幼馴染はもう歌わない③
彼女から電話が来たのは自分の部屋で寛いでいた時だった。
「誰だ?」
スマホに表示されたのは見覚えのない、電話帳にも登録されていない番号。掛けてくるやつは基本固定されているので迷惑電話だろう。そう決め込んで放置するが一向に鳴り止む気配がない。
「あー、はいはい。出りゃ良いんだろ」
正直、知らない番号に出るのは嫌だがしつこく鳴り続けるなら別だ。
『――はい』
『……遥人だよね』
『紬?』
驚いた。紬が電話してくるとは思ってもいなかった。そもそも俺がスマホ持ったのが中学に入ってからだ。連絡先を交換する機会そのものが無かったはずだ。
『戻ってくる前におばさんに聞いた』
そういうことか。ん? つまり母さんは紬が戻って来ることを事前に知ってたのか。
『久しぶりだね。何年振りだっけ』
『小五の夏だったよな』
『ってことは、六年前か。元気だった?』
『今日学校で見ただろ』
『それもそうか。でもこんな偶然ってあるんだね。おばさんから遥人が同じ学校なのは聞いてたけどクラス違うと思ってたから』
よし。あとで諸々問い詰めるか。
『驚いた?』
『なにが?』
『私が戻ってきたこと』
『そうだな』
『その割には全然驚いてなかったよね』
『あそこで俺が変にリアクションしたら不自然だろ』
『それもそっか』
なんだろう。自然と会話が続く。
この六年間、紬とは連絡を取っていなかった。俺の中では過去の人物になっていたはずなのに普通に話が出来ている。ならばこれくらい聞いても罰は当たるまい。
『なぁ、紬』
『なに?』
『なんで急に引退したんだ』
無論、他言するつもりはないし俺がそんなことをするような奴じゃないと紬も知っている。そのくらいの関係だったと俺は思っている。
『…………』
『紬?』
『……言わない』
だが紬はそう思ってなかったようだ。明らかに声色が変わった紬は消え入るような声で「歌わない」と言った。
『もう……歌わないから……』
『歌わないって……紬っ⁉』
無機質な電子音が響く。まだ聞きたいことがあったのに切られてしまった。
これは朝比奈が釘を刺したからじゃない。そんなに思い出したくないなにかがあったのか。要はあいつの気分を害してしまったようだ。
「そりゃそうだよな」
会話と言えるなにかをしたのだって何年振りだろう。あいつが上京したのはオーディションに合格してすぐ。小五の夏だ。当時はまだ文通と言うアナログな方法しか連絡手段がなかったがそれもすぐに途絶え、いつしか俺の中の紬は過去の存在にしていた。なのに無神経なことを聞いてしまった。
(いまは違うんだから、気を付けないとな)
仲が良かったという自負はある。そのせいで紬共々ほかの奴らからからかわれたこともあった。彼女が東京に行かなければいまも気心知れた友人として良い関係が作れていただろう。
(一から始めたら、また戻れるだろうか)
親しい関係にあったと言っても、いまさら友人以上の関係になりたいとは思っていない。
あの頃と同じくらいの距離にはなりたい。そう言う意味ではあいつのことが好きなのかもしれない。それにしても『もう歌わない』というのはどういう意味だ。音楽から完全に離れるってことなのか。
俺が知っている紬は人並み以上には歌が上手かった。親父さんの影響でギターも少しなら弾けたはずだ。だからあいつは【Re:Light】のオーディションに参加した。新しく結成するガールズバンドのボーカルとして芸能界入りした。
華やかな出だしではなかったと聞いている。
いきなりメジャーデビューなど夢のまた夢。地下アイドルよろしく小さなライブハウスの前座を続け、念願のメジャーデビューを果たせたのが二年くらい前。
「勿体ねぇよなぁ」
紬はこのまま違う世界の人間になるのだと勝手に思っていた。オーディションに受かったということはそれなりの実力はあったはずだ。きっとこれかもっと有名になって夕月みたいなファンを増やせたはず。
「……ほんと、なんでやめたんだよ」
もしかしてメンバーと不仲だったのだろうか。それとも他に陰湿ななにかがあったのだろうか。傍から見れば順調にアーティストとしてのキャリアを積んでいた中での引退発表には謎が残る。
無論、紬が決めたことに口は出せない。出す資格などない。それでも出来ることなら歌を続けて欲しかった。そんな願いとは裏腹に幼馴染はもう歌わないと決めたようだった。




