幼馴染はもう歌わない①
夏休み明け初日。始業式を終え、教室へ戻った俺は周りが騒がしいことに気付いた。
長期休み明け特有の空気とは違う、新年度のクラス編成発表前の期待と不安に似た空気で満たされていた。
「なに黄昏てるんだ」
クラス中が季節外れの期待感に高揚する中、その輪に馴染まず自分の席から校庭を眺めていると悪友……もとい親友の浩一が声を掛けてきた。彼の後ろには夕月の姿もあるが彼女の方は特に俺へ用事がある訳ではなさそうだ。
「新学期早々、なに見せつけてんだバカップルよ」
「彼女は良いぞ」
「で、なんの用だよ」
「転校生が来るんだって」
浩一の代わりに答えたのは柊夕月。俺の親友、瀬名浩一の彼女でトラブルメーカーだ。
「あ、いま失礼なこと思ったでしょ」
「気のせいだな。ん? 夕月、なんか元気ないな」
「推しが引退したんだと。ほらテレビでやってた」
「? あ、あぁ。夜凪紬の引退か」
そう言えば夕月は《Lighters》――Re:Lightのファン、それも紬推しだったな。下手な慰めはしたくないし、俺自身、彼女の引退には思うところがあるのでこの話は広げずにそっとしておくか。
「それで、転校生ってマジ?」
「さっき悠木が職員室に入って行く知らない女子を見たんだとさ」
「それが転校生?」
「ネクタイの色がアタシたちと同じだったんだって」
まぁ、同じ学年のやつなら顔はだいたい判るし、ネクタイが一緒で顔を知らないとなれば転校生の可能性大だ。新学期初日なら猶更だ。
「けどさ、うちのクラスとは限らないだろ?」
「ホームルーム始まってないのウチだけだぞ」
「え?」
「だーかーらー、転校生は2Cで決まりなんだよ!」
なんで転校生が来るってだけでこうも盛り上がれるんだ。いやまぁ、小中と違って転校生が来る確率はだいぶ低いと聞くし、はしゃぎたくなる気持ちはわからんでもない。
「どう? 少しは気になった?」
「いや、気になるかって言われると……気になるな」
「でしょー?」
「おいコー。おまえの彼女ウザいんだけど」
「最初から素直になれば良いんだ。なぁ~ユー?」
ダメだ。このバカップル、平気で人前でいちゃつきやがる。一年の冬に付き合いだしてから徐々にバカップル度が増している。いまではクラス公認バカップルの称号を得ている二人だ。俺がなにか言ったところで抑える気は更々ないだろう。
「転校生――か」
俺の存在を忘れいちゃつくバカ二人は無視して、再び校庭を眺める。浩一たちが転校生云々と言ったせいで昔のことを思い出してしまった。
「ま、もう過去のだからな」
小学校の頃の話だ。いつまでも引きづるつもりのなく、事実、夕月たちがこの話題を振ってこなければ思い出すこともなかっただろう。まぁ、例のニュースを耳にしてから俺の中のアンテナが敏感になっていたのは違いない。
「お、そんなアンニュイな顔をしてどうしたんだい。少年よ」
「うるせー」
「やっぱり気になるんだ。悠木クン情報だと女の子みたいだしね」
「コー、おまえの彼女少し黙らせろ」
わざとらしくクレームをつけると浩一は「任された」と夕月の両頬をびよーんと引っ張り「おぉ、伸びるなぁ~」と満足げに頷く。
「やっぱユーのほっぺは柔らかいな~」
「エヘヘ。もうコーったらぁ~」
見ているこっちが恥ずかしくなる、と言うのはこいつらには通用しない。クラスの奴らも二人のいちゃつきは日常なのだ。
「それで、遥人はどんな子だと良いんだ」
「は? 別にどんな奴でも良いだろ」
「ほうほう。遥人はオトコの娘でも良いと。ま、まぁアタシは別に良いと思うよ。うん」
ならなぜ引き気味なんだ。ったく、すぐ調子に乗る夕月の教育は浩一に任せるとして、転校生が来るならそれはそれで楽しみだ。
そう――この時はただまだ見ぬ転校生にそれなりの期待や楽しみを抱くだけだった。




