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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第九章 第2節
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3 自己紹介


「定例会、ということで、いつものように各地域での活動報告なんかを順番に……といきたいところですが、今日はこちらの方をお連れしたので先にご紹介ですね。単なる入会希望者ではありませんよ」


 エンデが振り返る。

 円卓の他5名の顔も同じように向けられた。顔の識別できない人物達からの無言の視線に気圧されるものを感じる。


「じゃ、自己紹介お願いできます?」

 エンデの赤い瞳がこちらを捉え、どきりとした。

「え」

「あ、年齢とか趣味とか好きな食べ物とか別に言わなくて結構ですからね」

 冗談のつもりなのだろうか。何も笑えないが。

「カギモトさんが何者なのか、それだけをあなたの口から皆さんに伝えてください」

「……」


 雰囲気にのまれつつあるのは自覚しているが──腹は括ったはずだ。ここまできて狼狽えた姿を他人にさらしたくはない。

 ゆっくりと椅子から腰を上げた。

 エンデと、顔のわからない5人を見渡す。


「僕は……カギモトと申します」

 青い空間に、自分の声が少し反響して聞こえる。

「今日はまあ、見学というか、そこのエンデに誘われて来ました。皆さん見ておわかりのとおり、僕は“杖無し”です。それから」

 言いながらエンデの方を見ると、意味ありげに頷かれた。

 積極的に自分から言いたいわけではないが、この集会に誘われた意味を考えれば、勿体ぶっても仕方がないことだ。

「……被回収者です。4年ほど前に、“海向こうの世界”から来ました」


 密やかに言葉を交わし合う者はいたが、特別驚いたような反応はなかった。

 再び固い椅子に腰を下ろすと、エンデが軽く拍手をする。つられるように強く手を叩く者もいた。人数は少ないのにやけに熱っぽく、部屋に響いて大きく聞こえた。

 その拍手もすっと止み、「カギモトさんは」とエンデが参加者に向けて語り出す。


「以前皆さんにはさらっとお話していたかと思いますが、“海向こうの世界”でごく普通の生活を送っていた方です。それが何らかの拍子に魔法が発現し、魔法取締局によってこちらに連れてこられてしまいました。しかし魔力自体は既になくなっており、魔力を生み出すこともできない体質だとわかりました」


 限られた者にしか明かしていないはずの事実を、エンデは出席者に向けてぺらぺらと述べていく。写真を手に入れることができるくらいだ、ツテはあるのだろう。

 そもそも、こちらの事は事前に説明済みのようだ。わざわざ自分で語る必要もなかったのでは。

 

「ですが、来てしまった以上は帰ることはできません。そういう制度になっていますからね。カギモトさんは現在、差別的な扱いを受けつつも、魔法を必要としない事務職として働きながら、自立した生活を送っています。そんな方です」

 

 “自立”という言葉は随分と皮肉っぽく聞こえた。

 今の生活を自立と呼ぶには、無理がある。


 それに、泥沼の中を藻掻くような思いで生きてきたはずの4年間だが、エンデがまるで物語のあらすじのように語る自分の来歴は、何だか薄っぺらいものに思えてしまう。不愉快さよりも、どうしようもない虚しさが込み上げてきた。


「──なるほど」

 やがて円卓の一人が言った。

 声でも性別はわからない。それも仮面の効果なのだろう。

「非魔力保持者であり、被回収者。なるほどなるほど彼が。ほんと、よく見つけてきたよね」

 何に納得しているのかよくわからないが、こちらを見てうんうんと頷いている。

「勝手に連れてこられたのに帰れないなんて、やはり酷いことです。本当に、今の政府のやり方には納得いきませんわ」

 別の1人は円卓の上で手を握り締める。感情のこもった口調だ。言葉遣い的に女性だろうか。

「おい、前振りはいい。さっさと本題に入ってくれや」

 欠伸混じりに言ったのは、一際姿勢悪く座っていた人物である。

「いや待て」

 一番年配なのでは、と思わせる重々しい口調で別の人間が止めた。

「言いたくないであろう素性をこちらに明かしてくれたんだ。我々も挨拶くらいするのが筋ではないか」

 そうですね、とエンデがにこやかに同意する。

「はっ、面倒くせ」

 その口の悪い人物は頭の後ろで手を組み、ふんぞり返るように座った。しかし強く反対するつもりもなさそうである。


「それでは言い出しっぺの2番さんからどうぞ」


 エンデが振る。年配らしい人物の前には、“2”のプレートが置かれている。

 互いに匿名だから、席に置かれた番号で呼ぶようだ。

 しかし匿名の中での挨拶とは、どのようなものなのか。

 

