37話 道端の義理
ガレオンの街並みに圧倒されながらも、俺とロカルドはまず冒険者ギルドへと向かうことにした。目指すは街の中心部だ。
だが、その道中、街の外れに差し掛かったところで、俺たちは異様な喧騒に気づいた。獣の唸り声と、人の悲鳴が混じり合ったような、不穏な音だった。
街道の脇、木立に隠れるようにして、数台の荷馬車が停まっている。馬が怯えたように鼻を鳴らしている。その周囲を、複数の魔物――犬に似た体躯に、赤黒い体毛を持つ個体たちが取り囲んでいた。牙を剥き出して、獲物を狙う目でじっと見つめている。
「商隊が襲われてる!」
ロカルドが即座に反応して、剣を抜いて走り出した。俺もすぐさま後を追った。
荷馬車の陰には、数人の商人らしき男女が身を寄せ合って、怯えた様子で震えている。既に一台の荷馬車の車輪が壊されて、積み荷が地面に散乱していた。布の袋が破けて、中身がこぼれている。
「加勢する! 少し待ってろ!」
ロカルドが叫んで、魔物の群れに突っ込んでいった。
ロカルドの声に、商人たちが驚いたようにこちらを見た。助けが来たことに、まだ信じられないといった顔だ。
俺はすぐに『磁極付与』を発動する準備を整えた。
周囲には、都合よく街道の敷石――鉄分を多く含んだ石が転がっている。ガレオン周辺は元々、鉱物資源が豊富な土地らしい。
スキルがバレないようにとまず手に持って、振りかぶる。自然な動作で、石を投げるふりをする。
「『磁極付与』、『磁極付与』」小さい囁き声で詠唱して、スキルを発動する。
小さい囁き声でもスキルが発動するのか心配だったが、ちゃんと反応してくれた。安堵する。
複数選択で発動した磁力が、敷石を巻き上げて、魔物たちへと撃ち込んでいく。
一匹、また一匹と、悲鳴を上げて倒れていく魔物たち。
数は多いが、個体としてはそれほど強くはない。ロカルドもまた、剣を振るいながら着実に数を減らしていった。
村での戦闘経験の積み重ねもあって、この程度の魔物なら、二人がかりであればものの数分で片が付いた。
...
..
.
全ての魔物を退けた後、荷馬車の陰に隠れていた商人たちが、恐る恐る姿を現した。まだ震えが止まらない様子だ。
「た、助かりました……!」
先頭に立っていた、恰幅の良い中年の男が、深々と頭を下げた。
「あんな数の魔物に囲まれて、もう駄目かと思っておりました」
「間に合って良かったです。お怪我は?」
俺が聞くと、男は首を振った。
「幸い、皆無事です。あなた方のおかげだ」男は、改めて感謝の言葉を口にした。
男は改めて名乗った。名刺代わりに、小さな商会の徽章を見せた。
「私はダリオと申します。ガレオンで手広く商いをしております」
「俺はもちづ……アオイ・モチヅキです。こちらはロカルドさん」
「アオイさん、ロカルドさん……いや、本当に助かりました」
ダリオは、荷馬車の被害状況を確認しながら、感謝の言葉を重ねた。手際よく状況を把握している。
「その荷馬車は……」
「壊れた車輪はガレオンで修理できます。積み荷も、幸いほとんど無事なようです」ダリオは、壊れた車輪を指差して、そう言った。
「それは何よりです」
ダリオは俺たちの姿を、改めてしげしげと観察した。商人らしい、値踏みするような目だ。
「失礼ですが、あなた方、ガレオンには初めていらっしゃるので?」ダリオが、尋ねてきた。
「はい、アオイは初めてです。俺は昔、この街に住んでいたことがあります」
「なるほど……アオイさん、といいましたか。あなたの戦い方、少々尋常ではありませんでしたな」ダリオの目が、鋭く光った。
ダリオの目に、商人らしい鋭い観察眼が光った。
「いえ、大したことでは」俺は、曖昧に笑って、ごまかした。
「ご謙遜を。ただ石を投げただけであの魔物を倒せるわけがないでしょう」
……またやらかした。目立ちすぎた。
ロカルドの呆れた視線が痛い。
その後、ダリオは俺たちをガレオンの街まで案内すると申し出てくれた。
馬車の修理を後回しにして、ということらしい。
「せめてものお礼です。それに、私の店にも、一度お立ち寄りください。商売人としての義理もありますのでな。ガレオンの様々な情報を、お伝えできるかと思います」
「情報、ですか」
「ええ。商売柄、色々な話が耳に入ってきますのでね」
ロカルドが、俺の方をちらりと見た。この提案に乗るべきか、判断を委ねているようだった。俺は小さく頷いた。
「ありがたいお申し出です。よろしくお願いします」。
こうして、思わぬ形でダリオという商人との縁ができた。
街道を歩きながら、ダリオは道中、ガレオンの街の様子や、最近の情勢について、少しずつ話してくれた。
「最近は、国境付近の魔物の動きが少し気になりますな。大きな脅威というわけではないのですが。まあ、直接ガレオンに影響が出るような話ではないと思いますが」
「そうなんですか」
ダリオとの会話を交わしながら、俺たちはガレオンの城壁へと近づいていった。
街道を歩きながら、ダリオはさらに続けた。
「実は、ここ最近、隣国からの輸入品の流通が滞っておりましてな。商売人としては、頭の痛い話です。国境付近の情勢が、少しずつ商売にも影響し始めているのです」
「情勢、というと?」
「詳しいことは分かりませんが、魔物の目撃情報が増えている、とだけ。噂では、大きな魔物の群れが動いているらしいとか。まあ、商人としては、あまり深入りしたくない話ではありますが」
その言葉に、俺とロカルドは顔を見合わせた。
俺は、女神の言っていたことをロカルドにも伝えてある。
女神の言っていた、魔王軍――それが、侵攻を始めようとしているのかもしれない。
そこそこ情報通らしいダリオとは、関係を保っていたいと思った。今後のためにも。
「もし何か分かれば、また教えてください」
「もちろんです。持ちつ持たれつ、というやつですな」
ダリオは朗らかに笑い、それ以上は世間話に終始した。
ダリオと別れ際、名刺代わりの小さな木札を渡された。彫られた文字は、ダリオの店の名前だ。
「私の店の場所です。いつでもお立ち寄りを」
という言葉と共に受け取ったそれを、俺は大切に懐へしまった。
その後、俺はロカルドにたっぷり説教された。




