二十八章
王も王子も入ってきていない大広間は、貴族同士の談笑でざわざわしていた。
(もう。エレナは、王族だから後から来るって言うし、『知り合いがいるはずよ』なんて言ったのはどこの誰よ)
前と同じ興味深げな貴族の視線に所在なく壁際に立っていたウェンディは、エレナとの別れ際に話した会話を思い出していた。
『え!後でって・・・』
大広間入る扉で突然言われた。
『王族は後から入る決まりなのよ。それに中には貴女の知り合いもいると思うわよ?』
『知り合いなんていないんですが』
心底不安げなウェンディに、エレナは、いつもの余裕の笑みに、上手なウインクがついてきた。
『ふふふ。それは、お・た・の・し・み♪』
そんなことを思いながら、本当に『知り合い』がいるのかと、辺りを見渡すと、金髪の少年――否、歳で言うなら青年なのだという男と目があった。
(確かに『知り合い』だけど・・・・・・)
彼は、近づいてきて甘い微笑みを見せた。
「良かった。エレナには、貴女が来ることは聞いたのだけど、見つからないからどうしようかと思っていたよ」
金色の髪に翠玉の瞳を持つ青年、ロジャーだった。
爽やかなロジャーにぴったりな淡い青色の夜会服を着ていた。
そして、ウェンディはというと、蜂蜜色の髪は結い上げられていて、紫色の花を挿していた。アランから贈られたドレスは、銀の刺繍の入った落ち着いた薄紫色の胸元が広く開いたものだった。
そんなウェンディを頭のてっぺんから足の先まで眺めると、そっとウェンディの手を取り、口づけをすると、二人だけにしか聞こえない声で囁いた。
「今日も可愛いね」
すぐにウェンディの首から上は赤くなっていた。
それを面白がるようにロジャーは、笑っていた。
「ほら。陛下とリチャード『王子』がいらしたよ」
ロジャーが目を移したのを見ると、それに合わせてウェンディも壇上を見ていた。そこにゆっくり姿を表した、男性にウェンディは、目を凝らした。
長身のゾリムと同じか、大きな背丈で、剣術のおかげであろうがっしりした体格で、王族を表す漆黒の髪が、目映いばかりの光を落ち着かせていた。
「ねぇ。ボクと彼、どっちがいい?」
「へっ?」
突然言われた言葉にウェンディは、驚いていた。
また後で決めてもらおーっと、と呟いたのはウェンディには聞こえていなかった。
パーティーが始まってから、二時間ほどが経過していた。
エレナとも上手く合流し、ロジャーと親しげに話すエレナの横で、時々相槌を打ちながら、そっと目だけ動かしていた。
ゾリムは相変わらず玉座にいたが、リチャードは一通りの挨拶が済むと、人の輪に降りてきていた。我先に彼に話しかけようとする人波に呑まれてしまったあとは、その姿は見れずにいた。
直接、王子には会えないだろうな、と一人で考えながら壇の回りを見ていた。
「エレナ、元気だったか?」
突然後ろからかけられた声にウェンディが、驚いて振り返ると、笑顔ひとつ浮かべていないながらも、漆黒の髪に瞳。獅子のような高雅な気品が滲み出ていた。端整な顔立ちの 黒い夜会服を着た王子の姿だった。
「えぇ。リチャードはどうでしたの?」
「私も大して変化はなかった。ところで、公爵領での例の一件のことだが・・・」
「ボクに対しては何も無いのかい、リチャード。寂しいな」
ロジャーの顔は、笑ってはいるのだが、口の端がピクリとしていた。
「あぁ、忘れていた。タヒュテイン卿はお元気だったか?」
「そんな『タヒュテイン卿』なんてよそよそしい。えぇもちろん元気でしたよ」
敬称も付けない言葉遣いに、仲の良さが感じられていて、ウェンディはきょとんとしていた。
その様子にやっと気がついたのか、エレナは紹介しだした。
「あ、忘れてたわ。リチャード、此方は、ウェンディ、ウェンディ・ウィーダン。魔術団員の一人です」
紹介されたウェンディは、軽くドレスを上げて膝を折って頭を下げた。
「殿下とボクらは、幼馴染みなんだ。昔はよくこの城で遊んでいたよ」
ロジャーが軽く説明すると、急にウェンディの手を掴んだ。
「ね。踊らない?」
「べ、別に構いませんが・・・」
「君のダンスは素敵だよ」
