一章
ガサラ国ダーウィン領は、スティーブ・ダーウィンによって治められていた。
そして、侯爵には二人の子供がいた。妻は二人目の子供を産んだ時に亡くなった。
侯爵は、息子の名をアラン、娘の名をウェンディと名付け、育てていた。
アランは父から受け継いだ銀の髪、ウェンディは母から受け継いだ金の髪をしていた。
唯一同じだったのは、空のように澄んだ青色の瞳だけだろう。
アランの誕生日である日のこと。
「アラン、十七の誕生日おめでとう!はいっ」
ウェンディは、彼女の髪色のような金のリボンを巻いた細長い箱をアランに差し出した。
「何だ?去年はお世辞でも美味しいなんて言えなかったパンだったが。食べ物だったら承知しないぞ」
からかいながら、アランは受け取った。
「失礼ねっ。あれから一生懸命頑張っているんだから。まぁ、開けてよ」
すると、中に入っていたのは、猫の目ほどの傷一つ無い青の透明な石がかかった首飾りだった。
「アズライトか…?」
「たぶんね。この間行った乗馬の時、木にこれが引っ掛かっていたの。綺麗だったから手に入れようと思ったら風が吹いてきて、花の上にちょうど落ちたのよ」
「ほぉ…」
光に透かして見ていたアランは、興味深げにウェンディを見つめた。
「そしたらね、花の中にも同じようなものがあって。だから、一つはアランに。もう一つは私が…」
首にかかっていた首飾りを引っ張り出すと、桃色の透明な石がかかっていた。
「ローズクォーツか。それは、神からの賜物かもしれないな。ありがとう」
アランの首に提げていると、扉が開いた。
「若様、姫様。侯爵がお呼びです」
「今行くわ、カレン」
母を幼い頃に亡くした二人にとってカレンは、乳母であると共に母親のような存在であった。いや、スティーブはガサラ国の重役にも就いていて、都とダーウィン領を往き来したりして忙しいため、滅多に二人には会わない。親代わりと言っても過言ではなかった。
「父から呼ぶなんて珍しいな。何かあったのか?」
「でもいいじゃない。お父様に会うのは何ヵ月ぶりかしら」
カレンに付いていきながら二人で話していると侯爵の自室ではなく、応接間に着いた。
コンコン…
「入れ。」
威厳のある声で二人を入れた。
「失礼いたします。」
「失礼します。」
部屋の中には、スティーブ・ダーウィン侯爵がいた。
容貌は、彼女らが前にあった時よりも疲れからか、老いてきている様子が目の皺や綺麗だった銀髪が白くなっていたことから分かるほどだった。
部屋には、他にも貴族にはよくいるような茶髪に碧眼の婦人と大柄の青年もいた。婦人が黒い手袋をはめていなければ、どこにでもいる貴族だ。
「この人達はお前たちの新しい母親になる、シィーフと兄になる、ラスタだ」
あまりにも唐突だったため、兄妹は驚きを隠しきれなかった。
「父上、アランもウェンディも驚いているではありませんか。オレは、ラスタだ。今年で十九になる。よろしく」
ラスタは、近寄って手を差し出した。
アランは握手を、ウェンディは手の甲にキスを受けた。
ウェンディ自身は、貴族間の挨拶である手の甲へのキスには慣れていた。しかし、ウェンディはいつもは感じぬ、何かゾッとするものを感じている。
(何なの…この感覚…?)
ふと顔を上げ、シィーフとラスタを見ると、心というよりも本能に近いものが何かを感じているような気がした。
真っ先に血の気の引いたウェンディに気がついたのは、アランだった。
「ウェンディ、どうした?具合でも悪くなったのか?」
シィーフは何事かという様子で、ウェンディに真っ先に近づいてきた。
「大丈夫かしら?先にお部屋に戻られいて」
そう言い、ウェンディの肩を触ろうとすると、電気でも流れたかのように手を引っ込めてしまった。
「は、早く彼女をお連れなさいっ」
平静を装って女官に命じていたが、慌てていたのは確かだった。その思いを隠すようにアランに話しかけ始めた。
「アランは今日、誕生日のようね?いくつになられたの?…」
この日から二人の運命の歯車が狂い始めた。
挨拶も終わり、ラスタとシィーフの自室にいた。ラスタは自分の剣を磨ぎながら、ラベンダーのハーブティを飲むシィーフと話していた。
「ウェンディ、聞いていたよりも美人さんだったな。アランは剣の腕はありそうだ」
「アランは何でもないでしょう。でもあの娘は…厳しいわ。まだ、本来の力に気付いていないだけど」
「母上、どう意味ですか?あの目的に支障でも?」
ラスタは驚き、剣を磨く手を止めた。
「母親の影響かしら。でも、この地から征服すればあとは簡単よ」
そう、彼女らの目的はダーウィン領の権力を手に入れるのを皮切りに、ガサラ国、そして近隣諸国をも支配しようとしていた。
「そうですね。母上の魔力でダーウィン侯爵も思いのままなのですから」
シィーフは《闇の魔女》と呼ばれる、魔術使いであった。
ダーウィン侯爵は、闇魔法の《服従の術》により、シィーフの意のままにされていたのだ。
「私たちの世界まであと少し」
シィーフには、本物の魔女のような笑みが浮かんでいた。




