28話 収束、縮小。
作戦決行の前日、俺は工房にこもって囮作りに没頭していた。
ブロアが用意してくれた鉄の塊に、家畜小屋から譲ってもらった羊の毛皮を巻きつけ、さらに匂いをつけるための工夫を施す。
「これで、遠目からは本物の羊に見えるはずです」
「近くで見りゃバレるだろうが、暗がりでの一瞬なら十分騙せそうだな」
ブロアが囮を持ち上げ、感心したように眺める。
「問題は、この囮にどう仕掛けを施すか、ですね」
俺は囮の内部に埋め込む形で、小さな鉄片を仕込んだ。これに『磁極付与』でN極を刻んでおき、周囲の地面――あらかじめS極を付与しておいた岩や杭――と連動させる。
魔狼が囮に近づいた瞬間、俺が遠隔で磁力を発動させれば、周囲の地面や岩が一斉に動き、退路を塞ぐことができるはずだ。
「よし、これで四体分の囮が完成だな」
ブロアが額の汗を拭いながら言う。三日間、二人がかりで作り続けた囮が、ようやく形になった。
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翌日の夕方、俺たちは谷間へと向かった。
参加するのは、俺、ロカルド、ギース、そしてブロアの四人。ブロアは戦闘の専門ではないが、囮の設置や細かい調整のために同行してくれることになった。
「囮の配置は、谷の入り口付近に三体、奥に一体、でしたよね」
「ああ、そうだ。奴らが入り口から来ると仮定して、奥まで誘い込む形にする」
ロカルドの確認に頷きながら、俺は囮を一体ずつ、指定の位置に設置していく。
周囲の岩には、あらかじめ『磁極付与』でS極を刻み込んでおいた。準備は万全のはずだ。
「あとは、奴らがここに来るのを待つだけ、か」
ギースが緊張した面持ちで呟く。
日が完全に落ちる頃、俺は薄く磁場生成を展開し、周囲の反応を探り始めた。
この磁場生成、実はかなり魔力を消費するのだが、そうなる前にちょくちょく魔物を倒し、レベルアップすることで回復させている。
しばらくすると、遠くに複数の金属反応――魔狼たちの体内の鉄分――が感知できた。
「来ます。数は……七匹、揃ってます」
「いよいよか」
全員が身を潜め、息を殺す。
魔狼の群れが、谷間の入り口に姿を現した。夜目にも鋭く光る目が、こちらの様子を窺うように動いている。
群れは、しばらく入り口付近で警戒するように動きを止めていた。
やはり、単純にすぐには近づいてこない。知恵の回る相手だという証拠だ。
「動かないな……」
「囮に、何か違和感を覚えてるのかもしれません」
だが、しばらくすると、リーダー格と思われる額に傷のある個体が、一歩ずつ慎重に囮へと近づいていった。他の個体は、その動きを見守るように待機している。
「まだだ、まだ引きつける」
ロカルドが小声で言う。
リーダーが囮に鼻を近づけ、匂いを確かめるような仕草を見せた。そして――警戒しながらも、他の個体に何かを合図するように鳴いた。
その合図で、群れ全体が谷の奥へと進み始めた。
「――今だ!」
俺は磁力を一気に発動させた。
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発動の瞬間、心臓が激しく脈打つのを感じた。
これまでの戦闘は、基本的に俺一人で完結するものが多かった。だが今回は、ロカルドとギース、二人の命を預かる形での作戦だ。もし磁力の発動タイミングを誤れば、二人を危険に晒すことになる。
「頼む、上手くいってくれ……」
祈るような気持ちで、俺は感覚を研ぎ澄ませた。
仕込んでおいた杭と岩、その全てのS極とN極の配置を、頭の中で正確になぞる。囮に近づいた魔狼を中心に、退路となる岩を確実に引き寄せなければならない。
これまで培ってきた『磁極付与』と『磁場生成』の経験が、今この瞬間のために積み重なってきたのだと、不思議な実感があった。
単なる戦闘用のスキルとしてだけでなく、こうして仲間と連携するための「道具」として使えることに、俺自身も新しい可能性を感じていた。
息を止め、意識を研ぎ澄ませたその一瞬――谷間の空気が、確かに変わったのを感じた。
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磁力が発動する直前、俺の脳裏には、これまでの戦いの記憶が一瞬だけ蘇っていた。
初めて森で狼と対峙した時の恐怖。独眼巨人と戦った時の緊張。スライムに殺されかけた絶望。
あの頃はただ生き延びることに必死だった。だが今は、村の仲間たちを守るために、自分の意志でこの場に立っている。
その違いを噛み締めながら、俺は磁力の発動タイミングを見極めた。
囮に近づいた魔狼たちの動き、リーダー格の警戒の様子、周囲の仲間たちの位置――全てを一瞬で頭に描き、最も効果的な瞬間を選び取る。
ロカルドとギースの位置も確認した。二人とも、既に臨戦態勢で息を潜めている。
この一手が、全ての明暗を分ける。
そして――。
「――今だ!」
その掛け声と共に、俺は蓄えていた全ての磁力を解き放った。
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磁力が解放された瞬間、視界の端で岩々が唸りを上げて動き出すのが見えた。
まるで生き物のように、S極とN極の反応に従って引き合い、囮に近づいていた魔狼たちを取り囲む形で退路を塞いでいく。
その光景を目の当たりにしたロカルドが、小さく息を呑む音が聞こえた。
「これが……お前の力の全容か」
「まだ、これで全部じゃないですけどね」
軽口を叩く余裕はなかったが、それでも、この一撃が上手くいったという確信は持てた。
閉じ込められた魔狼たちが激しく暴れ回る。だが、退路を完全に塞がれた以上、そう簡単には抜け出せないはずだ。
「行くぞ、ギース!」
「おう!」
二人が同時に飛び出し、閉じ込められた魔狼たちへと斬りかかっていく。
俺もまた、残る魔狼たちへの対処に意識を向けた。まだ戦いは始まったばかりだ。
夜の谷間に、剣戟の音と魔狼の唸り声が響き渡る。緊張で喉が渇いていくのを感じながらも、俺は次の一手を考え続けていた。




