25話 子供
杭による結界を設置してから数日、村の様子は目に見えて落ち着いていた。
夜中に家畜小屋が荒らされる回数も減り、村人たちの表情にも余裕が戻ってきている。俺はその成果を実感しつつも、日々の依頼をこなす合間に、村の子供たちと接する時間が自然と増えていった。
「アオイお兄ちゃん、また剣ごっこしよう!」
声をかけてきたのは、村で一番元気なミルクだった。以前、行商人のゲルドに話しかけていた、あの子供だ。
「木の枝で稽古するだけだからな。本物の剣は危ないから、絶対使わないぞ」
「わかってるよー!」
俺は近くに落ちていた木の枝を二本拾い、一本をミルクに渡す。周りには、他にも数人の子供たちが集まってきていた。
「よーし、いくぞー!」
ミルクが元気よく枝を振り回してくる。もちろん本気の攻撃ではないので、軽くいなしてやる程度で十分だ。
それに、前の世界では剣道をやっていたのだ。子供に負けることはない。
右から迫る枝の側面を滑らせるように叩き、逸らす。
そして左から全力で振り抜く――と見せかけて上からの振り下ろし。だが、力の入れ方でフェイントということが見え見えだ。軽く後ろに下がって避ける。
「くっ、なんで全部よけられるの!?」
「まだまだ修行が足りないな」
「じゃあ、教えて!」
その素直な物言いに、思わず笑ってしまう。
前の世界にいた頃、俺はこんな風に誰かに何かを教えるような立場になったことは一度もなかった。十河のような目立つタイプでもなかったし、むしろ人に頼られることの方が少なかったように思う。
「まず、足の運び方だけどな……」
簡単な体の使い方を教えながら、ふと、この光景に既視感を覚えた。
前の世界で、小さい頃に近所の子供たちと遊んだ記憶。夕方まで飽きずに走り回っていた、あの感覚。
この世界に来て、あの頃のような何気ない時間を、また過ごせるとは思わなかった。
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「ねえ、アオイお兄ちゃんは、どこから来たの?」
休憩中、別の子供――確か、トムという名前だったか――がふと聞いてきた。
子供らしい無邪気な質問だが、答えるのは少し難しい。
「遠くから、かな」
「遠くってどこ? 王都?」
「もっと、もっと遠くだよ」
誤魔化すように笑って答えると、トムは不満そうに口を尖らせたが、それ以上は追及してこなかった。子供というのは、大人よりも案外物分かりがいいこともある。
だが、心の中では複雑な感情が渦巻いていた。
もっと遠く――それは、この世界そのものの外側、異なる世界という意味だ。
十河は今頃どうしているだろう。俺が死んだことを知って、悲しんでいるだろうか。それとも、もう時間が経って、日常に戻っているだろうか。
あっちの世界では、俺の死はどう扱われたんだろう。事故死、として処理されたのか。それとも――
「お兄ちゃん、どうしたの? 難しい顔してる」
ミルクの声に、はっと我に返る。
「いや、何でもないよ。それより、さっきの続きやろうか」
「うん!」
子供たちの笑顔を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
考えても仕方のないことを考え続けるより、今この瞬間を大切にする方が、きっと正しいのだろう。
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夕方、稽古を終えて家に帰る道すがら、ロカルドとすれ違った。
「お、精が出るな」
「子供たちに稽古をつけてただけですよ」
「お前、子供の扱い、慣れてないわりに上手いな」
「慣れてない、ってわかるんですか」
「顔に出てる出てる。でも、悪くない顔だ」
からかうように言われ、少し照れくさくなる。
「前の世界じゃ、こういうことなかったので」
「前の世界、か。お前の故郷の話は、聞かないようにしてるが……時々、寂しそうな顔するよな」
ロカルドの言葉に、内心少し驚いた。
自分では気づかないうちに、そんな表情をしていたのか。
「……そう、ですかね」
「まあ、無理に聞き出すつもりはない。ただ、お前がここでの暮らしを、少しでも良いものだと思ってくれてるなら、俺は嬉しいよ」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
前の世界に帰りたいという気持ちは、今も消えていない。だが、この村での日々もまた、確かに俺にとって大切なものになりつつあった。
「はい。この村に来られて、よかったです」
素直にそう答えると、ロカルドは満足そうに頷いた。
夕焼けに染まる村の道を歩きながら、俺は自分の中にある二つの気持ち――帰りたいという願いと、この場所を大切にしたいという想い――が、決して矛盾するものではないのだと、静かに理解し始めていた。
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家に戻ると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
ランプに火を灯し、狭い部屋の中で一人、今日一日を振り返る。
子供たちとの稽古、ロカルドとの何気ない会話。どちらも、前の世界ではおよそ縁のなかったものだ。
十河と遊んでいた頃は、いつも十河が中心で、俺はその隣にいるだけだった。それが嫌だったわけではないが、誰かに頼られたり、教えを乞われたりする立場になったことは、正直一度もなかった。
この世界に来て、俺は初めて「誰かにとって必要な存在」になれているのかもしれない。
そう思うと同時に、ふとあの女神の言葉が蘇る。
『あなたは、ハズレスキルを持った、召喚の失敗作です』
あの言葉を思い出すたび、今でも胸の奥がちくりと痛む。だが、その痛みは、以前よりもずっと小さくなっていた。
村の人たちに認められ、頼りにされる。それだけで、あの女神に否定された自分を、少しずつ取り戻せている気がする。
「……いつか、絶対に見返してやる」
誰にともなく呟き、俺はランプの火を消して布団に潜り込んだ。
明日もまた、この村での日々が続く。その当たり前の繰り返しが、今の俺にとって、何より大切なものになっていた。
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翌朝、目を覚ますと、外からミルクたちの元気な声が聞こえてきた。
「アオイお兄ちゃん、起きてー!」
「まだ寝てるの? もう朝だよー!」
窓を開けると、ミルクと数人の子供たちが、木の枝を手に待ち構えていた。
「……昨日もやっただろ」
「昨日は昨日、今日は今日!」
子供の、前の世界で母が言っていたのと同じ理屈に苦笑しながらも、俺は身支度を整えて外に出た。
朝の澄んだ空気の中、子供たちの元気な声を聞きながら過ごす時間は、不思議と心を軽くしてくれる。
稽古の合間、少し離れたところで畑仕事をしていたお婆さんが、こちらを見て微笑んでいた。
「アオイや、子供たちの面倒をよく見てくれて、ありがとうねぇ」
「いえ、こちらこそ、いつも良くしてもらって」
最初はよそ者として警戒されていたはずなのに、今ではこうして自然に声をかけてもらえる。
その変化を実感するたび、この村に来られて本当に良かったと、改めて思うのだった。
ほのぼの編終了!




