幕が下りたその裏で①
言うまでもなく【Re:Light】のシークレットライブは盛況の末に無事終わった。
(俺の中では)予定外だった五曲目を終えた彼女たちは惜しまれつつもアンコールに応えることなくステージを去り、無事に文化祭最終日のステージイベントは終わった。
そして文化祭全日程を終えて片付け作業に入った午後五時過ぎ。
「えっと……」
俺は自クラスの撤収作業に従事することなく、なぜか視聴覚室に呼び出されていた。
「いやー今日は楽しかったよ。ありがとね」
面識があるとまでは言わない少女がにこやかにシークレットライブの礼を口にする。そしてあまりにフランクな彼女の態度に別の少女が苦言を呈す。
「ちょっとミオ。初対面なんだからもう少し礼儀良くしなさい」
「えー、良いじゃん。私のモットーは『出会って一秒で友達』なんだから」
「TPOって知ってる?」
「とっても・プリンが・おいしい」
「あのねぇ……」
俺の前で二人の少女がなんかじゃれ合っている。と言うか、ここには彼女たちを含め五人の少女がいる。
「あ、あの。白峰さん?」
プリンのボケをかます少女に頭を抱える長髪の少女――白峰灯里さんに恐る恐る声を掛ける。
「どうして俺をここに?」
「そりゃ決まってるよ。私たちをタダ働きさせたんだから。たっぷりお礼しないとね♪」
「……え」
プリンの子が不敵な笑みを見せ近づいてくる。だがすぐに白峰さんが彼女の首根っこを掴み制止する。
「いい加減にしなさい。ごめんなさい。ミオってすぐ調子乗るので。お呼びしたのは改めてお礼を言いたかったからなんです」
素敵な時間を用意してくれたお礼が言いたい、そう話す白峰さんを中心に【Re:Light】のメンバーが集まる。そこにはもちろん紬の姿も。
「また五人で歌える場所を作ってくれてありがとうございました!」
白峰さんの言葉を合図に紬たちが俺に向かってお辞儀をする。こちらが礼を言うべきというか、我儘に付き合ってもらった申し訳なさを隠すように俺は頬を掻く。
「改めて自己紹介させてください。わたしは白峰灯里。リードギターやってます」
白峰さんとは今回の件で何度もやり取りしていたせいか、それとも俺たちより一学年上だから安心感がある。それに比べ――
「ドラムの水嶋千夏でーす。で、こっちが~」
「ベース&作曲担当、小鳥遊瑞姫! よろしくね」
この二人は元気いっぱいというか少し幼さを感じる。たしか水嶋さんが一コ下で小鳥遊さんは同学年だっけ。そんなことを思っているとプリンの子が自己紹介を始めた。
「リズムギターの天音澪っ。そしてぇ~」
「え? ボ、ボーカルの夜凪紬……です?」
紬だけ戸惑った表情を見せるのは御愛嬌というところか。それにしても五人五色というか、実際に会ってみると【Re:Light】は全員個性があるんだなと実感する。
白峰さんは無口なクール系のイメージがあったけど、実際は世話好きのお姉さん的存在。水嶋さんは最年少という特権を使った元気なマスコット。小鳥遊さんと天音さんは……この二人は混ぜたら危険な気がするな。
「あ! いま絶対ボクのこと【Re:Light】の問題児だって思ったでしょ。ウチのトラブルメーカーはミオだけなんだけどなぁ」
「ちょっ、ムードメーカーって言ってよ!」
「えー今日だって―Re:Call―のCメロ間違えてたじゃん」
「あれはぶっつけ本番だからで――って、そもそもあの譜面がおかしいんじゃん! 休符の間にコード変えてそのまま裏拍入るなんてなに考えてんの⁉」
「いつも使ってるじゃん。二曲目にも入ってたよ」
「あなたたちにねぇ……」
あ、やっぱりこの二人トラブルメーカーなんだ。白峰さんが額に手をあて首を振っている。紬はその様子を見て苦笑している。
「二人ともそのくらいにしなさい。ごめんなさい。この二人いつもこうなんです」
「いえ、なんか裏の顔が見れた感じで嬉しいです。役得ですかね」
「そう思って貰えるなら良いのですが。ところで、紬はなんで黙ってるの?」
「わ、私? 私は別に――」
なぜこっちを見る。まるで曲の感想をねだるような視線に俺は思わずそっぽを向く。いろいろ言いたいことはあるが、少なくとも白峰さんたちがいる前で話すつもりはない。一つ、あえて一つ言うとしたら――
「――勿体ないな」
そう呟くと騒がしかった水嶋さんたちも俺を見つめ、しんと静まり返る空間が出来た。
白峰さんは一瞬だけ目を細め、紬にもなにか言おうとして結局口を閉じる。みんながなにかを言いたくても言えず、しんと静まり返った空間が広がる。
「大丈夫ですよ」
無音の空間で最初に口を開いたのは白峰さんだった。
「たしかに五人の時間は終わります。でもみんなで過ごした時間が消えるわけじゃありません」
心の中にずっと残る。それにいつだって会える。そう静かに話す白峰さんは紬の方を向くと悪戯っぽく笑う。
「どう? わたしも作詞のセンスあるでしょ?」
これからはわたしが詩を書く。冗談半分でそう宣言する白峰さんにきょとんとする紬もその意味を理解したのか「任せたよ」と笑い掛けた。
「詰まっても私に泣きつかないでよ?」
「そういって助けてくれるんでしょ?」
「私、もう普通の女子高生だから」
一見すると冷たい反応をする紬。だが口元は緩み切っており、すぐに冗談だとわかる。この短いやり取りだけでも二人の仲の良さが見て取れた。
「そういえば飛行機って何時?」
どのくらいの時間が経っていたのだろう。飛行機の時間を気にする紬の言葉で現実に呼び戻された感じがした。おそらくここにいる誰もが飛行機の時間など気にしていなかったのだろう。気付けば時計の針は十八時半を回っていた。
「――二十一時よ」
やや呆れ口調でそう告げたのは榊さんだった。
一体いつからいたのだろう。視聴覚室の入口に寄り掛かりスマホを見ている榊さんは「そろそろタイムアップよ」と白峰さんたちに伝える。
「全然集合場所に来ないんだから。いまから出ても保安検査ギリギリよ」
「つ、つい話に夢中で」
「ま、乗り遅れたら高速バスに詰め込むつもりだったから良いけど」
「え゙っ⁉ あれボク嫌い! せめて新幹線がいい!」
「それこそ手遅れなんだけど。ほら、早く準備しなさい」
場所が場所なだけに教師と生徒みたいだ。いや、実際のところこの人たちの関係性はそれに近いのかもしれない。
「藤城くん――」
渋々帰り支度を始める【Re:Light】を横目に榊さんが声を掛けてきた。
「今回は本当にありがとうございました」
「俺こそありがとうございました。こんな無理を叶えてくれて」
「あとのことはお任せください。すでにネットが騒いでますが会社として全否定しますので」
いまはAIでどうにでもなる時代なのでと笑うあたり、ライブも「幻」の曲も本当にAIに罪を擦り付けるのだろう。そしてそれが通用してしまうところが恐ろしい。
「紬をお願いしますね」
「もうお願いされてますよ」
「そうでしたね。それじゃ、またどこかで」
にこやかに微笑む榊さんはそのまま帰り支度を整えた白峰さんたちを率いて視聴覚室を出て行く。紬には笑顔で軽く手を振るだけ。白峰さんたちも同様に紬には手を振るだけの別れ。それはまた会うことが確約されているかのようだった。




