Re:Call③
楽しい時間はあっという間に過ぎるとはよく言ったものだ。
二曲目が終わり、続けて三曲目。MCを挟んで四曲目に紬たちが選んだのは彼女たちの前に演奏していた軽音部が歌った―Last Scene―だった。
ライブのアンコールで歌う定番曲だからラストに選んだのだろうが、まさか被るとは本人たちも思っていなかっただろう。
「軽音部さんたちにも直前まで黙ってましたからね。被っても仕方ありませんよ」
本物の実力を見せてやりますよと何故か喧嘩腰の榊さんだがその目は少し寂しそうだった。
この曲が終われば紬は本当に【Re:Light】を卒業する。五人が集まるのはこれが最後だとわかっているから思うところがあるのだろう。
紬たちは軽音部のことなど関係ないと言わんばかりに演奏を始める。
白峰さんのソロで始まる―Last Scene―はギターもドラムも少し静かで紬の歌声も弾んでいる訳ではない。それでもサビに入った途端に体育館いっぱいに広がる音色は軽音部が奏でたそれとは明らかに違った。
「言ったじゃないですか。本物の実力を見せますって」
「……はい」
「軽音部さんはたぶん歌詞に込められた本当の意味を知らないんですよ」
この曲は単に別れを悲しむ曲じゃない。また巡り合える奇跡を待ち望む曲だと語る榊さん。いまは離れ離れになってもいつか会える。そう願いが込められているからアンコールの定番曲になったのだと教えてくれた。
「紬が歌詞を書いたんですがあの子って少し文学的と言うか、一ひねり二ひねり入れるんですよ」
「俺は良いと思いますよ。知り合いに紬を推してるやつがいるんですけど、彼女も気持ちを代弁してくれているようだって言ってました」
「気持ちを代弁ですか――」
その通りかもしれませんと呟く榊さんは真っ直ぐ、ただ一点だけを見つめている。その先にいるのは紬だ。
曲はちょうど最後のサビに入ったところ。ドラムがリズムを刻むだけの空間で紬は両手でマイクを握り、語り掛けるように詩を歌に変えていく。彼女の歌声を追いかけるように白峰さんが異なる旋律で歌を紡ぐ。
そして二人の声が重なり――
「――終わりましたね」
俺が呟くとほぼ同時に音が止み、惜しみない拍手が紬たちを包む。たった四曲の卒業ライブが終わった瞬間だった。
紬は満面の笑みで観客たちに手を振っている。白峰さんたちもやり切ったという表情を見せ、誰がどう見てもこの突貫で仕上げたライブは成功だった。そう思った。
「……実は」
無邪気な笑顔を見せていた紬が語りだした。その何処か申し訳なさそうで観客たちも拍手を止めて彼女の言葉に耳を傾ける。
「実は、さっきの曲が最後のつもりでした」
……ん?
「でも、軽音部さんと被っちゃったので……」
……え?
申し訳なさそうにステージ下手側を見つめる紬に観客から笑い声が上がる。ただ笑いを取ろうとしている訳じゃない。この流れはまさか――
「なので、もう一曲だけ歌わせてください」
いくよ。そう紬が掛け声を掛けるとドラムがカウントを取り曲が始まる。照明も曲に合わせるように色彩を変化させている。
「聞いて下さい―Re:Call―」
……は?
「もう一曲って……嘘だろ」
事態が掴み切れていない俺はただ困惑した。
榊さんから事前に聞かされていたセットリストは四曲でアンコール無し。五曲目をやるなど誰も聞いていないはず。
「初めてにしては良い感じじゃない」
いや、少なくとも横で腕組みをして頷く女性は知っていたようだ。
「知ってたんですね」
「スタッフもみんな知ってましたよ。【Re:Light】から藤城くんへの感謝の気持ちです」
「サプライズってやつですか」
たぶん犯人は白峰さんだな。紬と言う線も考えたがあいつは俺が一枚噛んでいることを知らない。
「ちなみに仕掛け人は紬です」
「……え?」
「意外でしたか?」
想定外の名前に言葉が出ない俺に榊さんはクスッと笑う。
「この日のために書き下ろした新曲です。《Lighters(藤城くん)》ならわかるんじゃないですか?」
言われてみれば聞いたことのない曲だった。
紬たちの曲は何度も聞いてきた。メジャーデビュー後の曲も、インディーズ時代に出したアルバムも全部繰り返し聞いてきた。けれどいま演奏している曲には聞き覚えがない。
「紬が新曲を書きたいと言ったのは一昨日なんです」
「一昨日……」
紬が謎のメッセージを送ってきた日だ。しばらく電話できないとわざわざメッセージを送って来たことを疑問に感じていたがこれが理由だったのか。
「まさか本当に二日で仕上げるとは思ってませんでした。いくらベースの子(身内)で曲作ってるとはいえ、ぶっつけ本番になるから止めなさいと言ったんですけどね」
ちょっと待て。情報量が多過ぎて曲が頭に入ってこない。
二日で詩が出来てそれに曲を合わせた? しかも練習無しで本番を迎えたのか? 榊さんはサラっと言っているが紬たちってただのガールズバンドじゃなかったのか。
「曲の初稿だけでも数日掛かります。それをたった二日で作り上げ、練習無しで披露。幻だから出来るんです」
「幻?」
「―Re:Call―は今日が最初で最後の演奏です。今後のライブで披露することも配信することもしません。ここにいる人たちだけが聞いた『幻の曲』になるんです」
だからしっかり聞いてあげて下さい。そう口にする榊さんは静かに紬たちを見つめる。俺も榊さんの言葉に応えるようにステージ上の紬を見つめ、彼女の歌声に耳を澄ました。
『変わっていく景色 変わらない想い
気づかないふりして 過ごしていたね』
言ってしまえば在り来たりなフレーズ。けれどなぜか心に引っ掛かる。まるで俺に語り掛けているようだ。
『寂しいなんて 言えなかったけど
本当はずっと 気づいてほしくて 一緒にいたくて――」
これってもしかして――
(――俺たちのことを言ってるのか)
俺と紬、それぞれの胸の内を紬の言葉で語っている。そんな風に聞こえるが別に自惚れるつもりはない。それでも紬が紡ぐ歌からは彼女の精一杯が伝わってくる。
『何度も迷って 立ち止まっても
それでも前を向けたのは 振り返ればそこに 君がいたから』
君がいたから――その言葉に合わせるようにマイクスタンドを握ったまま紬はある一点を見つめた。
観客たちはきっと自分に視線を送ってくれたと錯覚するだろう。もしかしたらそれを狙ったパフォーマンスかも知れない。だが瞳の奥は確実にただ一人を見つめていた。間違いなく俺だ。
『もう一度 呼ばせてほしい
あの日みたいに 名前を呼ぶよ』
サビに入り、紬の歌声はさらに熱を帯びる。
叫ぶわけではない。それでも歌詞に込めた思いを訴えかけるような強い声色は俺の心に深く響き、ようやく確信した。
『いつかまた笑えるその日まで
この歌を 忘れないで――』
この歌は――
『もう一度 呼ぶから』
俺に向けたメッセージソングだということを。




