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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第九章 第2節
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6 嘘



「──写真?」


 心臓が冷たく跳ねた。


「おまえ……来週って」

「それ嘘です。本当はもう僕受け取ってたんです」

 エンデは悪びれもせずに首をすくめた。

「カギモトさんをびっくりさせたくて」


 ──こいつ。


 一瞬頭が真っ白になったかと思うと、自分の手はエンデの胸ぐらを掴んでいた。


「おまえ……おまえふざけるなよ……!」

「あーあ、ここまで抑えてたのに」

 エンデは驚きもせず、むしろ興味深そうにこちらを見返している。

「やっぱりこのあたりがカギモトさんのラインって感じですか?」

「馬鹿にしやがって。おまえ俺のこと、何だと思ってる」

「馬鹿になんてしてないですよ。カギモトさんは僕の憧れです」

「そういうことじゃねえよ!」

「あの、いらないんですか? これ。本物ですよ?」

 エンデが指でつまんだ封筒をひらひらさせている。


 ──嘘だ。


 頭では、まだそう思っていた。

 歯を食いしばり、思い切り殴りつけたい衝動をこらえてエンデから手を離す。

 

 目は封筒に釘付けられていた。

 一度エンデを見てから、もう一度封筒を見る。


 嘘だ、こんなのは。

 ありえないだろ。

 こんな、簡単に。


 それでも手を伸ばしていた。

 指先が触れようとする瞬間、さっと躱され空を掴む。


「……おい」

「わ、怖い。あはは、はいどうぞ」


 再び目の前に出される封筒をひったくりたくなるが、努めて普通に受け取る。

 しかし、その中身を取り出そうとするが指先が震えてうまくできない。


「手、震えてますね」

「うるさい」


 エンデに背を向けて封筒の口を擦り合わせ、ようやく開いた。

 急くような気持ちで手を突っ込むと、厚手でつるりとした紙に触れる。  

 息をするのも忘れて引っ張り出した。




 それは、少し皺のついた写真だった。




 少し若い父と母、まひろ、そして自分が実家の食卓を囲んで笑っている。


 鮮明な記憶が溢れ出す。

 高校生だ。

 食卓には母の手料理。まひろを初めて連れて行った時のものだ。この写真を撮ったのは確か、兄か。


 父と母の姿は記憶よりも少し垢抜けない。

 まひろの笑顔はややぎこちない。

 畳やカーテンは色褪せている。

 そして額に大きな絆創膏をつけている俺は……。


「……」


 写真の中の俺が、何の曇りもなく笑っている。


 その画に触れる自分の指が小刻みに震えていた。


 とても、幸せそうだ。


 この頃の俺も、その時なりの悩みや苦労はあったはずだ。

 でも、いつも何かに包まれているような温かさがあって、何の根拠もない希望を持っていて、自分の力でどこまでもいけるような自信があって。



 俺の記憶は、妄想なんかじゃない。

 確かにあったのだ。



 だから。



 どんなに削られても、踏みつけられても、俺にはあの世界があったから、引き摺って、這うようにして、ここまで──



「……っ」



 喉の奥よりももっと深いところから、嗚咽が漏れそうになる。

 無駄な努力なのはわかっていながら、自分の口を手できつく塞ぐ。



「カギモトさん? 泣いてるんですか?」

 エンデが無遠慮に覗き込んできた。 

「頑張ってきたんですねえ、本当に」


 わかったように肩を叩くエンデの手を強く振り払った。

 唇をきつく噛み、その痛みで意識を立て直す。

 

 もう一度、目に焼き付けるように写真を眺めてから、丁寧に封筒に戻した。


「……確かに、本物だよ」

 そう伝えると、エンデは満面の笑みを浮かべた。

「喜んでいただければ努力した甲斐がありましたよ」

「どこで、手に入れたんだこれ。誰から」


 この写真を持っているのは両親か、まひろだけだ。


「ご心配せずとも、誰にも危害を加えたりはしてませんよ。あくまで正攻法で得たものですから」


 

 答えにはなっていなかった。でも、これ以上聞き出すこともできないのだということはわかる。

 エンデの言葉を信じるしかないし、そういうところで下手な嘘はつかないだろうと、不愉快極まりない信頼をエンデに抱き始めていた。

 持ってきていたリュックの奥に、写真の封筒をしまう。


「カギモトさんならやらないと思ってますけど、くれぐれも、その写真は誰にも見せないように。僕まで捕まっちゃいますから」

「わかってる」

「あ、さっきの幹部の人たちにもですよ。僕が独自でやったことなんで」

 

 先の集会での立ち振る舞いもそうだが、エンデは組織の中でも発言力があり、自由に動いて力を行使できる、かなり高い立場にいるのかもしれない。

 得体のしれないやつ、というしかない。


「大切にしてくださいね」

「……おまえに言われる必要ない」

「なんか子供っぽいですね、カギモトさん」

 エンデはくすくすと笑う。

「そっちが本来のカギモトさんなんでしょうか」

「……」

「さていい加減、僕たちも出ましょう」


 エンデは円卓の上に置きっぱなしにしていた仮面を取り、顔につけた。

 腕時計を見ると、集会の始まりからちょうど、小一時間程度が経っていた。


§


 エンデとともに部屋を出る。

 青以外の色彩が目に飛び込んできてちかちかした。

 廊下の止まり木の上で一声啼いた図書館梟に、「終わりましたよ」とエンデが声をかけている。


「事務所まで送りましょうか?」

 来た廊下を戻りながらエンデが申し出る。

 事務所住まいであることも当然のように知っているらしい。

「ほら、5番さんも言っていたとおり、最近また物騒ですから。非魔力保持者の方への風当たり、強くないですか?」

「このあと用事があるから」

 それもあるが、これ以上こいつと行動を共にしたくないのが本音だ。

「ああそうでしたっけ。あ、もしかしてデートですか?」

「……」

「冗談ですよ」とエンデはにやりとした。

「それじゃ、僕はここで失礼します」

 そう言って、エンデは小走りに廊下を抜けていった。

あまりにあっさりしていて、暫し呆気に取られる。


 その少し後に、自分も図書館の館内に戻った。

 相変わらず来館者は多く、エンデの姿はもう見えない。


 両肩に、ずしりとしたリュックの重みを感じていた。

 

 昼時だが、腹は減らない。

 ノダ・アヤセとの待ち合わせまでにはまだ時間がある。どうやって潰そうか。まったくそんな気分ではないが、本でも読んでいるくらいしかないだろう。


 目立たないように館内の端をさりげなく歩いていても、知らない人から露骨に避けられ、子どもを隠され、何とも居心地が悪い。来たときは緊張していたからそれほど気にしてもいなかったが。

 

 でも、リュックの中にはあの写真がある。


 そう思うと、嘘のように心が落ち着く気がした。

 

 ふと、何となく見慣れた姿が視界に入る。

 一瞬通り過ぎかけて、振り返った。


 館内の角には読書スペースらしく、1人掛けの椅子と小さなテーブルが並んでいる。 


 そのうちの1つの座席で、姿勢よく本に向かう女性が1人──その横顔は、ソナ・フラフニルだった。



 何を考えたわけでもなく、足は、自然とその方に向かっていた。

 

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