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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第九章 第2節
206/220

1 扉

第九章第1節「平等派アーテヌ編」の続きになります。

 国立西部図書館は、たぶん3年くらい前に一度来た事があるだけだ。


 国が所有する小高い丘の上の広い土地に、博物館、美術館と共に建っている。どれも元は大貴族の城とそれに付随する建物だったらしい。

 壁にも柱にも彫刻が施された豪奢な造りだ。外壁に掲げられたカノダリア国の重たげな国旗が、乾いた風に揺らめいている。


 手には『アーテヌ』の白いカードを隠すように握り締めていた。


“そちらを国立の図書館の梟に見せていただければご案内いたします”


 エンデから詳しい説明は聞いていないが、北部遺跡管理事務所の所長、フー・ミンチェンはカードについて確かそんなことを言っていた。


 装飾の豪華な入口から足を踏み入れる。

 自分の知る図書館らしい古びた紙の匂いはない。

 前に来た時も思ったが、天井に届くほどの高い本棚が何列も並んでいる様は圧巻だ。

 この広い館内の、どこに行けばいいのかと辺りを見回したがよくわからない。


 柱の脇には各社の新聞が備えられたコーナーがある。例の“杖無し”による殺人事件についての記事の見出しが目に入った。

 規模が大きいだけあって、この図書館には来館者が多い。そして、その分“杖無し”への視線も感じる。驚きや、嫌悪、敵意のある視線だ。

 しかし気になどしてはいられない。


 きょろきょろしているとどこからともなく灰色の梟が飛んできて、近くの止まり木に降りた。

 小首を傾げて自分を見下ろす。その首には細い金の首輪。

 図書館梟と呼ばれる図書館の案内役だ。館内の道案内はもちろん、探している本を持ってきてくれたりもする。魔導機械も発達している世界なのに、妙なところでファンタジーというかアナログなところがあるな、などと思う。


 ……緊張しているのか、どうでもいいことを考えてしまう。


 何となく周囲に注意しながら、手の中のカードを梟に見せた。

 知性を宿した静かな瞳でそのカードを一瞥したかと思うと、梟はすうっと飛び始めた。先導するようにゆっくりと、こちらを振り返りながら建物の端へと向かっていく。

 ひとまずは後を追う。

 

 梟が向かったのは観葉植物が並ぶ建物の壁、奥に廊下が伸びている。廊下の入口を塞ぐように、『関係者以外立入禁止』の立札が置かれていた。

 梟は構わずその廊下へと飛んでいく。

 職員がうろついている様子はない。再度辺りを見回して、梟についていった。


 壁に突き当たった。

 通路は左右に伸びている。が、梟は、壁の上の方の燭台らしい出っ張りに止まり、俺を見下ろしていた。

 不思議に思い、再度壁に視線を戻すと、目の前にはドアノブのついたごく普通の扉があった。

 ぞくりとする。さっきまで無かったはずだが。


 恐らく……西部遺跡管理事務所の地下の自室と同じ、認識を阻害する魔法が施された入口だ。このカードを持ち、図書館梟に案内された者にしか見えない。


 梟は、ほう、と啼いた。進めと言われているようだ。


 この先が、平等派『アーテヌ』の集会場所。


 本当に──進んで大丈夫だろうか。


 ここにきて急に不安が顔を出す。

 まさか取って食われるようなことにはならないとは思うが。


 この先に足を踏み入れれば何かが決定的に変わってしまうような、そんな予感もあった。いや、それは怖気が自分を足止めしようとしているだけか。


 乾いた口の中で、僅かな唾を飲み込んだ。


 ティーバやトレックを切り捨てて……そう自分で表すのには抵抗があったが、本気で他人を心配してくれるようないいやつらを誤魔化して振り払って、ここに来た。

 諦めたようなティーバの受け答え、トレックの無表情を思うと心が冷たく強張る。


 後悔はしていない。けれども。


 “また来週ですね”とソナは言った。



──そうするだけの価値が本当に、この先に。



 梟が再び小さく啼いてはっとする。

 早く行けと急き立てられている。



 後ろを振り返りかけて、やめた。



 価値はある。

 自分が疑ってどうする。

 答えは初めから決まっていた。

 迷う必要などない。

 


 ここに突っ立っているのを誰かに見られると不審に思われるだろう。ただでさえ、“杖無し”は警戒されている。

 


 やけに冷たいドアノブを掴み、扉を押し開けた。


 

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