28話 囮に仕込む罠
家畜小屋を襲った、知能の高い魔物の群れの正体が判明してから、村では対策会議が開かれることになった。
集会所に、村長、ロカルド、ギース、そしてブロアが集まり、俺も同席する。
「まず、確認だが」
村長が口を開く。
「奴らの数は七匹、で間違いないな?」
「はい。それで間違いありません」
「うち一匹が、明らかにリーダー格でした。額に傷のある個体です」
ロカルドの補足に、村長が頷く。
「知恵の回る魔狼というのは、文献でも読んだことがある。群れ全体で統率を取り、単純な罠には引っかからないという」
「これまでの魔物と同じ感覚で挑めば、返り討ちに遭う可能性があります」
俺の言葉に、場の空気が引き締まった。
「じゃあ、どうする? このまま放っておくわけにもいかないだろう」
ギースの問いに、俺はしばらく考えを巡らせた。
「奴らが賢いなら、逆にその賢さを逆手に取れないかと思うんです」
「逆手に取る、とは」
「例えば……奴らが『これは罠だ』と気づいたとしても、他に選択肢がない状況を作れば、結局は罠にかかるしかない」
単純な罠なら見破られる。ならば、見破られた上でなお踏み込まざるを得ない、そんな二重の仕掛けが必要だ。
「具体的には、どうするつもりだ?」
ロカルドの問いに、俺は自分の考えを整理しながら答える。
「まず、囮を用意します。奴らが襲いやすそうな、家畜のような『獲物』を」
「本物の家畜を囮にするのは危険すぎるだろう」
「いえ、本物じゃなくていいんです。俺の『磁極付与』で、鉄の塊に家畜の匂いをつけた布を巻きつければ、遠目には獲物に見えるはずです」
ブロアが興味を示したように身を乗り出す。
「鉄の塊、ってことは、その囮自体にも仕掛けができるってことか?」
「はい。囮に近づいた瞬間、周囲の地面ごと磁力で拘束できるようにしておけば……」
俺の説明に、村長が感心したように頷いた。
「なるほど、囮であり、罠でもある、というわけか」
「それに、奴らが賢いなら、複数の囮を用意した方がいいと思います。一つだけだと怪しまれる可能性が高いので」
「じゃあ、囮の設置場所はどうする?」
ロカルドが地図を広げながら聞いてくる。
「奴らが移動しているルート上、それも、逃げ場が限られている場所がいいと思います」
「森の中で、そういう場所というと……この谷間辺りか」
ロカルドが地図上の一点を指差す。両側を切り立った斜面に挟まれた、細長い谷だ。
「ここなら、囮に気づいて逃げようとしても、退路が限られる」
「いいですね。ここに複数の囮を配置して、俺と皆さんで挟み撃ちにする形にしましょう」
作戦の骨子が固まっていく中、ギースが手を挙げた。
「俺も参加させてくれ。あの群れを放っておいたら、また村が襲われる」
「もちろんです。人数は多い方が心強いです」
村長が、最後に念を押すように言った。
「くれぐれも、無理はするなよ。特に、ロカルド。お前は魔物に襲われた傷が治ったばかりだ。相手は知恵の回る魔物。予想外の反撃をしてくる可能性もある」
「はい、慎重に進めます」
こうして、俺たちは知恵の回る魔狼の群れを相手にした、初めての本格的な作戦を立てることになった。
これまでのように力任せに突っ込むだけでは通用しない相手。どこまで通用するか分からないが、やってみるしかない。
夜が更けるまで、俺たちは細部の詰めを続けた。
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「囮の匂いづけは、俺に任せてくれ」
ブロアがそう申し出た。鍛冶屋である彼が、家畜の匂いの扱いに詳しいわけではないと思っていたが、意外な特技を持っていた。
「昔、猟師の親父に育てられたんでな。獣を誘き寄せるための匂いの作り方くらいは知ってる」
「それは助かります」
ブロアの手際は、想像以上に確かなものだった。数種類の薬草と羊の脂を混ぜ合わせ、独特の匂いを作り出していく。
「これを鉄の塊に塗り込めば、遠くからでも十分な誘引効果があるはずだ」
感心しながらその作業を見守っていると、ロカルドが地図を広げながら声をかけてきた。
「アオイ、囮を設置する順番についてなんだが」
「はい、聞きます」
俺たちは夜遅くまで、細かい配置や合図の取り方、万が一の撤退経路まで、あらゆる想定を話し合った。
知恵の回る相手には、こちらも徹底した準備で臨むしかない。
窓の外が白み始める頃、ようやく作戦の全容が固まった。
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作戦会議の最後、村長が改めて全員の顔を見渡した。
「今回の作戦、危険が伴うことは分かっている。だが、村を守るためには必要なことだ」
「はい」
「アオイ、お前には特に負担をかけることになる。無理はしていないか?」
村長の気遣いに、俺は首を横に振った。
「大丈夫です。むしろ、俺にできることがあるなら、やらせてください」
「……そうか。ならば、頼む」
村長の言葉に、決意を新たにする。
これまで、村を守るための戦いは、どちらかというと突発的なものが多かった。だが今回は、事前に計画を練り、仲間と連携して挑む、初めての本格的な作戦だ。
部屋を出ると、外はすでに白み始めていた。
「少し眠っておけ。今夜が本番だ」
ロカルドの言葉に頷き、俺は久しぶりに、緊張と期待の入り混じった気持ちで眠りについた。
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昼過ぎに目を覚ますと、ブロアが工房で最後の調整を行っていた。
「おう、起きたか。囮の匂いづけ、もう少しで完成だぞ」
「手伝います」
俺たちは黙々と作業を続けた。羊の脂と薬草を混ぜ合わせ、鉄の塊に丁寧に塗り込んでいく。単調な作業だが、こういう地道な準備の積み重ねが、作戦の成否を左右するのだと分かっていた。
「なあアオイ、正直、怖くないのか? 相手は知恵が回るってのに」
「怖いですよ、もちろん」
俺は正直に答えた。
この世界に来て、過ごして、その上で得た結論だ。
「でも、皆さんと一緒なら、大丈夫だと思えるんです。一人だったら、もっと不安だったかもしれません」
「……そうか」
ブロアが少し嬉しそうに笑った。
「お前がそう思ってくれてるなら、こっちも安心して送り出せるってもんだ」
作業を終える頃には、既に日が傾き始めていた。
そろそろ、時間だった。




