26話 異変
その夜、俺は久しぶりに深い眠りについていた。
結界の設置作業や子供たちとの稽古で、想像以上に疲れが溜まっていたのかもしれない。
だが、その眠りは、けたたましい鳴き声によって破られた。
「グモォォオ!」
悲鳴に近い、家畜の鳴き声。
跳ね起きて窓の外を見ると、村の家畜小屋の方角から煙のようなものが立ち上っているのが見えた。いや、煙ではない。土埃だ。
「――!」
急いで身支度を整え、外に飛び出す。
村の中はすでに騒然としていた。数人の村人が松明を手に、家畜小屋の方へと駆けている。
「アオイ! こっちだ!」
ロカルドの声に応じて駆けつけると、そこには無残な光景が広がっていた。
家畜小屋の柵が半壊し、羊が数匹、姿を消していた。地面には血痕と、引きずられたような跡。
「何があったんだ、これ……」
「分からん。だが、ただの魔物の仕業とは思えん動きだ」
ロカルドが険しい顔で、地面の痕跡を指差す。
「見ろ、この足跡。獣のものだが、妙に規則的だ。それに――」
柵の残骸を見ると、鋭利な刃物で切り裂かれたような跡がある。だが、爪や牙でつけられたにしては、あまりに綺麗な切り口だ。
「これ、爪痕じゃなくて、意図的に切られたような……」
「俺もそう思う。知能の高い魔物の仕業かもしれん」
村の自警団が慌ただしく動き回る中、俺は膝をついて痕跡をよく観察した。
地面に残る足跡は、確かに獣のものに近いが、歩幅が一定で、まるで統率された動きのようにも見える。単独の魔物ではなく、複数の個体が連携して襲撃した可能性が高い。
「村長には?」
「もう知らせてある。今夜は見張りを増やすことになるだろうな」
その夜は、結局それ以上の被害は出なかったものの、村中に緊張が走った。
これまでの魔物とは、明らかに毛色が違う。単純な力押しではなく、頭を使って行動する相手。そう考えると、これまでの戦い方が通用するかどうかも怪しい。
...
..
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翌朝、俺とロカルド、ギースの三人で、改めて現場を検証することにした。
「昨日はよく見えなかったが、明るいところで見ると、また違うものが見えるかもな」
ロカルドの言葉通り、日の光の下で改めて見ると、いくつか新しい発見があった。
まず、柵の破壊跡。よく見ると、複数の異なる大きさの傷が重なっている。つまり、襲撃者は一匹ではない。
「群れ、ですかね」
「かもな。それも、統率の取れた群れだ」
俺は磁場生成を薄く展開し、周囲に残る微かな金属反応――魔物の体内に含まれる鉄分などの反応――を探ってみた。
「……南東の方角に、微かに反応があります」
「南東か。森の奥だな」
「追ってみますか?」
「いや、今すぐは危険だ。まずは村長に報告してから、態勢を整えよう」
ロカルドの判断は妥当だった。相手の正体も戦力も分からない状態で、無闇に突っ込むのは得策ではない。
村に戻る道すがら、ギースがぽつりと呟いた。
「これまでの魔物は、ただ腹を空かせて襲ってくるだけだった。でも、今回のは違う気がする」
「違う、というと?」
「まるで……何かの意図を持って、村を狙ってるみたいな」
その言葉に、俺は言いようのない不安を覚えた。
単なる魔物の凶暴化ではなく、何らかの「意志」を感じさせる襲撃。もしそうだとすれば、これまでとは全く違う種類の脅威に、俺たちは直面していることになる。
「とにかく、警戒を強めよう。夜間の見回りも、人数を増やした方がいい」
「賛成です」
村に戻ると、村長のもとへ向かい、朝の検証結果を詳しく報告した。村長の表情も、これまでにないほど険しいものになっていた。
「知能ある魔物、か……厄介なことになったな」
「はい。慎重に対処する必要があります」
こうして、俺たちは新たな脅威――統率された魔物の群れとの対決へと、足を踏み入れることになったのだった。
…
..
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その日の午後、俺は改めて被害状況を確認するため、家畜小屋の周りを歩いていた。
柵の破損具合や、失われた羊の数を数え直す。三匹が消え、残った羊たちも怯えたように小屋の奥に固まっている。
「大丈夫か、お前ら」
思わず声をかけるが、当然羊たちに言葉は通じない。それでも、少しでも落ち着かせようと、しばらくその場に留まっていた。
柵の修理をしていた村人の一人――確か、羊飼いのおじさんだったか――が、疲れた様子で話しかけてきた。
「アオイ、お前さんが村に来てから、大分助かってるよ。でもよ、こう次から次に厄介ごとが起きると、正直不安になるな」
「すみません、俺がもっと早く気づいていれば……」
「いやいや、お前さんのせいじゃない。むしろ、お前さんがいなけりゃ、もっと酷いことになってたはずだ」
そう言ってもらえるのは有難いが、それでも申し訳なさは拭えなかった。
村を守ると決めたはずなのに、こうして被害が出てしまう。もっと早く、もっと確実に対処できる方法はないのか。
「今夜からは、見回りの人数も増やす。お前さんも無理のない範囲で頼むよ」
「はい、任せてください」
柵の修理を手伝いながら、俺は改めて、この統率された魔狼の群れという新しい脅威に、真剣に向き合う覚悟を固めていった。
...
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柵の修理を終えた後、俺は一人でもう一度、被害現場を歩いて回った。
昨夜は暗くてよく見えなかった部分も、明るい中で見ると新しい発見があるかもしれない。
地面に残った足跡を、しゃがみ込んでじっくりと観察する。
やはり、歩幅が一定で、乱れがない。獣が本能のままに動いているなら、もっと不規則な跡になるはずだ。
「まるで、訓練された兵士の行軍みたいだな」
思わず呟いた言葉に、自分でも背筋が冷たくなるのを感じた。
もしこの群れが、単なる野生の魔物ではなく、何者かに統率されているのだとしたら――そう考えると、以前ゲルドが口にしていた「規格外の力を持つ者を放っておかない人間もいる」という言葉が、頭をよぎった。
考えすぎかもしれない。だが、この村を守るためには、あらゆる可能性を想定しておく必要がある。
夕方になり、村の広場に戻ると、既に何人かの村人たちが不安げな表情で集まっていた。
「アオイ、これからどうなるんだ?」
「大丈夫です。俺たちで、必ず対処します」
自分の言葉に、どれだけの重みがあるのか分からない。だが、不安がる村人たちに、少しでも安心感を与えたかった。
その日の夜、俺は改めてロカルドたちと今後の対策を練り直すことにした。
どうしようギースの影が薄い。




