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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第九章 第2節
207/220

2 仮面


 青い空間。


 鮮やかな青ではなく、海の深いところのような、暗く、濃い青だ。空気はひんやりとしている。

 なぜだか視界がぼやけている気がする。

 目を擦ってみたが、特に変わらない。

 

「──カギモトさん?」

「うわっ」

 すぐ後ろからの聞き慣れない声に、小さな悲鳴が出た。かなり神経質になっている。

 振り返る。背後に人がいる。

 しかし、その人物の輪郭も水に滲んでいるようにおぼろげだ。


「な……」

「あはは、すみません」


 その人物は何かを顔から剥ぐような仕草をした。

 ふわふわと軽い赤毛、そして同じ色の瞳。

 急にピントが合ったかのようにその姿が鮮明になる。


「エンデ……?」

 はいっ、とエンデは嬉しそうに返事をした。

「来てくださってありがとうございます。早いですね。あ、これは認識阻害の仮面ですよ」

 エンデは独特な紋様が描かれたアイマスクを見せた。

「一応ですね、参加者皆さんつけてるんです。僕は立場上、この中では外しますが」


 “皆さん”


 言われてもう一度青い空間を見回す。さっきよりも少しはっきりして見えた。


 藍色の絨毯に、窓のない部屋。蝋燭ほどの仄かな青の灯りがぐるりと壁に掲げられている。

 部屋の中央には丸い机。円卓だ。卓の真ん中に水色の花が活けられている。

 円卓を囲む椅子が……6脚。その椅子の位置に合わせて、円卓の上には1から6までの数字が書かれたプレートが置かれている。


 2人、既に椅子に座っていた。顔をこちらに向けているが、先ほどのエンデのように姿があやふやだ。男か女かもわからない。エンデと同じ仮面をつけているようだが、何者なのだろうか。

 染み付いた習慣か、何となく目礼をすると、向こうも浅く頭を下げた。


「あ、まだ他の方はこれから来ます。自己紹介はその後で」

 皆さんのんびりなんですよね、とエンデは溜息混じりだ。

 「じゃあカギモトさんはどうぞこちらに」と円卓から外れた、壁際の木製椅子を勧められた。勧められたので、座る。座面は固く、座り心地はよくない。


「皆その仮面をつけるんだろ。俺はいいのか、このままで」

「申し訳ないんですけど、魔力がないとつけられないんですよね、これ」

 エンデは仮面を団扇のように扇ぐ仕草をする。

「それにカギモトさんが隠れちゃ全然意味ないので」

「……」

「大丈夫ですよぉ。見世物みたいにするわけじゃありませんから」


 と言われても、こちらの素顔だけ明らかにされるのはいい気がしない。

 不満が顔に出ていたのだろう。

「いろいろな方がいるんで」とエンデは無駄に近くで耳打ちした。

「立場上、思想団体に属してるって大っぴらにしたくない方がほとんどなんです。どうかご理解ください」


 確かに、フー・ミンチェンだって北部遺跡管理事務所の所長だ。他にも、重要な地位にある人物なんかも名を連ねている、ということだろう。


 そうこうしているうちに1人が入ってきた。

 もちろん容姿は認識できない。こちらを一瞥するだけで何も言わずに視線を外し、すっと空いている席についた。


 エンデが腕時計を見ているとさらにもう1人が来た。そのなにがしかはしばらく、何かあるのかと気になるくらいにこちらをじろじろと眺めていたが──エンデに促されてようやく座った。

 やはり見世物のようだ。居心地の悪さに胃がざわざわと落ち着かない。

 


 最後にエンデが空いた椅子に向かい、座らずに立つ。

 そこがエンデの場所らしく、6つの席はすべて埋まった。

 

「さて、皆さんお集まりいただきありがとうございます。定刻……を少し過ぎましたが」


 この場を取り仕切るように、エンデが室内の面々をゆったりと見渡す。


「これよりはじめさせていただきますね」

 

 いつものエンデらしい口調で、朗らかに開始を宣言した。


 

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