もう一度、あの日へ①
榊さんと会った翌日。
彼女がまだ東京に戻っていないと知った俺は無理を言って時間を作ってもらい、学校帰りに昨日と同じファミレスで待ち合わせた。
「まさか藤城くんから連絡をもらえるとは思ってませんでした。紬は来ないのですか?」
「あいつには榊さんと会うことは黙ってます。実は相談があって」
「相談? 紬のことですか?」
「来週、うちの学校で文化祭があるんです。そこで紬に歌ってもらいたいなって」
「……そういうことですか」
察したと言わんばかりに頷く榊さんの表情は険しい。
俺だってダメ元で言ってるのはわかっている。高校の文化祭に【Re:Light】を呼べるとは思っていない。それでも紬がまたみんなと演奏したい、音を合わせたい。そう願っているならやれることはやりたい。その一心で榊さんへ直談判しているのだ。
「あいつは『もう歌わない』って言いました。それでも【Re:Light】のみんなとまた音を合わせたいって。榊さんから見れば今更なにをと思われるかも知れません。でも出来るならあいつの願いを叶えたいんです」
「現実的な話をすればスケジュール調整が間に合いません。それに出演料の問題もあります。紬はともかく四人分の出演料を賄える当てはあるんですか」
「それは……」
「まぁ、藤城くんも考えなしに言っているとは思いません。お金の話は一先ず置いといて、スケジュールだけでも確認してみますか?」
「良いんですかっ」
「門前払いされても仕方ないのに直談判する度胸は嫌いじゃありません。少し待ってください」
来週の予定を確認すると言いタブレット端末を操作する榊さんの顔は先ほどより優しい表情をしている。もしかしたら本心では協力したいと思っている。そんな淡い期待すら感じる榊さんはタブレットを見つめ、しばらくして「ここならいけるかも」と呟いた。
「とんぼ返りになりますが、日曜日ならねじ込むことが可能です。ちなみに文化祭の日程は?」
「来週の土日ですけど、良いんですか?」
「あとはあの子たちが決めることです。そしてその責任を取るのがあたしの仕事です」
紬が【Re:Light】を辞めた理由に榊さんは関係ないと言った理由がわかった気がした。この人は本気で紬たちを大切に思っていたんだ。だから紬はバンドを卒業したいまでもこの人と会おうと思ったんだ。
「ありがとうございます」
「お礼を言うにはまだ早いですよ。いまから東京に戻るので――そうですね、明日中には正式な回答をお出しします。今後の流れはその時に」
「わかりました」
「紬にこの話は?」
「まだ黙っておいてください。できればサプライズにしたいので」
「承知しました」
機械的な言葉とは裏腹に榊さんは微笑み、そして少し目を細めて紬の卒業を事前に知っていたのは【Re:Light】のメンバーだけだったと教えてくれた。
「あたしにはもちろん、事務所のスタッフも誰もあの子から卒業したいと聞かされたのは直前でした。それもうみんな大変でしたよ」
「それでも引き留めなかったんですね」
「本当に引き留めたかったのは残されたあの子たちですよ。彼女たちは最後まで説得したみたいです。でも最後は笑顔を送り出したんです」
榊さんは仕事だけで繋がった仲間じゃなかったのだと紬たちの関係性を振り返る。そして卒業する紬へ出来なかったことがあると後悔を口にし、卒業ライブがまだ終わってないと言った。
「プレスリリースから卒業まで時間がありませんでした。ですからなにも準備も出来ず、華やかに送り出すことが出来ませんでした」
「だから俺の話を――」
「組織の人間としては失格かもしれませんね。けれど【Re:Light】は立ち上げから関わったユニットです。他のユニットの何倍も愛着がありますし、メンバーが巣立つときは盛大に送り出したいと言うのが親心です」
卒業を「巣立つ」と言い換えるなんてこの人は本当に紬を大切に思っていたんだな。まぁ、途中で聞いてはいけないような話も聞こえたがそれは無視し、一先ず交渉成立と言って良いのだろうか。
「ありがとうございました。無茶を聞いてもらって」
「絶対成功させましょう。あ、支払いはしますから良いですよ」
「え、でも呼んだのは俺だし」
「経費で落ちますから」
これもマネージャーの仕事だからと席を立つとそのまま伝票を持って会計へと向かう。大人と言うべきかスマートな動作に呆気にとられる俺はそのまま素直にご馳走してもらうのだった。




