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第二話 展望台にて


『神崎、例の吸血鬼を取り逃がしたって?』


「……笑うために電話を掛けてきたなら、もう切るぞ」


 翌日の昼過ぎ、ハンターである神崎(かんざき)(しょう)は、鳴り響くスマホの着信音で起こされていた。

 カーテンを閉め忘れた窓から差し込む陽光を避けるように、枕に顔を埋める。

 スマホのスピーカーからは、同僚の笑い声が響いていた。


『別に馬鹿にしてるわけじゃない。ただ、朝まで走り回ってたって聞いたからさ』


「そこまで知ってるなら、なんでこんな時間に電話を掛けてきた」


『まだ寝てるかなって思って、嫌がらせで——』


 手探りで通話の切断ボタンを押した。

 それ以降、同僚の声は聞こえなくなった。


 身体はまだ眠りたがっていたが、二度寝をするには目が覚めすぎてしまっている。

 寝不足ゆえの重さが残る身体を無理矢理に起こし、時間を確認した。

 あと何時間かすれば、日が暮れはじめる。

 (くだん)の吸血鬼が、街に姿を現してもおかしくない時間帯になる。


「次は逃さない」


 誰にともなく呟く。

 電子レンジで温めるだけの食事を取った後、シャワーを浴びた。濡れた髪を拭きながら、神崎はふと壁に目を向ける。

 そこには一枚の写真が画鋲で貼り付けてあった。

 映っているのは二人の男。

 一人は今より少し若い神崎。もう一人は、朗らかな笑顔を浮かべた男だった。


「……吸血鬼は、殺すべき存在だ」


 写真の端に触れ、小さく呟いた。


「必ず、仕留める」

 

 気が付くと、窓の外は徐々に暗くなりはじめていた。



    *



「見付けた」


 神崎が銃を取り出したのは、街が一望できる小高い丘の上だった。

 そこは小さな公園になっており、展望スポットにはベンチが並ぶ。

 

 もっとも、今そこに居るのは神崎と、ベンチに腰掛けていた昨日の吸血鬼だけだった。

 後頭部に銃を押し付けられても、やはりその声は緊張を帯びなかった。


「しつこいですね」


「悪いが、しつこくするのが仕事なんだよ」


 空はもうすっかり暗くなっていた。

 神崎はあてもなく散々走り回った後、この公園へと行き着いた。

 吸血鬼を見付けたのはただの偶然、あるいは幸運と言っていい。


「吸血鬼ごときが、こんなところで黄昏れて何をしている」


「街を見ています」


「次の獲物でも探してるのか?」


「見ているだけです」


 言葉通り、吸血鬼は腕一本動かそうとはしなかった。

 本当に、眼下の街に視線を注いでいるだけに見えた。


 神崎はゆっくりと前に回り込む。そして確信した。

 端正な顔立ち。

 獲物を効率良く誘き寄せるために、吸血鬼は男女を問わず皆美しい容姿をしているという。

 脚を組み、視線だけで神崎を見上げるその男も、吸血鬼だと知らなければ思わず二度見してしまうほど整った顔をしていた。


 黒い前髪が、気怠そうな瞳に掛かり影を落とす。

 昏い瞳はすぐに興味無さそうに神崎から外され、再び街の明かりを映した。


「銃を持ったハンターが目の前にいるってのに、随分余裕だな」


「当たらない弾を恐れる理由もありませんから」


 表情一つ変えず、吸血鬼はそう言った。

 眉間に皺を寄せ、神崎は吸血鬼の額へと銃口を押し付ける。


「この距離なら外れようがない」


「外れますよ。あなたが引き金を引くより早く、俺は動けます」


 神崎の表情が苛立たしげに歪む。

 だが、事実だった。

 

 吸血鬼は非常に高い運動能力を持つ。

 その動きは人の目で追うことすら困難で、ハンターといえど人間が吸血鬼を捕らえるなど容易なことではない。

 

 圧倒的な治癒能力も持ち合わせ、傷を負わせたとしてもすぐに塞がり治ってしまう。

 同じ言葉を話し、姿も似ていても、生物としての本質は全く異なる。

 吸血鬼が化け物と呼ばれる理由の一つだ。


 だからといって、人間が吸血鬼を殺せないというわけではない。

 銀の銃弾、あるいは銀の刃で負わせた傷だけは、すぐに塞がらない。

 出血し続ければ、当然衰弱していく。

 そして銀の銃弾で急所を撃ち抜くことが出来れば、殺せる。

 更に致命的な弱点として、吸血鬼はその身を陽の光に晒すと灰となって散り、死を迎える。

 

 そのはずだった。

 夕陽の下を歩ける、この謎の吸血鬼を除けば。


吸血鬼狩り(ハンター)は」


 不意に、銃口を突き付けられたままの吸血鬼が口を開いた。

 命乞いではない。

 雑談でもするかのような、覇気の無さだった。


「必ず二人一組で行動すると聞きました。でも、あなたは一人です」


 何故、と問うような視線が神崎に向いた。

 瞬間、頭に血が上ったような感覚が神崎を襲った。

 思わず怒鳴りそうになる口を一度閉じ、そして薄く開く。


「相棒はいたさ。……だが、吸血鬼が殺した」


 気を抜けば、何も情報を引き出さない内に引き金を引いてしまいそうだった。

 当たるかどうかは関係ない。今すぐに銀の銃弾を撃ち込んでやりたい衝動を、必死に抑えた。


「そうですか」


 他人事のような、短い返答だった。

 睨むように見下ろす神崎の視線さえ気に留めていない吸血鬼の瞳は、街の明かりを反射して星を散りばめたように輝いていた。


「お前を殺す前に、いくつか質問をする。答えなくても構わないが、お前の身体に穴が開いていくことになる」


 銃の引き金に掛けた指の先まで、神経を尖らせながら脅す。

 はったりではない。躊躇もない。

 吸血鬼を殺すことが神崎の、吸血鬼狩り(ハンター)の仕事だった。

 逃げ出しもせず、襲い掛かりもしない妙な吸血鬼を前にして、その時が少し遅れるだけだ。


「いいですよ。ただし……」


 吸血鬼の瞳が、再び神崎へと向いた。


「俺からも、あなたに話があります」


 その男は、向けられる銃口など意に介さない様子で、静かに足を組み替えていた。


お読みいただきありがとうございます。

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