人目を気にせずに言う科白に、ウェンディはまた赤くなっていた。恥ずかしさのあまり目をそらしていたが、そんな様子を気にせず、ロジャーは楽団の奏でる曲にあわせ、優雅にリードしていた。
「この間、アレックスとも踊ってたよね?」
「え、えぇ」
急に何だと言わんばかりの話の振りにウェンディは、驚いていた。
「彼とは知り合い?」
「同じ魔術団員ですし・・・知り合いと言われれば、知り合いですが・・・」
「ですが?」
続ける言葉をどう言えばいいのか、一瞬迷いながら言葉を選んでいた。
「一方的にライバル視されてるっていうか・・・何ていうか・・・」
「へぇーライバル・・・か。じゃあ彼は大丈夫かな?」
「・・・何がですか?」
「何でもなーいよ」
少しテンションの高くなったロジャーを不思議がりながら、曲が途切れたのを聞き、エレナもとに戻ろうとした。
しかし、また手を引かれているのに気がついた。
「え?」
手を引いていたのはリチャードだった。
周りをチラリと見ると、王子と踊るのかと、興味と驚きの目が向けられているのが感じられた。
それにたじろいで、手を離そうとしていた。その反応に、機嫌を損ねたとでも言いたげな目で、離そうとしないばかりか余計に強めに握っていた。
「あいつ(ロジャー)は良くて、私が駄目な理由はないだろう?」
「いや・・・そういうことじゃなくって・・・・・・ひゃっ!」
ウェンディは慌てて、足を滑らせてしまった。
転んでしまう、そう思った。
しかし、次の瞬間は背中が大理石の床にぶつかることはなかった。
「あれ・・・?」
リチャードはウェンディの腕をすっと引っ張り、掴んでいたから転ばずにすんだ。
「あ、ありがとうございます・・・」
ウェンディもリチャードも手を繋いだままの状態で、リチャードの方に体重をかけたままという微妙な姿勢のままだった。
「・・・・・・いつまで俺の手に体重をかけるんだ?重いんだが」
「・・・っ、失礼しましたね!」
ウェンディは思わずカッとなり、目も合わせず立った。
握られていた手を振りほどこうとした。しかし、離せなかった。
「今から踊るのにわさわざ離す必要はないと思うが?」
音楽も始まり、やや無理矢理にリチャードがダンスを始めさせると、体は接近していたが、ロジャーとは違い、話は弾まなかった。
気まずくて、目を合わせる訳にもいかず、ウェンディの視線が宙を泳いでいた。
「・・・・・・顔を見ていないとまた転ぶぞ」
急にリチャードに話しかけられ、逆に転びそうになっていた。
だが、そう言われると仕方ないので、目を見るようとすると、双黒の瞳に吸い込まれてしまう気になっていた。
(綺麗な瞳・・・・・・)
思わず見つめてしまっていると、目があった。その漆黒の瞳には、チラリと面白がる色が見えた。
「・・・そこまで見なくてもいいだろう・・・?」
(は、はあぁぁぁ?!)
また突然言われた失礼極まりない言葉に、カチンときてしまったウェンディは、わざとヒールのある踵で踏んだ。
「っ・・・」
痛がるリチャードにもう目を合わせてやるか、とふいっと顔を背けるウェンディは、顔が赤く火照っているのを感じていた。
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ジョージアは、暗くなった室内で、ランプを掲げて背表紙を探していた。
「あった・・・・・・」
分厚い本を机に置き、ページをめくっていた。
そして、手が止まった。
『王家の系図について』
「・・・第十五代国王クァンツェの子供は、正妃からは、第十六代国王ゾリムとヒャスヌ公爵ヴァルゾが・・・そして第二妃からは、生まれた公式の場には出てこない・・・・・・ィ・・・・・・がいた・・・彼女は、他国に嫁いだとされている・・・」
羊皮紙に書き写すと、本を元の場所に戻し、その場から離れた。
「・・・あの可能性はやはり高いな・・・・・・」
ジョージアの呟いた声は、誰にも聞こえてはいなかった。
やっと出せました、新キャラ。めちゃ重要な人・・・だと。
ジョージアさんは、何を分かっちゃったんでしょーね。
次回も新キャラ・・・出ると思います☆




