二人の距離は短くて遠い①
昼休み。さすがに新学期も一週間過ぎれば興味本位で紬への接触を図る連中は減り、クラスは平穏を取り戻していた。
「夜凪さんっ。一緒にお昼食べよ!」
だが昨日と変わらぬ……いや、それ以上の熱量で彼女へアプローチを続けるやつが一人。現役《Lighters》の夕月だ。
夕月の誘いを紬が拒む様子はない。強いて言うなら明るく煩い夕月に気負けしていると言えば良いだろうか。まぁ、夕月もこう見えて土足で他人の家に踏み込むような真似はしないから俺は静観に努めるが。
「ねぇ、いま失礼なこと思ったでしょ」
「別に。夜凪も休み時間の度に絡まれて大変だなとは思ったけどな」
「遥……藤城君。別に柊さんのことを五月蠅いとは思ってないから」
「ほらぁ~」
なんだか相手にするのすら疲れた。よく年中無休でコイツの相手ができるなと浩一を称えたくても本人は購買へ行ったまま帰ってこない。というか、なんで俺は紬たちと弁当囲んでいるんだ。
「ご近所同士良いじゃん。あ、卵焼き貰うね」
「え、あ! おいっ」
「う~ん。遥人のとこはやっぱ甘いよねぇ。この甘さがクセになるっていうか――」
「なんだよ」
「気になってたんだけどさ、もしかして夜凪さんと知り合い?」
「っ⁉」
口に含んだ炭酸を吹き出しそうになった。勘の良い浩一ならともかく、まさか夕月が勘ぐってくるとは思っていなかった。っていうか弁当のつまみ食いからどうやったらそんな話になるんだ。
「夜凪さんってなんか遥人と話す時だけ自然って言うか……どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
犯人はおまえかよ。チラッと視線を送るとなぜかうつ向く夜凪さん。なぜそんなわかりやすい反応するんだ。そうツッコミを入れたくなる気持ちを抑え、気のせいだと誤魔化すと夕月はそれを否定しない。否定すればそれまで。変な邪推を入れずに流してくれるところは彼女らしくてありがたい。
「まぁ、アタシも無理に聞こうとは思ってないよ。けどなんか昔から知ってるような雰囲気出してるから」
この感じだと紬との関係を知られるのは時間の問題だな。決して疚しい間柄ではない。
それでも出来ればまだ秘密にしておきたい。物事には順序と言うものがあるのだ。いま紬と幼馴染だと打ち明ければ夕月からなにを言われるかわからない。
「絶対なにか隠してるよね。その顔」
「気のせいだ」
「いつか白状させてあげるから。ところで、二人は放課後なにか用事ある?」
「今度はなにを考えてるんだ」
「その言い方ひどくない⁉ 今日はコーのバイトが無いから四人で遊びに行きたいなって」
そういうことか。
浩一のバイトが無い日は放課後デートがお決まりの夕月がこんな誘いをしてくるとはそれだけ紬が気になってるのだろう。もちろん俺は快諾するが紬は少し困ったような顔をしている。
「ごめん。夜凪さん用事あった?」
「違うの。東京にいた時は事務所のルールが厳しくて寄り道とか出来なかったから」
放課後は事務所に行くことがほとんどだったと口にする紬は誘われることそのものに慣れてないと笑うが、その顔は少し寂しそうに見えた。
「ごめんなさい。なんか変な空気にしちゃって。私で良ければ付き合うよ」
「ほんと! よかった。よーしっ。今日は朝まで夜凪さんの歓迎会をしちゃうよ!」
「は?」
「え? あ、あの。柊さん、私は別にそこまで――」
「夕月で良いよ。だからアタシも紬って呼ぶね」
あ、本性を現した。これまで比較的大人しくしていた夕月が自分のテリトリーへ紬を取り込みだした、明るく元気でトラブルメーカー的要素も兼ね備えた夕月がいつまでも淑女を演じるとは思っていなかった。だが、いきなりフルスロットルにしなくても良いのではないだろうか。現に紬はテンション急上昇中の友人を前に目を丸くしている。
「そういえば紬ってどこ住んでるの? 家から近い方が良いよね」
「え? あの、えっと……」
「それだとおまえらと逆方向になるぞ」
「そっか。やっぱり駅前の……なんで遥人知ってるの」
しまった。最寄り駅が同じな上に紬が答えに困っていたからつい口を出してしまった。
「なんか怪しいなぁ?」
ジト目で見つめてくる夕月はじわじわと顔を近づけてくる。思わず紬へ視線を向け、助けを求めるが期待した言動は取ってくれない。代わりに俺たちの間へ入ってストップを掛けたのは夕月の彼氏。俺の大事な親友でもある浩一だった。
奇跡的なタイミングで購買から戻ってき浩一は「そのくらいにしとけ」と親友へ迫る彼女の額を小突いた。
さすがと言うべきか夕月の悪ふざけを指一本で制した浩一はそのまま俺たちの輪へ入る。
浩一が戻って来たことで夕月の相手は彼に任せるがすぐに話が逸れてしまう。結局のところ寄り道は何処でも良いのだ。ただ紬と距離を縮めたいだけ。紬もそれに気付いているのだろう。最初は困ったように照れ笑いをしていた紬は口元を緩ませていた。




