35話 ゆびきりげんまん
出発の日、村の門の前には、思っていた以上に多くの村人たちが集まっていた。
正直にいうと、かなり驚いた。
「アオイ、道中気をつけてな」
「元気で行ってこいよ」
次々とかけられる声に、少し照れくさくなる。
最初はよそ者として警戒されていたはずのこの村で、今ではこんなにも多くの人に見送ってもらえる。その事実だけで、この村に来て良かったと、改めて実感する。
「アオイお兄ちゃん!」
ミルクが真っ先に駆け寄ってきた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「泣くなよ、また戻ってくるんだから」
「本当に? 絶対戻ってくる?」
「ああ、約束する」
小指を差し出すと、ミルク首を傾げた。
「どうしたの?」
「俺の故郷では、約束をする時には小指をこう絡めるっていう風習があるんだ」
「何それ、面白い!」
ミルクは涙を拭いながら、その指に自分の小指を絡めた。
「約束だからね!」
「うん」
その素直な想いに、胸が温かくなると同時に、少しだけ切なさも感じた。
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「アオイ!」
ブロアが、大きな包みを持って近づいてきた。
「これ、頼まれてた旅の道具一式だ。ガレオンに着いたら、必要になるはずだ」
「ありがとうございます、ブロアさん」
「それと、これ」
ブロアが差し出したのは、以前作ってもらった専用の小剣と、命核を仕込んだナイフだった。
「手入れは怠るなよ。それに――」
ブロアが少し照れくさそうに続ける。
「困ったことがあったら、いつでも手紙をよこせ。俺なりに、できることをしてやる」
「はい、必ず」
村長も最後に、改めて声をかけてくれた。
「アオイよ、道中の無事を祈っておる。何かあれば、いつでもこの村を頼れ」
「はい、ありがとうございます」
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見送りの最後、ギースが少し寂しそうな顔で言った。
「防衛の仕事、俺が引き継いでおく。お前がいない間も、この村は俺が守る」
「ギースさん、頼りにしてます」
「任せろ。それより、お前こそ気をつけろよ。ガレオンは、この村とは違う。油断するなよ」
「はい」
ロカルドが最後に、旅支度を整えた姿で隣に並んだ。
「よし、行くか」
「はい」
村人たちの見送りを受けながら、俺とロカルドは村の門を出た。
振り返ると、レニス村の柵と、そこに集まる人々の姿が、夕日に照らされて温かく見えた。
一度だけ振り向いた後、俺は前を向いて歩き出した。
村の門が見えなくなるまで、俺は何度も振り返った。
そのたびに、まだ手を振り続けている村人たちの姿が見えた。この村で過ごした日々が、決して短くはない時間だったことを、改めて実感する。
「寂しいか?」
隣を歩くロカルドが、静かに聞いてきた。
「はい、正直言うと」
「それでいい。大切な場所ができたってことだからな」
ロカルドの言葉に頷きながら、俺は改めて前を向いた。
初めての、村の外への長い旅が、こうして始まったのだった。
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街道に出てしばらく歩くと、村の気配はすっかり遠ざかっていた。
周囲には、これまで見たことのない広い草原が広がっている。風が草を揺らし、遠くには低い山々が霞んで見えた。
「この辺りは、比較的安全な地域だ。魔物の出現率も低い」
ロカルドが周囲を見渡しながら説明してくれる。
「村の周りの森とは、随分雰囲気が違いますね」
「ああ、あの森は特別なんだ。だからこそ、あんな強力な魔物が湧いていたわけだしな」
なるほど、と俺は納得した。と同時に、憤った。
あの女神、そんなところに俺を放り出したのか……!
あの森での戦いから始まった俺の異世界生活も、こうして少しずつ舞台を広げていっている。
草原を抜ける風を感じながら、俺は改めて、この旅への期待を胸に歩みを進めた。
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昼過ぎ、街道脇に小さな泉を見つけ、そこで休憩を取ることにした。
澄んだ水を手で掬い、喉を潤す。前の世界の水道水とは違う、自然そのものの味がした。
「ここまで来れば、明日には中継の集落に着くはずだ」
ロカルドが地図を確認しながら言う。
「思ったより順調ですね」
「ああ、お前がいるおかげで、魔物の対処に時間を取られずに済んでるからな」
その言葉に、少し誇らしい気持ちになる。
比較的魔物が少ないとはいえ、たまに魔物は出る。だが、それは俺が片っ端から蹴散らしたのだ。
休憩を終え、再び歩き始めると、夕暮れ時の空が茜色に染まり始めていた。この世界の夕焼けは、前の世界のものよりも、どこか鮮やかに感じられる。
そんな景色を眺めながら、俺たちは黙々と歩みを進めていった。
夜、野営の準備をしながら、ロカルドが持ってきていた干し肉を分けてくれた。
「村の保存食だ。お前も味には慣れてるだろう」
「はい、懐かしい味です」
焚き火を囲みながら食事を取っていると、ふと空を見上げたロカルドが呟いた。
「星が綺麗だな」
「ですね」
村で見た星空と同じはずなのに、旅の途中で見るそれは、どこか違って見えた。同じ景色でも、状況や心境によって、こんなにも印象が変わるものなのかと、少し不思議な気持ちになる。
「明日には中継の集落に着く。そこで一泊して、翌日にはガレオンだ」
「いよいよですね」
「ああ。気を引き締めていけよ」
その言葉に頷きながら、俺は改めて、これから始まる新しい生活への期待を胸に抱いた。
その後、俺は日付が変わるまでずっと虫の羽音に眠りを邪魔された。