「私は教育関係の職に勤めている」

 2番は語り始めた。

「『アーテヌ』の思想に共感したのは、誰もが等しく教育を受ける機会が与えられることを教育者として望んでいるからだ。この国では非魔力保持者はもちろん、身寄りのない者や貧しい者への教育体制が十分とはいえない。適切な教育が世の中を豊かにする。そう信じている」

 ここが講演会場なら拍手を浴びていたかもしれないくらいに立派な内容だ。しかしこの場で熱心に頷いていたのは5番と1番の人物だけ。

「では次はわたくしが」

 その5番のプレートの人物がそっと手を挙げた。

「わたくしはとある貴族、とまでお伝えしておきましょう。わたくしは、弱き者に救いの手を差し伸べるのが、恵まれた貴族たる者の務めだと思っております。だから『アーテヌ』に入りましたわ」

 こちらを見つめてそう言った。 

「5番にならってぼくも、とある会社の社長とだけ明かしておくよ。ぼくとしては、多種多様な人材に働いてほしいと思ってる。その方が人も会社も成長すると思うんだ。だから、今の社会が変わってくれるといいなって気持ちで『アーテヌ』を応援している」

 そう流暢に語ったのは1番のプレートの人物だ。

「はあ、皆さん丁寧なこった」

 ふんぞり返るように座っていた3番の人物が呆れたように首を振った。

「俺ぁな、物書きだ。反体制派のな。そう言ったら特定されちまうか? 別に俺としてはどうでもいいんだが。俺のペンで世界をひっくり返す。そんなことがやりたくてな、こいつらの思想に乗っかってるだけだ」

 そう言い捨てると、すぐに青い空間に沈黙が生まれた。


 彼らが語ったことは自分にとっては実に理想主義的で、3番に至っては利己主義的で、特別感じ入るものもなかった。


 あと何も語っていないのはエンデを除いて4番の人間だ。

 なぜだかずっと、肩身が狭そうに座っている。


「4番さん? この流れで何も言わないはなしですよ」

 エンデが笑顔で圧をかける。

「お、俺は……」

 消え入りそうな声で話し始めた4番だが、途中で咳払いをして居住まいを正した。

「……俺の妻は、“杖無し”だ。後天性の。俺は妻が、もっと堂々と生きていけるような世の中にしたい。だから──ここにいる」


 4番を改めて見た。

 なぜだろう。顔も声もわからず、今語った情報で結びつくものはないのに、なぜだか知っている人のような気がした。


「最後ですみません。僕のことはもちろんご存知でしょうが、エンデと申します」

 エンデがいやに礼儀正しく名乗った。

「僕は『アーテヌ』本部の人間で、西部地区の取りまとめ的なことをやっています。あ、ちなみにここにいる方々は、いちおう西部地区の幹部ですから」

「いちおうとは失礼だね」と1番から不満の声が上がったが、エンデは無視をして続ける。

「さて、軽く紹介も終わりましたし、本題に入りましょうか」

 やっとかよ、と3番の文句が聞こえた。


「──本日はですね」


 エンデは表情をすっと変えた。

 たまにこいつが見せる、年齢にそぐわない雰囲気を纏った冷徹な目だ。


「こんな貴重な方にお越しいただきましたので、近況報告ではなく、4か月後に実施される国会議員選挙を見据えた我々の活動方針について話し合えればなと思っております」


 ──選挙?


 嫌な響きを伴うその単語に、眉をひそめた。

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