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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第九章 第2節
209/220

4 “憧れ”

 

 カノダリア国の国会議員選挙……

 

 4年に一度の国の議員選挙は確かに今年のはずだが、この世界の政治にはまるで興味がない。新聞も読まない。

 仮にも公務員としてどうなのかと自分でも思うが、4ヶ月後に実施されることももちろん知らなかった。 


 『アーテヌ』は単なる思想団体ではなく、政治活動とも絡んでいるということか。

 ある意味その予想はできたともいえるだろうが、都合の悪そうな想像には、半ば無意識に目を瞑ってしまったのだと思う。

 それに……自分にとって不愉快な話になり得ることだって織り込み済みだ。それでも聞き流せるから、と思って来たのだ。

 とりあえずはエンデがまだ話そうとしているので、円卓上の青い花を眺め、黙っておくことにする。


「この国の今のリーダーは保守党……生粋の魔法至上主義の方達の集まりですよね。そんな保守党に反対しているのが、革新党。魔法に頼らない新しい社会を目指していますが、残念ながら今はまだ支持者が少ないのが現状です」

 まるで講義のようだ。

「それで、その革新党の支持者を増やすため、陰ながらに支援しているのが我々、ということになります」

「革新党」

 口の中で小さく繰り返す。


 この国の政治は保守党の一強であることくらいは自分でも知っている。

 革新党は過激な少数派政党……程度の認識しかないが、それで正しいのかはあまり自信がない。


「革新党は魔法至上主義を否定し、現在の平等法の形骸化を強く批判しています。先進的で、素晴らしい考えですわ」

 5番のお嬢様風の人物が熱っぽく説明した。

「わたくしども『アーテヌ』は、知を極め真の平等を求める者の集まり。革新党を支持するのは自然なことなんです」

「……」


 綺麗な言葉がかえって胡散臭い。学生時代の怪しげなサークル勧誘を思い出してしまう。

 今すぐにでも立ち去りたくなる気持ちを抑えて、ただ椅子のうえで座り直す。


「おい5番、上っ面の説明なんかいらねえんだよ。だから何だ? って顔してるぞあいつ」

 物書きだという3番の人物は、どっかりと足を組みこちらを顎でしゃくる。

「あいつがここに誘われた理由をよ、もっとわかりやすく言ってやれ」

「偉そうに。それならあなたがご説明して差し上げればいいじゃないですか、3番さん」

「俺ぁな、喋るより書く方が専門なもんで」

 頬を膨らませる5番に、3番は肩をすくめる仕草をした。

「んじゃあ4番よろ」

「お、俺か? いやあ……」

 4番は下を向いて頭を掻いた。

「4番、何だか今日は()()()ないね。いつもはもっと熱心じゃないか」

「時間の無駄だ。エンデ」

 会社経営者の1番が不思議そうに、そして教育者の2番が呆れたように言う。


「わかりましたよ。僕としてはもう少し外堀から進めたい気持ちもあるんですけどね」


 エンデは小さく肩をすくめると、再び雰囲気を怜悧なものに変えてこちらを見据えた。


「ずばり言いますよ。我々は、ある法案を通すため、次の選挙で革新党候補者の方をたくさん当選させたいんです。だから、そのためにぜひ、カギモトさんのお力添えをいただきたいな、と」


 他の5人からの視線も注がれる。

 首が絞められるような圧迫感だ。


 なぜ、と訊くべきではない。

 深入りさせられる前に、止めなければならない。


「エンデ」

「何でしょう?」

 とぼけたように首を傾げるエンデを見ながら、息を整える。

「話が違う気が……というか、一応確認なんだけど」

 ここまで来て言うことじゃないと頭の中ではわかっていながら、

「顔を出して軽く自己紹介するだけだって、おまえ」

「そう言いましたよ確かに」

 エンデは口端をつり上げた。

「だからこれは強制とかじゃありません。どうするか決めるのはあくまでカギモトさんです。ただ僕達は選択肢を提示して、お誘いしているだけで」

「……」

「ま、せっかくいらしていただいたんですから、もう少し聞いてくださいよ」


 往生際が悪い、とでも言われているかのようだ。


「具体的にカギモトさんに望む役割はですね」

 こちらの反応をよそに、エンデは進める。

「カギモトさんが非魔力保持者の被回収者だっていうことを──あなたが望まずして置かれてしまった今のつらい境遇を、世の中に広く、そして強く訴えてほしいんです」


「……は?」


「あなたは現政府の愚策によって制度の間に置かれた被害者なんですよ。そこをアピールすれば世間の同情を引けるし、政府への批判から革新党に票が流れると考えています」


 ──ふざけるな。


 奥歯を噛み締めた。


 “同情を引く”


