24話 防衛
ゲルドが村を去ってから数日、俺は村の防衛について、新しいことを試してみようと考えていた。
これまでは、魔物が現れるたびにその場で対処してきた。だが、それでは根本的な解決にならない。もっと効率的に、村そのものを守る方法はないか。
「磁場……そうか、常時展開できないかな」
工房で鉄くずを弄びながら、俺はふと思いついた。
『磁場生成』は、これまで戦闘中に一時的に発動するものとして使ってきた。だが、あの技の本質は「磁力の流れを操る」ことにある。ならば、それを常設の結界のようなものとして、村の周囲に張り巡らせることはできないだろうか。
前の世界で見た、地雷原や電気柵のようなイメージが頭に浮かぶ。もちろんこの世界にそんな便利なものはないが、原理だけなら応用できるかもしれない。
ブロアに相談すると、腕を組んで少し考え込んだ。
「常設の結界、か。面白い発想だな。だが、四六時中お前が意識を向け続けるのは無理だろう」
「はい。だから、鉄そのものに何か仕込めないかと」
俺は、村の周囲に埋め込む「杭」を作ることを提案した。
鉄でできた杭に、あらかじめ『磁極付与』を施しておく。そうすれば、俺がその場にいなくても、ある程度の磁力反応を維持できるのではないか。効果の持続時間がどれくらいになるかは、正直やってみないと分からない。
「なるほどな。よし、材料は俺が用意してやる。数はどれくらい要る?」
「村の周囲をぐるっと囲むとしたら……最低でも二十本は欲しいです」
「贅沢言うな」
「ですよね……」
「四十本作ってやる」
「えっ!?」
「せっかくだ、しっかりしたもんを作ろうぜ」
「ありがとうございます!」
ブロアの気合の入った様子に、俺も自然と気持ちが引き締まる。
こうして、鍛冶屋総出――といっても、実質俺とブロアの二人だけだが――での杭作りが始まった。
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その日から三日間、俺たちは杭作りに没頭した。
鉄鉱石を選別し、圧縮し、形を整える。その一つ一つに、俺が『磁極付与』でS極とN極を交互に刻み込んでいく。
「これ、思ったよりも時間がかかりますね」
「そりゃそうだ、一本一本に細かい細工をしてるんだからな。だが、その分効果は保証する」
単純な作業だが、これがなかなか根気のいる仕事だった。杭の先端にS極、根元にN極、そのバランスを均等に刻まないと、周囲の磁力の流れが歪んでしまう。何本か失敗作も出したが、そのたびにブロアが「これは形が悪い」だの「もっと均等に」だのと的確な指摘をくれるおかげで、徐々にコツを掴んでいった。
出来上がった杭を試しに地面に打ち込んでみると、周囲の磁力の流れに明らかな変化が生まれた。
もちろん、第六感とかそういうので感じたわけではなく、『磁場生成』で周囲の磁場を見たのだ。
すると、杭を中心にして格子状に張り巡らされているのが分かった。
糸を張り巡らせた蜘蛛の巣のように、杭同士が見えない線で繋がっている感覚だ。
「これなら……」
俺は目を閉じ、意識を杭のネットワークに向ける。
村の周囲、四十本の杭が作り出す磁場の網。まだ完成していないが、その一端を感じるだけで、これがどれほど有用なものになるか予感できた。
まず試したのは、小型の魔物を誘き寄せる実験だ。
村の外れに一匹だけ現れた小型の魔物――以前見た猪と猿を混ぜたような姿のそれが、杭の設置された境界線に差し掛かった瞬間、明らかに動きを鈍らせた。
「おお、効いてる効いてる!」
ブロアが興奮した様子で声を上げる。
魔物は境界の磁力に足を取られるように動きが乱れ、その隙を突いてロカルドが難なく仕留めた。
「これは……思った以上だな」
ロカルドも感心したように杭を見つめている。
「完全に侵入を防げるわけじゃありませんが、動きを鈍らせることはできそうです。それだけでも、対処のしやすさが全然違います」
「十分だ。今までは気づかれてから慌てて対応してたが、これなら余裕を持って動ける」
