Re:Call①
文化祭当日。正確にはその二日目。
ライブ会場と化した体育館は模擬店ブースとは違う熱気に包まれていた。
照明が落とされた空間でステージ上に据えられたライトが演者を照らし、スポットライトがそれを引き立たせる。去年と違うのはフットライトの間にモニターが数台設置されていることやプロの音響スタッフが呼ばれていることだろうか。
「よくこの短期間で揃えられたな」
感嘆と言うか半ば呆れ気味の俺の前にはミキサー卓と呼ばれる音響用の機械とそれを操る男性。さながらライブハウスのような雰囲気だ。
(それにしても見晴らし良いな。ちゃんとステージが見える)
ステージから見て正面。つまり客席の後方のステージ全体が見渡させる場所に音響と照明調整用のブースが確保され、俺は関係者と言うことでブース内に立ち入ることを許された。
「日頃から付き合いのあるところにちょっと無理言っただけですよ」
俺の横でステージを見つめる榊さんが言った。
元々準備されていた設備に手を加えるだけだから大したことじゃないと榊さんは言うが、その隣で機材を操作する男性が「冗談はよしてください」と不満を漏らした。
「なにが『大したことない』ですか。榊さんが求めるクオリティ作るために既設の機材と総入れ替えだったんですよ。搬入ギリギリだったんですよ」
「その分弾んだじゃないですか」
「榊さんと仕事するとこれだからなぁ」
不満は漏らすも男性も本気で迷惑と思っている訳ではなさそうだ。むしろこのライブを楽しんでいるようだ。
今年のステージイベントは撮影録音禁止。公式記録用の撮影も行われていない。その代わり、音響や照明といった演出はすべてプロに仕切って貰う。厳戒態勢の中で行われる理由に関する表向きの発表はそうなっている。故に設営後のサウンドチェックやリハーサルは出演する全グループが平等に行われた。だが榊さんの話だと紬たちはリハーサルどころか音合わせすらしてないそうだ。
「あの子たちなりの自信の表れかもしれません」
「自信ですか」
「主役はあくまで生徒さんたちです。それでも演奏する以上はプロとして負けられない。あの子たちは案外負けず嫌いなんですよ」
ウチの【Re:Light】も負けませんよと不敵な笑みを見せる榊さんもこのライブを楽しんでるんだな。そう思うと無理を承知でこの人に相談して良かったと改めて感じた。
「それにしても、この学校の軽音部はレベルが高いですね」
「そうですか?」
「はい。あのギターの子。時々音が外れてますよね。でも外すことを恐れてません」
粗さはあるが磨けば輝く原石だと評する榊さんの視線の先にあるのは演奏中の軽音部。そのリードギターの女子だ。
プログラム上は最後の演者である彼女たちが演奏しているのは【Re:Light】の楽曲。曲名は―Last Scene―。紬と白峰さんが歌うデュエット曲だ。夕月曰くライブではアンコールの定番らしい。俺も何度も聞いたことがある。
紬の明るく芯のある声と白峰さんの落ち着きのある柔らかい声。二つの異なる声色が重なり作り上げるハーモニーを軽音部は見事に再現している。
「すごいですね。この曲、実はすごく難しい曲なんです。サビのところは二人が別々の旋律を歌い、最後はピタリと合わせる。ギターソロのパートも勢いでは乗り切れない。技術のいる曲なんです」
「そうですね。俺も聞く度に凄いなって思ってました」
「え?」
「実は俺《Lighters》なんです」
インディーズ時代からファンでした。そう打ち明ける俺に榊さんは驚くことなく「紬ですか」と尋ね、その問いに俺は「はい」とだけ答えた。
「幼馴染だからやっぱり応援したい気持ちはあります。でも面と向かって応援されるのはあいつも嫌だと思うので」
「だからずっと隠してた?」
「あとはずっと一緒だった紬が別の世界に行ってしまったみたいで、少し嫉妬してたのかもしれません」
紬が上京してからもしばらくは手紙のやり取りをしていた。それも次第になくなりあいつが転校してくるまでの数年は全く連絡を取っていなかった。きっと連絡をすればなにかしら反応してくれたかもしれない。それでも紬はもう違う世界の人間なのだと割り切って勝手に壁を作り、時折テレビで見る姿で満足していた。
「藤城くんも悩んでいたんですね。でも大丈夫ですよ。あの子もきっと同じですから」
「紬が?」
「原因を作ってしまったのはあたしです。こんなことを言える筋合いはありませんが、あの子も藤城くんと昔みたいな関係に戻りたい。そう思ってるから今回のシークレット出演を承諾したんだと思います」
だからあの子の歌を聞いてあげて下さい。そう言う榊さんは真っ直ぐステージを見つめる。ステージ上ではちょうど軽音部の演奏が終わり、彼女たちを華やかに照らしていた照明が落とされたところだった。
「いよいよですね」
榊さんが静かに頷く。
観客たちは先ほどまで演奏していた軽音部に向け割れんばかりの拍手を送っている。公表されているプログラムでは軽音部がトリを務めることになっている。
止まぬ拍手はアンコールを待ち望んでいる。暗転したステージ上から複数の足音が聞こえる。誰もが軽音部の再登場を期待したその時だ。
「始まった」
ステージに再び照明が灯る。演者を背後から照らすライトは彼女たちを影としてステージ上に浮かび上がらせている。
ギターを肩に掛けた影。ドラムの前に座る影。マイクスタンドの前に立つ人影。どれも軽音部のメンバーとはどこか違う。けれどそのことに誰も気づいていない。




