それでも笑える場所③
『榊さん、なにか言ってた?』
榊さんと別れて数時間後。日課となってしまった紬との電話の冒頭。俺たちがなにを話していたのか気になっていたらしく電話に出るとすぐ尋ねてきた。
『別に。紬のことをお願いしますってなぜかおまえのこと任された』
『榊さんらしいな。で、ほかには?』
『ほかには――ないな』
紬が芸能界を引退したのは自分のせいだと言っていた、なんて言える訳もなく適当にはぐらかす。
だが電話口の紬は「うそ」と呟き、物陰に隠れて全部見ていたと明かした。やはり飲み物を取りに行くと言うのは離席する口実だったらしい。まったく余計なお世話だ。
『別に辞めたのは榊さんが理由じゃないのに、やっぱり気にしてたんだね』
『ほんとに聞いてたのかよ』
『気を利かせたって言って欲しいな。たしかに榊さんはあれはダメこれもダメだってうるさかったよ。でもそれは私たちのためだってわかってたから』
『じゃあなんで辞めたんだ』
『それ、前にも聞いたよね』
『……あ』
たしか紬から初めて電話が来た時だ。あの時は「もう歌わないから」って怒らせたっけ。気付くと同時に失言だったと反省するが紬時は怒ることなく「私の我儘」と【Re:Light】を卒業した理由を話してくれた。
【Re:Light】は小さなライブハウスから始まった。メジャーデビューを果たすべく榊さんは彼女たちの徹底的にマネージメントし、リスク管理の点から交友関係を制限。メンバーそれぞれの“キャラづくり”にも余念がなかったそうだ。
『私はボーカルでMCも担当するリーダー的ポジションだった。でもそれはバランスを考えて作られた偽物。私はみんなのために嘘の自分を演じてたの』
『それが嫌になって辞めた?』
『MCなら私より千夏の方が向いてるし、灯里の方が私なんかよりずっとみんなを引っ張れる。それは榊さんもわかってた』
『なのに榊さんはおまえをフロントにした?』
『私ってさ、歌以外に武器がなかったんだよね。榊さんも言ってたでしょ?』
歌だけじゃいつか埋もれてしまう。だから私に武器をくれた――そう話す紬はせっかくもらった武器を使いこなせなかったのは自分だと己を責め、芸能界を引退すると決めたのは自分の我儘だと言った。
『私は自分に嘘を付くのが嫌い。それが自分のためであったとしても偽りの自分を演じたくない』
『だからバンドを卒業して芸能界を引退したのか』
『うん。だからこれは私の我儘。榊さんは悪くないし恨んでもない』
榊さんに非はないと紬は言い切る。しかし見方によっては榊さんにも落ち度があったと言われても仕方ない感じがする。けれど電話口から聞こえる紬の声は普段と変わらず、そのことが榊さんへ負の感情を抱いていない証だった。
『一つだけ良いか? 歌以外に取柄がないって言ったよな。作詞だって充分武器だと思うぞ』
『違うよ。歌詞だけじゃ歌にならない。瑞姫が書く曲があり、灯里たちがそれに音を重ねる。全てが一つになって初めて“歌”になるんだよ。だから作詞が武器ってのは違うかな』
『好きなんだな【Re:Light】のメンバーのこと』
『好きだよ。卒業してみんなに迷惑掛けちゃったけど、それでもみんなのことは大好き……また、みんなと音を合わせたいな』
みんなと音を合わせたい。そう呟く紬はきっと残ったメンバーのことを想っているのだろう。卒業は自分が選んだ道。それでも大好きなメンバーとまた演奏したいと願うのならいつか叶えて欲しい。そう願った。




