幼馴染はもう歌わない②
夕月たちの予想通り、噂の転校生はうちのクラスにやって来た。
が、ただの転校生ではなかった。担任の朝比奈に促され入ってきた彼女が視界に入った瞬間、俺は自分の目を疑った。
(……おい、コイツって)
艶のある長い髪。華奢に見えるが凛とした顔立ちがそれを否定する。一見すれば普通の女子。だが俺からすれば普通の女子とかいうレベルじゃない。なぜなら彼女は――
「――夜凪紬です。よろしくお願いします」
彼女が自己紹介をした刹那、教室がざわついた。つい最近までテレビに出ていたガールズバンドの元ボーカリストがそこにいるのだ。ファンでなくとも驚くに決まっている。
「えぇー、みんなの反応を見たら説明は不要だと思うけど【Re:Light】のボーカルの夜凪紬さんよ」
平然と紹介する朝比奈とは相反し驚きを隠せずにいる俺たち。大半は「あの夜凪紬なの?」といった感じだが、俺にはとても現実とは思えない光景が広がっていた。
「……嘘だろ」
開いた口が塞がらないとはこのことを言うのか。なんであいつがいるんだ。東京の学校に行ってるんじゃないのか。
「ん? 藤城くんどうしたの。そんなポカーンとして」
「あ、いえ。なんでもないです」
芸能界引退と同時に戻って来たってことか? いや、だからってなんでうちの学校なんだ。
「うそ……ほんとに紬なの……」
そしてもう一人。推しを目の前に夕月の涙腺は崩壊寸前。いや、薄っすら涙を浮かべているではないか。
(ま、こっちは仕方ないか)
もう二度と会えないと思っていた夜凪紬がほんの数メートルの距離にいるのだ。遠い存在だった人物がクラスメイトになると思うと感情を抑えきれないのだろう。
「知ってる人もいるとは思うけど、夜凪さんは【Re:Light】ってバンドのメンバーでした」
コホンと咳払いをして朝比奈が話し始めた。このまま新学期のスタートを切るのは良くないと感じたのだろう。紬に対して好奇の目は向けるなと小言を口にした。
「あなたたちが興味本位で動けば他の生徒も真似をします。内輪で留めるはずだった言動が意図せず拡散することもあります」
いつになく真面目モードで話す朝比奈に教室内が自然と冷静さを取り戻す。
「色々聞きたいのはわかるけど無闇にプライベートなことを聞かないこと」
まぁ、そうなるよな。あんな電撃的引退を発表したんだ。ありもしない噂が流れてしまうのはあいつにとっても不本意だろう。
「それで夜凪さんの席だけど――」
わざとらしく教室内を見渡すが空いてる席などある訳……
(……あ)
あった。俺の横、空いてるわ。それに紬の前、俺から見てはす向かい、現状窓際最後列の席は夕月だ。なんだこのテンプレみたいな流れ。いや最後列の窓際が空いてしまうのは仕方ないが“元”幼馴染とファンに囲まれた席って不憫すぎるだろ。
「夜凪さんの席はあそこ。窓際の一番奥ね」
「わかりました」
「藤城くん、柊さん。夜凪さんのことよろしくね」
ああ。勝手に話が進んでいく。別に俺はなんとも思わないが夕月は顔を真っ赤にしてプルプル震えている。そりゃそうだよな。推しがクラスメイトになっただけで奇跡。なのに席が自分の後ろとなれば誰だって冷静でいられるわけないよな。
「夜凪です。よろしくお願いします」
俺の席の前で来た紬が軽くお辞儀をしてきた。その所作は美しく、落ち着いた口調はテレビで見る姿より落ち着いていた。
「藤城だ。よろしくな」
夕月たちの含め、クラスの連中は俺がコイツと幼馴染だということは知らない。だから他人のふりをした。学校の中では名前くらいは知っているが特段興味はない。そんな風に見られることを願った。




