30話 折れる指揮棒
「行くぞ、ギース!」
「おう!」
二人が同時に飛び出し、閉じ込められた魔狼たちへと斬りかかっていく。
「グルルルルッ!?」
魔狼たちが一斉に警戒の唸り声を上げた。だが、その時にはすでに、群れの半数近くが谷の中央部に閉じ込められた形になっていた。
ロカルドが真っ先に飛び出し、剣を構える。ギースもそれに続き、閉じ込められた魔狼たちへと斬りかかっていった。
俺は残りの魔狼――囮に近づかず、谷の入り口付近に留まっていた個体たちに向かって、『磁極付与』を発動する。
「『磁極付与』、『磁極付与』!」
複数選択で発動した磁力が、地面に落ちていた石を一斉に魔狼たちへと撃ち込む。狙いを外さず、確実にダメージを与えていく。
「ギャンッ!」
一匹が悲鳴を上げて倒れた。だが、残りの魔狼たちは、そう簡単には崩れなかった。
「――!」
額に傷のあるリーダー格が、鋭い眼光でこちらを睨みつけている。囮の罠にかかった仲間を見捨てるように、素早く後方へと退いていく。
だが、その退路も、俺が別の場所に仕込んでおいた杭の磁力で塞がれている。
「そっちには逃がさない」
俺は追加で磁力を発動し、リーダーの逃走経路を狭めていく。
閉じ込められた魔狼たちとの戦闘は、思っていたよりも激しいものになった。
知恵が回るだけあって、群れは統率を保ったまま、俺たちの隙を探るような動きを見せてくる。単純に一匹ずつ処理していけば済む相手ではない。
「後ろに気をつけろ!」
ロカルドの叫びに反応し、背後から迫っていた一匹をとっさに避ける。ギリギリのところで、牙が空を切った。
「『磁極付与』!」
その魔狼にすかさず磁力を発動し、動きを封じる。そこへロカルドの剣が突き刺さり、一匹が沈黙した。
こうして、囮の罠にかかった群れを、一匹また一匹と着実に減らしていく。
だが、リーダー格だけは違った。他の個体とは明らかに動きの質が異なり、俺たちの攻撃を巧みに避け続けている。
「あいつ、狙いを絞らせないようにしてるな」
「はい、動きが読みにくいです」
磁場生成でリーダーの体内の鉄分反応を追いながら、俺はそのタイミングを慎重に見計らった。
完全に無防備になる瞬間はない。だが、他の仲間を庇うように動く一瞬、ほんの僅かな隙が見えた。
「――そこだ!」
その隙を突いて、俺は全力で『磁極付与』を発動する。
地面に仕込んでいた最後の杭が、リーダーの足元で強く反応し、その動きを一瞬完全に止めた。
「今だ、ロカルドさん!」
「おう!」
ロカルドの剣が、リーダーの首筋に深く突き刺さる。
断末魔の咆哮を上げながら、リーダー格の魔狼はその場に崩れ落ちた。
リーダーを失った瞬間、残りの魔狼たちの統率が明らかに乱れた。
これまでの統制の取れた動きが嘘のように、個々がバラバラに逃げ惑い始める。
「今のうちに畳み掛けるぞ!」
全員で残りの魔狼たちを追い詰め、ものの数分で全ての個体を仕留めることができた。
...
..
.
「……やったな」
全ての魔狼が沈黙した後、ロカルドが安堵の息を吐いた。
全身に返り血を浴びながらも、大きな怪我をした者はいない。
「作戦、成功ですね」
「ああ、お前の考えた囮作戦のおかげだ」
村に戻ると、村長をはじめ村人たちから盛大な歓迎を受けた。
「知恵の回る魔狼の群れを、村人だけで討伐したというのか……」
「アオイの作戦のおかげです。俺一人じゃ、こうはいかなかった」
ロカルドの言葉に、村長は深く頷いた。
「アオイよ、お前は正式に、この村の『守り手』として認めよう」
その言葉に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
この村に来てから積み重ねてきたものが、確かな形として認められた気がした。
同時に、これから先も、この村を守り続けていきたいという想いが、より一層強くなっていった。
...
..
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その夜、俺はブロアの工房で、簡単な祝いの席を設けてもらった。
村長やロカルド、ギースも顔を出し、質素だが温かい食事を囲む。
「しかし、知恵の回る魔物相手にあの作戦、よく思いついたな」
ブロアが感心したように酒――といっても、この村で作られた薄い果実酒だが――を注ぎながら言う。
「前の世界の知識が、少し役に立っただけですよ」
「前の世界、か。お前さんの故郷には、こんな知恵比べみたいな戦い方が普通にあったのか?」
「まあ、似たようなものはありました」
詳しくは語れないが、罠猟や、動物の習性を利用した狩りの手法など、前の世界で読んだ知識が、思わぬ形で役に立った。異世界に来てまで、あの雑多な知識が生きるとは思わなかった。
「アオイ、乾杯といこうか」
ロカルドが杯を掲げる。
「今回の勝利に。それと、これからも続く、この村での日々に」
「乾杯!」
全員の声が重なる。粗末な果実酒だったが、この夜ほど美味いと感じたことはなかった。
窓の外には、静かな夜の村が広がっている。今夜はもう、魔物に怯える必要はない。
その安堵と喜びを噛み締めながら、俺はこの村での日々が、もう少し長く続いてほしいと、心のどこかで願っていた。
…
..
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宴もお開きになった頃、村長が俺を呼び止めた。
「アオイよ、少しいいか」
「はい、何でしょう」
二人きりになった部屋で、村長は静かに切り出した。
「今回の作戦、見事だった。だが、これで終わりではないぞ」
「……と、言いますと?」
「お前のような力を持つ者は、いずれもっと大きな出来事に巻き込まれる。わしは、そう感じておる」
村長の言葉には、これまでにない重みがあった。
「今はまだ、この村の中だけの話だ。だが、いつかお前は、この村を出て、もっと広い世界と関わることになるだろう」
「……そうかもしれません」
正直、俺自身もそれを薄々感じていた。ゲルドという行商人の存在、噂の広がり、そして何より、あの女神への復讐という目的。この村での穏やかな日々が、永遠に続くわけではないことは分かっている。
「だが、それがいつであっても、この村はお前の帰る場所だ。それだけは、忘れないでほしい」
その言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます、村長」
静かな夜、村長の言葉を胸に刻みながら、俺は自分の家へと戻っていった。




