33話 語られる傷
翌日、俺は改めてロカルドを訪ね、以前聞きかけていた「ガレオンの冒険者ギルド」についての話を詳しく聞くことにした。
「ロカルドさんが、昔ガレオンの冒険者ギルドにいたって話、詳しく聞かせてもらえますか?」
「ん、興味あるのか」
「はい。もし外の世界を見てみるなら、知っておきたくて」
ロカルドは椅子に腰掛け、懐かしむような表情を浮かべた。
「俺がガレオンにいたのは、もう十年以上前の話だ。若い頃、腕試しのつもりでギルドに登録してな」
「どんな依頼をこなしてたんですか?」
「最初は雑用みたいなもんだったよ。薬草採取とか、荷物運びとか。ランクが上がるにつれて、魔物討伐の依頼も増えていった」
ロカルドの話によると、ガレオンの冒険者ギルドには、いくつかのランク制度があるという。
最低ランクから始まり、実績を積むごとに昇格していく仕組み。依頼の内容も、ランクによって難易度が変わってくるらしい。
「ガレオンって、どれくらい大きい街なんですか?」
「この村とは比べ物にならんくらいだ。人口も多いし、店も多い。物価は高いが、その分、稼ぐ手段も多い」
村しか知らない俺にとって、その話は想像するだけでも新鮮だった。
「なんで、ガレオンを離れてこの村に来たんですか?」
ふと気になって聞くと、ロカルドの表情が少し曇った。
「……昔、仲間を亡くしてな」
「……」
「無茶な依頼を受けて、仲間の一人が命を落とした。それ以来、都会での冒険者稼業が嫌になってな。この村に戻って、自警団として静かに暮らすことにしたんだ」
初めて聞く、ロカルドの過去。
これまで頼りになる存在としてしか見ていなかったロカルドにも、そんな痛みを抱えた過去があったのかと、改めて気づかされる。
「すみません、辛いことを聞いてしまって」
「いや、いいさ。もう随分昔のことだ。それに――」
ロカルドが、優しい目で俺を見た。
「お前がガレオンに行くなら、俺の知ってることは全部教えてやる。同じ過ちを、お前には繰り返してほしくないからな」
「ありがとうございます」
その言葉に、俺は改めて、ロカルドという人の懐の深さを実感した。
「ギルドの仕組み以外にも、知っておいた方がいいことがある」
ロカルドが真剣な表情で続けた。
「ガレオンは、カストール伯爵家が治めている土地だ。伯爵家との付き合い方には、気をつけた方がいい」
「伯爵家、ですか」
「ああ。あの家は、権力欲の強い連中も一部いる。特に、伯爵の息子――名前は確か、ヴィントとか言ったか。あまり評判の良くない人物だと聞いたことがある」
初めて聞く名前に、俺は密かに記憶に刻んでおいた。
「色々教えてくれてありがとうございます。もう少し、考えてみます」
「ああ、焦る必要はない。お前が決めた道を、俺は支持する」
ロカルドの言葉を胸に、俺はガレオンという街への理解を、少しずつ深めていった。
...
..
.
その晩、家に戻ってからも、ロカルドから聞いた話が頭から離れなかった。
ギルドのランク制度、街の規模、伯爵家との関係。全てが、この村での暮らしとは全く違う世界の話だ。
同時に、ヴィントという名前が、妙に引っかかっていた。評判の良くない人物、という一言だけだが、なぜか胸騒ぎがする。
まだ会ったこともない相手だが、いずれ何らかの形で関わることになるのではないか――そんな漠然とした予感を覚えながら、俺はその夜、なかなか寝付けなかった。
...
..
.
翌日、俺は改めてロカルドに、ガレオンでの生活面についても質問をぶつけた。
「宿とか、食事とか、そういう生活面はどうなってるんですか」
「宿は、金さえ払えばどこでも泊まれる。ただ、質はピンキリだ。安宿は治安が悪いこともあるから、ある程度きちんとした宿を選んだ方がいい」
「お金、ですか。俺、この世界のお金の感覚、まだよく分かってないです」
正直に言うと、ロカルドは苦笑した。
「まあ、そこは実際に街で暮らしてみりゃ分かる。冒険者として稼げば、生活には困らないはずだ」
「頑張ります」
「お前ならすぐに慣れるさ。何せ、あの化け物みたいな魔物どもを相手にしてきたんだからな」
からかうように言われ、俺も思わず笑ってしまった。
こうしたやり取りを重ねるたびに、ガレオンでの新しい生活への不安が、少しずつ和らいでいくのを感じていた。
その晩、ロカルドの話を聞き終えた後、俺は改めて自分の荷物を確認した。
旅に必要な最低限の道具、専用の武器、そしてブロアが用意してくれた保存食。全てが揃っていることを確かめると、少しずつ実感が湧いてきた。
本当に、この村を出て、ガレオンへ向かうのだ。
窓の外、夜空に浮かぶ月を見上げながら、俺はこれからの旅への期待と不安を、静かに噛み締めていた。
...
..
.
その後も何日か、俺はロカルドから断片的にガレオンでの生活の知恵を教わり続けた。値切り方、治安の悪い区画の避け方、冒険者同士の暗黙の作法など、村では決して知り得なかった情報の数々だ。
「これだけ聞けば、大抵のことには対応できるはずだ」
「ありがとうございます、ロカルドさん」
「なに、教え子が困らないようにするのは、先輩の務めだからな」
そう言って笑うロカルドの顔には、どこか懐かしむような色が浮かんでいた。
彼にとっても、この旅は昔の記憶を辿る、特別な意味を持つものになるのかもしれない。
今の彼が抱える過去の痛みが、この旅を通して少しでも癒えることがあればいいと、俺は密かに願っていた。
ようやくヴィントの名前を出せた。




