夜凪紬は遠くない③
紬から連絡が来たのは風呂から上がってすぐのことだった。二日連続で掛けてくるとは思っていなかったが、スマホ越しに聞こえる声はどこか拗ねているように感じた。
『なんで拗ねてんだ』
『……え?』
『そんな感じがしただけだ。なんもないなら別に良い』
幼馴染と言っても六年ぶりに再会したばかりだ。昨日のこともあるから本人が言いたくないなら無理に聞き出そうとは思っていない。紬も出来れば話したくないらしく黙り込むが『ずるい』と感情を吐露した。
紬の言い分を要約すると、浩一と寄り道をした俺を羨ましく思ったそうだ。
聞けば上京後、特に芸能事務所に所属してからは制約が厳しく友人と寄り道など出来なかったらしい。まぁよくある話なのだろう。
『同じ事務所のコがメジャーデビュー直前に問題を起こしたの。当然デビューは白紙。そんなのが運悪く続いたからマネージャーが束縛気味になったの』
『大変なんだな。てか、本当にあるんだな』
『そりゃあるよ。私が知らないだけで、もっと汚いことやってる人もいるみたい。締め付けが強くなっても仕方ないよね』
あまり聞きたくない話だが紬はそんな世界にいたんだな。浩一とちょっと寄り道しただけでもそれが羨ましく思えるのも当然かもしれない。それにせっかく入れた芸能界から距離を置いた理由もわかる気がした。
『榊さん――私たちのマネージャーは本気で育ててくれた。だから辛くはなかったよ。でもやっぱり羨ましいなって』
『でもいまは違うだろ。夕月のことだ。きっといろいろ連れ回されるぞ』
『……バカ』
『なんだよ急に』
『別に。それじゃ、そろそろ寝るね』
たぶんまた機嫌を損ねるなにかをしてしまったんだな。紬の声色からそう察した俺はなされるがまま電話を切り、天井を見上げ溜息を吐いた。紬を不機嫌にさせるなにかをしてしまったことに違いない。
「――なにやってるんだろうな」
六年の空白は思っていた以上に長いようだ。いや、俺が勝手に壁を作っているのか。
紬は【Re:Light】の「夜凪紬」ではなく、俺が知る『夜凪紬』として接しようとしている。紬は変わらず近くにいる。こんな言い方をすれば語弊を招きかねないが、つまるところ俺が勝手に彼女を天上人にしてしまっていたということだ。
「けどなぁ……」
とはいえ、あいつが勝手に音信不通になったのは事実だ。別に根に持っているとかではないが思うところが無いと言えば嘘だ。
(そういやこれって紬がいなくなる少し前に撮ったやつだよな)
ふと目に入ったのは机の片隅の置かれたままの写真立て。片付けるのが面倒で飾りっぱなしのその中には俺と紬が並んで写ったものが飾られている。小五の夏休み。あいつが上京する少し前。夏祭りに行った時のやつだ。
(ほんと、仲良かったよな)
写真に写る俺たちは二人とも子供らしい笑顔を見せている。そういえば教室での紬は俺や夕月には自然な笑顔を見せていたな。野次馬には見せる万人向けとは違う、言うなれば素の表情を出していた。
(やっぱ壁を作っているのは俺かぁ)
紬は遠い場所へ行ってしまった訳じゃない。俺が勝手に遠くへ行ってしまっただけだ。ならば俺も昔のように紬へ接すればいい。同じクラスの人間として程よい距離間を保ち、少しずつ勝手に作った溝を埋めればいいのだ。




