二十五章
ウェンディは、アレニウスのもとへ歩み寄った。
「ちょっとついておいで」
「え?どこに行くんですか?」
「陛下にご挨拶はすべきだろう」
「・・・・・・えぇぇっ?!」
足をふと止めると、近くを歩いていた給仕にぶつかりそうになっていた。
「で、でもこの国では・・・・・・」
「陛下も君に会いたいとおっしゃっておるのじゃよ」
「どうし・・・・・・」
「アランは、陛下には話したようじゃ」
「・・・・・・」
ウェンディは、自国の王族に会うことはしばしばあったが、国王、ましてや他国のトップに会うと言うことに、緊張でガチガチになっていた。
「ウェンディ、手と足が一緒に出とるぞ」
「は、は、はいぃ!」
返事はしたが、直りそうもない手足とひきつった顔は、はたから見ても、明らかに緊張していた。
ウェンディは、目を移すと、いつもなら手順をおわなければ、謁見できないだけに自分の話を聞いていただこうと、貴族たちは我先に国王・ゾリムのもとに集まっていたのが見えた。
これは会うのが大変そうだ、と思ったウェンディは、偶然ふと王と目が合った。
「おぉアレニウス殿。そちらがレディ・ウェンディか」
「そうですぞ。陛下」
ゾリム王は、周りにいた他の貴族を退くように合図すると、近くには、玉座にいる王と王妃と周辺を警護する数人の騎士だけになった。
ウェンディは、教育熱心だった父のお陰で知っていた王家に対する礼をとっていた。
「顔をあげてよいぞ」
ウェンディが、顔を上げると、先程は遠目から見たためよく分からなかったが、玉座に座る王も后も深く知的な黒の髪をしていた。――黒髪・黒目は、サファルの王族に、受け継がれる色とも言われていた――そして、優しげでいて、凛とした黒い瞳は、大国の王としての威厳が感じられた。
「・・・確かに・・・に似ているな」
ゾリムが驚いたように呟いた言葉は、ウェンディには聞こえなかった。
「・・・陛下?」
首をかしげて尋ねた王妃や不思議そうな顔のウェンディに気がついたのか、笑みを浮かべ直した。
「君たち兄妹の事情は分かっている。出来る限りの事はしよう」
「あ、ありがとうございます。ゾリム陛下」
アレニウスは、ウェンディにホールに帰っていいと言うと、王と話始めた。
「アレニウス殿。彼女は・・・」
「ソフィアにそっくりですの。ワシも初めて会ったときは、昔のソフィアにそっくりじゃったから驚いたよ」
王妃は病弱で、具合が悪くなったため先に中座していた。ゾリムとアレニウスは話していた。
「彼らは、ソフィアの出生は知らないのですかね?」
「ええ。侯爵は何も伝えてはいなかったようですぞ」
ゾリムは、ふうっと息をつくと王座にもたれかかっていた。その双黒の瞳は、ホールの端にたたずむウェンディに、誰かを重ねて見ていた。
まだ続いていた、花が舞うように躍るダンスをウェンディは、壁際に立って見ていた。
「おい。ウェンディ、壁の花になっているぞ」
そこに夜会服を着たアランが近づいてきた。
アランもウェンディと似たような空色の服を着ていた。
「そんなこと言われても、知り合いなんていないし・・・」
ふっと目を伏せたウェンディを哀しげに見ていたが、すっと息を吸い、アランは、ウェンディの手を引いた。
「じゃあ踊るか?・・・久しぶりに」
最後の言葉は、二人にしか聞こえないほどの声で囁いた。
踊り始めると、少しウェンディの顔は晴れた。
「あ・・・・・・もしかしてアランが踊りたかったんじゃ・・・・・・」
「この兄は、モテモテの妹を守ってやらなければいけないのだ」
アランの言葉に、えっ、とした顔をして周りを見渡すと、多くの瞳が集まっているのに、やっと気がついた。
「僕の正体とか、王から謁見を普通にした君の事とか、自分自身や子弟の婚約相手を探す貴族さんたちだろうよ、彼らは」
これだから貴族は、というため息をつきそうな顔をしていた。
「ま、踊りなよ」
アランは、また同じ言葉を口にすると、軽く礼をした。
曲が一旦途切れた。
次の曲はパートナーが入れ替わるものだ。
何人目だろう。濃い紫の夜会服を着た年下の男性になった。
どこか見覚えがある黒髪の男性で、誰かなと、お互い首を傾げていると、やっと思い出した。
「「・・・・・・あ!」」
相手は、アレックスだったのだ。
眼鏡をとった容姿は、普通にダンスの場に馴染んでいた。
周りに聞こえないように小声で囁きあっていた。
「・・・何で君がいるの・・・?」
「・・・ボクは、姉上に無理やり参加させられたんだ・・・!」
「・・・無理やりって・・・」
そこまで話したところで、曲が終わった。
お互い、形式的に礼をすると、アレックスは人混みの中に消えていった。
「・・・何なんだろ、あの子」
誰にとも知れず、ウェンディが呟いた言葉は、終了を宣言した王の声にかき消されていた。