 それは何があっても一番やりたくないことで、妙に楽しそうなエンデを怒鳴りつけてやりたくなる。

 しかし先に5番のプレートの人物が口を開いた。

「あなたは非魔力保持者の方々の希望ですわ。世の中を変えるために、ぜひ我々に力を貸していただけませんか?」

 両手の指を組み、祈るような仕草だ。その横で2番も静かに頷いている。

「じゃあ俺はあんたの自伝でも書いてやろうか」

 3番が軽い感じで提案した。

「悲劇の主人公って感じでさ。あんた見た目も悪くないし、写真付きにして。お、なんか売れそうだな」

「あ、3番さん。ぼくを差し置いて勝手に商売の話なんかしないでほしいね」

 口々に発言し、話が妙な方向で盛り上がりかけていた。


「あのっ」


 少し腹に力を入れて声を張ると、皆が振り向いた。

 膝の上で握った拳には汗が滲んでいた。

 悟られないように握り直す。


「そんなことは……断る。断ります。政治に関わるつもりは一切ありません」


 エンデがくすりと笑った。


「二つ返事でカギモトさんが引き受けてくれてたら、それこそびっくりしてましたよ、僕」

「……」

「政治に関わりたくないから。断る理由ってそれだけじゃないですよね?」


 断定するような物言いだ。

 吐く息とともに苛立ちを押し出し、引っ込みかけた冷静さを無理矢理引き戻す。


「俺のことを……わかったような態度を取られるのは、すごく嫌なんだけど」

「そういうところですよ」とエンデは円卓にもたれ、悠然と腕組みした。

「一歩引いたような態度。論点のすり替え。いつもそうです」

「……何?」

「誰がどう見ても地獄みたいなところにいるのに、まるで当事者じゃないみたいな顔をして。自分は本来こんなところにいるべきじゃない。そんな可哀想な立場に置かれるべきじゃないって、そう思って……いいえ、そう信じ込もうとしているんですよね」

 

 頭を殴られたようだった。


 それは確かに、刷り込むように何度も自分自身に言い聞かせてきたことだ。

 だが他人の口から言われてしまうと、あまりにも惨めたらしくて──

 思わず椅子から立ち上がっていた。


 しかし反論する言葉が何も出てこない。


「カギモトさん、“海向こうの世界”に帰りたいんですよね?」


 斬り込んでくるような問いに、全身が強張った。


「いつか帰れるって思ってるから、何とかこの世界で頑張れてるんですよね?」

「な……」


 こいつは。

 俺が絶対に暴いてほしくないものを抉り出して、言語化して、笑いながら突きつけてくる。

 俺がどんな思いでその薄い希望を抱いていて立っているのか、この世界の誰にもわかるわけがないと俺は思っている。

 なのにどうしてこいつは俺の中身を覗き込んでいるかのように、物を言うのか。



「おまえ──気持ち悪いんだよ」



 恐らく、他人に対して本心からその言葉を使ったのは初めてだと思う。

 しかし、エンデという人間に対して湧く感情は、それ以外に表しようがなかった。


「あは、全部図星でしたか」

 嬉しそうにエンデは笑った。

「僕の読みも中々でしょう? 伊達にカギモトさんのこと見てませんから」

「なんだよ……見てるって」

「だって、カギモトさんは」

 エンデははにかむように微笑んだ。

「僕の憧れですから」


 その口調に皮肉めいたものはなく、こちらを見つめる瞳には心からの羨望が滲んで見えた。


 ……意味がわからない。


 一体何の話をしている。

 なぜ自分がこの場にいるのか、よくわからなくなってきた。 


「あ、タダ働きにはならないんでご安心くださいね」

 エンデはにこやかな笑みを向けた。

「『アーテヌ』が目的を果たした暁には、カギモトさんが払った代償分、きちんと見返りを用意しますから」

 


 氷の鎖にじわじわと締め上げられているかのようだ。


 覚悟はしていたはずだった。

 しかしその見積もりは、かなり甘かったのかもしれない。

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