表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第六話 共存の条件


「ルールを決める」


 自身が借りているマンションの一室で、入浴を終えた神崎はそう言った。

 窓辺に立ち、夜空を見上げていたレイが静かに振り返った。


「協力関係にある間、俺はお前を殺さない。その代わり、お前も俺を狙うな」


「狙いませんよ。女性の血の方が美味しいので」


「そういう話じゃない」


 テーブルの傍に置かれた椅子に腰を下ろしながら、苛立ったように神崎は言葉を重ねた。


「吸血行動自体をするな。血なら……裏のルートから輸血用の血液でも買ってきてやる」


 そう告げたものの、レイは緩く首を振り、カーテンを閉めて窓を覆った。


「なら、必要ありません。時間が経過した血液は不味いですし、俺は純血と違って血を飲まなくても死にはしないので」


 そう、何気ないことのように言った。

 神崎は背凭れに預けたばかりの背を勢いよく起こす。


「……何だと?」


 吸血鬼は人間と同じ食事を必要としない。

 社会に紛れるため同じ食事を取ることはあっても、本来吸血鬼に必要なのは人間の血液だけだ。

 だが、それさえ必要ないとレイは言った。


「普通の食事で事足りるということか? お前、じゃあ何故、人の血を飲んでいた?」


「ただの嗜好品ですよ。あなた達人間が、酒や煙草を嗜む理由と同じです」


「人の皮膚を裂き、そこから血を啜る嗜好なんかがあってたまるか」


 醜いものを眺めているかのように、神崎は表情を歪める。

 だが、すぐにもう一度背凭れに体重を預けた。


「次のルールだ。必要な物があるなら俺に言え。用意してやる。だから、勝手に外に出るな。勝手なことをするな」


「俺の自由が少ないですね」


「当然だ。お前は吸血鬼だぞ。本来なら発見されて、すぐに殺されるべき存在だ。生かされているだけでありがたいと思え」


 不満を口にした割に、レイは食い下がらなかった。

 その後もいくつかの決まり事を定めたが、反論は一つも返らないままだった。


「あの吸血鬼は、なぜ混血のお前をあそこまで嫌悪した?」


 話の最後に、何気なく神崎はそう尋ねた。

 ソファの端に腰掛けていたレイは興味もなさそうに、視線さえ向けないまま答えた。


「人間の血が混ざっているからでしょう」


「それの何が問題だ?」


「吸血鬼にとって、人間とは餌です。食材と言い換えてもいい」


 脚を組みながら、他人の話でもするように語る。


「人間だって、牛や豚の血が半分混ざった個体がいたら、気味が悪いとは思いませんか?」


「お前らから見た人間とは、そういう存在なのか?」


「ええ」


 それきり、会話が途切れた。

 もう朝が近くなった頃、神崎は一枚の扉を指差した。


「お前はそこの部屋を使え。今は使う奴もいない。空き部屋だ」


「以前は誰かが使っていたんですか?」


 レイは示された扉を開きながら問う。

 ベッドが一つ。空の本棚。小さなデスクに、椅子が一つ。

 非常にシンプルな部屋だった。

 言葉通り、しばらく使われていない部屋の中に、知らない人間の香りがごく薄く残っていた。


「そんなこと、お前には関係ないだろう」


「ええ」


 神崎の言葉に、レイは黙って部屋に入る。

 扉を閉めた直後、すぐに扉を開いて顔を覗かせた。


「欲しいものが出来ました」


「……何だ?」


「光を通さないカーテンを」


 神崎は椅子に座ったまま、体を傾けて部屋の中を覗く。

 部屋の窓に掛けられているカーテンは、少しだけ薄手のものだった。

 壁際に置かれているベッドまで光が届きはしないだろうが、確かに少し心もとない。


「分かった。すぐ届くように注文しておく。俺も、吸血鬼一人分の灰を掃除させられるのは面倒だ」


「ありがとうございます」


 そう言い残して、レイは今度こそ部屋の中に消えた。


「ありがとう、ね……」


 誰に向けるわけでもなく、神崎は一人でそう呟いた。

 そして、朝日が部屋を明るくするまで、念入りに銃の清掃を続けていた。



    *


 

 神崎が自室で眠り、夕方になって起き出してきても、レイの姿はリビングになかった。

 貸し与えた部屋の扉を開くと、暗い部屋の中、ベッドの上に人一人分の丸みがあった。


「おい、起きろ。吸血鬼」


 そう声を掛けても、反応はない。

 微かに聞こえる呼吸音に合わせて、掛布団が僅かに上下している。

 神崎は小さく舌打ちを零し、ベッドの脇に立った。


「仕事の時間だ、さっさと起きろ」


 苛立った声と共に肩を揺する。

 すると次の瞬間、ベッドの中から伸びてきた腕に手を引かれた。

 咄嗟に体を支えようと前に出した足が、ベッドのフレームに当たり重心が揺らぐ。

 

 体勢を崩した神崎の腰へ、レイの腕が回った。

 そのまま逃がさないように抱き寄せられた視界の端で、レイの唇が薄く開いたのが見えた。

 そこから覗く、尖った白い牙も。

 あの日、黄昏の中で聞いた言葉が、咄嗟に脳裏を過った。


『俺は、噛んで良いかと聞きましたよ』


『ベッドの上で』


 咄嗟に腰に手を伸ばし、引っ掴んだ銃で黒い髪を殴りつける。

 真っ暗な空間に、重い音が響いた。


「……痛いな」


 そして、寝ぼけた声が遅れて聞こえた。

 ようやく持ち上がった瞼の奥から現れた瞳が、神崎の姿を捉える。

 ゆっくりと部屋を一周見回してから、最後にまた視線は神崎へと戻された。


「どうしたんです、ベッドに入ってきたりして」


「お前、殺すぞ」


「昨晩、俺を殺さないという話をしたばかりのはずですが」


「どこかの女と間違えて、俺を噛もうとしやがったのはお前だ」


 銃口を顎に突き付けられても、相変わらずレイは動じない。

 眠そうに何度か重く瞬いた瞼をようやく持ち上げ、そして何かに気付いたように伏せた。


「そうかもしれませんね」


「次は警告なく撃つ」


「互いの部屋に入らないというルールも追加しては?」


「お前がちゃんと起きてくれば、部屋なんか入らねえよ」


 腰に回ったレイの腕が緩むなり、神崎はすぐにベッドから降りた。

 レイは苛立ったままの神崎の背をゆっくりと追って部屋を出る。

 日が沈み、また夜が始まろうとしていた。


 

お読みいただきありがとうございます。

評価やブックマーク等で応援いただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