷へと戻った。
瞼を伏せて、強引に傷口から意識を剥がす。
その姿に、神崎は口元を歪めて笑った。
「やっぱり、お前らは化け物だ。餌を目の前にすれば涎を垂らして欲しがる獣と、何も変わらないな」
レイは背中を向け、何も言わなかった。
その沈黙は、家に戻った神崎が自分で傷を消毒し、包帯を巻き終えるまで続いた。
お読みいただきありがとうございます。
評価やブックマーク等で応援いただけると、執筆の励みになります!