これまでは魔物が現れるたびに全員が緊張状態になっていたが、この杭のおかげで、少なくとも初動の遅れは大幅に減らせるはずだ。村人たちの負担も、確実に軽くなるだろう。
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その日の夕方、村長に結果を報告しに行った。
「ほう、そのような工夫を……」
村長は杭の一本を手に取り、しげしげと眺め、表面に刻まれた模様をなぞるように触れる。
「これを村の四方に設置すれば、多少なりとも安全性が増すというわけか」
「はい。完璧ではありませんが、村人が油断しない範囲であれば、十分な効果があると思います」
「うむ、良い考えだ。だが……」
村長が、少し声を落とす。
「これも、また噂の種になるかもしれんな」
「……そうですね」
ゲルドの一件があったばかりだ。目立つことへの警戒は、俺の中でも常にある。こんな結界を張り巡らせたなどと知られれば、それこそ格好の話題になってしまうだろう。
「だが、村人の安全には代えられん。設置を進めてくれ」
「わかりました」
こうして、俺たちはレニス村の周囲に、簡易的な磁場の結界――「磁場結界」とでも呼ぶことにする。命名はブロアだ――を張り巡らせる作業を進めていくことになった。
完全な防御にはならないが、これまでよりも確実に、村の安全度は上がるはずだ。杭を一本ずつ土に打ち込みながら、俺は改めて、この村を守りたいという気持ちを強くしていた。
それに――この結界作りを通して、俺自身も『磁石』というスキルの新しい可能性に、また一つ気づかされた気がした。戦闘だけじゃない。守るための力にも、なり得るのだと。
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杭の設置作業は、思っていたよりも骨が折れた。
地面は場所によって硬さが違い、木の根が絡んでいるところや、大きな石が埋まっているところもある。四十本の杭を均等な間隔で打ち込むには、単純な力仕事だけでなく、地形を読む観察眼も必要だった。
「アオイ、そっちの角度、もう少し傾けてくれ。杭同士の磁力線が綺麗に繋がるようにな」
「はい……こう、ですか?」
「おお、いいぞ。さすが、勘がいいな」
ロカルドとギースも作業を手伝ってくれた。ギースは力仕事が得意らしく、硬い地面にもものともせず杭を打ち込んでいく。
「しかし、こんな発想、よく思いついたな」
休憩中、ギースが感心したように言った。
「前の世界でも、似たような仕組みがあったので」
「前の世界、って、お前の故郷か?」
「まあ……そんなところです」
村長以外にはまだ詳しい事情を話していない。ロカルドとギースも、それ以上は深く追及してこなかった。この村の人たちは、皆どこかしら「聞かない優しさ」を持っている気がする。
作業も終盤に差し掛かった頃、村の子供たちが物珍しそうに集まってきた。
「お兄ちゃん、それ何してるの?」
「これ?村を守るための杭だよ」
「杭が村を守るの? すごい!」
子供たちの無邪気な反応に、思わず頬が緩む。異世界に来て、こんな風に誰かに純粋に感心されることが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。
日が暮れる頃、ようやく最後の一本を打ち終えた。
村を囲む四十本の杭が、夕焼けの光を受けて鈍く光っている。まだ完全ではないが、これで村の防衛力は確実に一段階上がったはずだ。
「よし、これで一段落だな」
ブロアが額の汗を拭いながら、満足そうに言った。
「本当にありがとうございました。おかげで、随分助かります」
「礼を言うのはこっちの方だ。お前の発想がなけりゃ、こんなもの思いつきもしなかった」
夕暮れの中、村を一周する形で並んだ杭を見つめながら、俺は改めてこの村の人たちとの繋がりを実感していた。
この村を、そしてここにいる人たちを、絶対に守り抜く。
その決意を胸に、俺は最後の杭にそっと手を触れた。




