幕間 日常
コツン……コツン……コツン……
ロベリアが履いているヒール靴が、大理石の床に当たり、乾いたリズムを刻む。
ロベリアは玉座に腰かけ、片手で頬杖をついたまま退屈そうに天井に描かれたフレスコ画を眺めていた。
――今日も、つまらない。
この世界の管理なんて、正直どうでもいい。勇者を召喚しろと言われればするし、不要になれば捨てる。それだけのこと。
私にとって、人間の命など塵芥。彼らの涙も、叫びも、私の心を一瞬たりとも動かさない。
面白かったら壊れるまで使い潰すし、つまらなかったら、弄んで、殺す。
人間の意見など関係ない。私が面白いと感じればそうであって、つまらないと感じればそうなのだ。
「ロベリア様、失礼いたします」
扉の前で、配下の天使が頭を下げる。
ああ、またくだらない報告か。
私は手をひらひらと振って、早く話せと促す。
「例の森に放逐した者の処理について、ご報告がございます」
ああ、あれか。
名前は――なんだったかしら。葵?まあ、どうでもいい。
どうせ、勇者としても使えない出来損ない。
私の命令で、森に追放し、特製のスライムを放っておいた。
あのスライムは、私が直々に作った処刑用の魔物。独眼巨人さえも餌にするよう調整した、最高傑作。
あれに殺されないような人間など、いるはずがない。
ただ1つ欠点があるとすれば、使い捨て、という点。
あのスライムは、処刑対象を殺したら存在意義が消滅し、命核が自動的に破壊される。もともと、大分無理な条件付けで作ったものなので、そのようになってしまった。
まぁ、それでも構わない。設計図は完成したし、いくらでも作り出せる。
で、なんだっけ?あのハズレについてだっけ?
「……で?どうなったの?」
私はわざとあくびを噛み殺しがら、天使を見下ろす。
「は、報告書を御提出するために参りました。ロベリア様」
「書類? そんなもの読む気になれないわ。口で簡潔に述べなさい」
ロベリアは頬杖をつきながら、爪先で跪く天使の肩甲を蹴飛ばした。見た目こそは軽い動作だが、ロベリアのような人物がそれをやったらどうなるか。
答えは、ゴキリという鈍い音だった。
圧倒的な防御力を持つ、天使の骨さえ砕く力。天使は必死に痛みをこらえ、姿勢を保つ。
痛みを表に出すことは、しない。そんなことをすれば、即座に殺されるからだ。
「はっ。先ほど、森に配置したスライムが消滅したとの報告が入りました」
「……ふうん?」
「詳細な観測によれば、命核が破壊され、完全に消滅した模様です」
私は片眉を上げる。
配下の天使は、恐る恐る私の顔色を伺っている。
まったく、いちいち報告が細かい。本題までが長すぎる。
そんなこと、どうでもいいのに。
「で、その……葵とかいう人間は?」
「……はい。残されたスライムの命核の破片の近くには、人間の血の血痕がありました。おそらく、望月葵はスライムに殺されたものと思われます」
「おそらく、ねぇ」
私は鼻で笑う。
どうせ、あの程度の人間、スライムに勝てるはずがない。
わざわざ報告するまでもない。
それでも、配下たちは私の顔色を気にして、逐一こうして報告してくる。
私が少しでも機嫌を損ねれば、すぐに粛清されると知っているからだ。
「……で?それだけ?他に何か面白いことは?」
「い、いえ、特には……」
「じゃあ、失せなさい。時間の無駄よ」
そう言いながら、足を軽く振る。今すぐに出ていかねば蹴る、という意味だ。
それを見た天使は慌てて頭を下げ、退室する。
その背中を見送りながら、私は小さく舌打ちした。
まったく、使えない部下ばかり。
少しでも私の気分を害したら、すぐに消す。
そうやって、私の周りにはイエスマンしか残らなくなった。
でも、それでいい。
私がこの世界の頂点。
私の意志が、この世界の理。
葵?
ああ、そんな名前の人間、もうどうでもいい。
私の機嫌を損ねた罰だ。
勇者としても使えず、私の気分を害しただけの存在。
あんなもの、最初からいなかったのと同じ。
私は立ち上がり、窓の外を見下ろす。
この世界は、私のもの。
人間も、魔物も、すべて私の掌の上で踊るだけ。
「……退屈ね」
私は小さくつぶやく。
また新しいおもちゃでも作ろうかしら。
次は、もっと面白い処刑方法を考えてみよう。
どうせ、人間なんて、私の気分次第でどうとでもなる。
玉座の間に、私の冷たい笑みが響く。
この世界で、私に逆らう者はいない。
私の命令一つで、誰もが死ぬ。
それが、この世界の絶対のルール。
「……さて、今日は誰を消そうかしら」
私は再び玉座に腰かけ、指先で机をトントンと叩く。
配下たちの怯えた顔を思い浮かべて、私は小さく笑った。
――本当に、つまらない世界。
私以外、誰も価値なんてない。
人間も、魔物も、配下も。
みんな、私の気分を害さないように、ただただ怯えて生きていればいい。
葵?
そんな名前、もう思い出すこともない。
私はただ、自分の退屈を紛らわせるためだけに、この世界を弄ぶ。
それだけのこと。
退屈なものなど、存在意義などない。全て消えてしまえばいいのに。
それが、ロベリアの本音。
捨てた命のことなど、もう頭の片隅にもなかった。
それを見ていた他の天使は、報告になかったとある事実――あのスライムは"他殺"されたということを、恐怖のあまりロベリアに伝えることができなかった。
ロベリアは知らない。自分が「塵」と切り捨てた人間が、死の森を抜け、ロベリアへの復讐を誓っていることを――。
以前にこの作品を投稿した時は、確かこの話を投稿した時点でランキング入り/週別ユニーク700越えしてました。




